<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第七章 サラセンの隠された場所



第二話 再び追われるその理由



借りた部屋に入り、ルゼルを椅子に座らせてから、ルロクスは部屋の窓をそおっと開けながら言った。
「あいつら…何だったんだ…?」
ウィザードゲートで逃げた先がこの町だとは気付く訳の無い話と、頭の中でわかってはいても、思わず外を窺いたくなってしまう。
俺もルロクスと同じく窓から外をそうっと覗きながら言った。
「わからない…でもルゼルを狙っていたのは確かだな」
聞いていたルゼルは明らかに落ち込んだ様子を見せる。
「騎士だもんなぁ…
なぁルゼル、イリアルみたいにさ、ルゼルを探してるやつ、思い付かないか?」
ルロクスがルアスに住むあの少年のことを思い出し、ルゼルにそう問いかけた。
ルゼルはふるふると首を横に振る。
「思い当たらないよ…
イリアル様のことだって、捜索されてるなんて思っても見なかったんだから…」
「今回もそういった貴族が関係してるなら納得付くな」
何せ、騎士が五人だし。
そう思っているとルゼルがおずおずと自分が考えを口に出した。
「あの…貴族の御屋敷でも、騎士を多く雇っているところなんて稀だと思います。
僕も、騎士が五人もいるようなお屋敷に勤めたことはないですし…
なので、僕を探してるような家なんて検討がつきません…」
「でもさ、ルゼルが出てってから騎士増やしたのかもしれないしさぁ」
ルロクスが言うと、ルゼルは即、『それならもっとおかしいよ?』と答えた。
「新しく騎士を雇って、それをすぐ捜索する人員に回すなんて変でしょう?」
「それならルゼルを探すために雇ったんだっ!」
「…そんなに捜されること、してないはずなんだけどなぁ…」
ルゼルがぼやく。
「何にしてもルゼルを探しているっていうのは確かだな」
俺が言うと、ルゼルは小さく『すみません…』と謝った。
それを見てルロクスが返す。
「いいんだって。
イリアルん時みたいにルゼルを気に入ったやつがやってるんだろうしさ。
んじゃ、ジルコン、ちょっと昼飯の買い出し行こうぜ」
「…まだ昼には早いと…」
ついさっき町を出たばかりの時にあの騎士の一団に囲まれたんだし。
だがルロクスは俺を引っ張って無理矢理外へ出ようとする。
「それじゃ、ルゼルはゆっくりな。
すぐ戻ってくるから」
廊下に出された俺はルゼルの『いってらっしゃい』の声を後ろ背で聞いた。
ルゼルににっこり笑いかけていただろうルロクスの顔がこちらを向き、後ろ手で扉を閉める。
ぱたんと扉が閉まる。
ルロクスの顔は少しこわばっていた。
「…。」
俺は無言で歩いて行くルロクスの後について、階段を降りる。
下の階で作業していた宿屋のおじさんが不思議そうな顔で俺達を見た。
少し休憩するための椅子と机が置いてあるその場所まで止まらずにルロクスは歩く。そしてその椅子に座ると俺を見上げた。
俺も反対側に置いてあった椅子に座る。
ルロクスがぼそりと小さな声で話し出した。
「…ルゼルを狙ってる。」
「あぁ。でもルゼルのことを名指しでは指名しなかった。
“紫色の髪の男を”ってだけだ。」
「ルゼルじゃない誰かを待ち伏せしてたとかか?」
「その可能性はあるさ。でもルゼル自身の可能性もあるからなぁ」
「騎士だなんて、よっぽどの貴族でないと…だよな?」
おれは無言で首を縦に振った。小声で俺達は話し合う。
宿屋のおじさんがちらりと目線をやっているのがわかるが、俺達の話は声が小さ過ぎて、話の内容は聞こえていないだろう。
「ジルコン…
最悪さ、あのリジスの手下とかっていうのもあるよな…」
「ルセルさんが解除してくれたとはいえ、
まだリジスの手配書を信じて追ってる賞金目当ての人がいないとは言えないが…」
騎士五名となるとどうしても貴族としか考えつかない。
ルロクスもそうなのか、硬い表情のままでいる。
「ルゼルを見つけてリジスんとこへ持ってったときの賞金…20億だったっけ?
貴族から見たら微々たるもんだよなぁ…?
じゃあ何でルゼルが狙われたんだろ?
やっぱし、ルゼルの力を、ってやつなんかなぁ…
でも他のやつにそんな話してないよなぁ?」
「お前がルゼルに言ってたように、
『ルゼルを気に入った貴族が、ルゼルを探すよう命じている』
っていうんならいいんだ。
むしろそれ以外じゃなければいいって思ってるよ」
「なぁ…じゃあさ…これからもまたあんな騎士に出くわすとかか?」
「可能性はあるな。」
俺の言葉を聞いて、ルロクスが伸びをしながら『うあ゛ぁ〜めんどくさそ〜』と叫んだ。
宿屋のおじさんがびくりと反応して俺達を変な目で見やるのが視野の端で見えた。
「そうだっ!オレがウィザゲを使えればいいんだ!
早速ミルレス行ってウィザゲ覚えよう―――」
「どうしてミルレスで魔術師のスペルを覚えるんだい?
ミルレスは聖職者の町だろ?」
突然、そう声をかけられた。
振り返るといつの間にかそこに男の人が立っていた。
その男性は両手にカップを持ち、宿屋のおじさんに一度目配せをしてみせている。
おじさんは頷いて安心した顔をして奥へと入って行った。
「ここのおやじさんがね、
この場所で話されてたら来たお客に迷惑になるかもしれないって心配しててね。
話し込むんだったら部屋にいくか、別の場所でして欲しいなってさ。」
「あ、すみません…」
そうか…おじさんに頼まれたのか…
俺が素直に謝ると、その男の人はにっこり笑いながら『わかってもらえるならそれでいいんだよ』と言った。そして手に持っていたカップを俺達に渡す。
さらに俺とルロクスがお礼を言うと、『これ、おやじさんからなんだよ』と付け加えて言った。
「深刻そうな話してるって、そこらへんも心配しててね。
ここのおやじさん気の良い人だから、ちょっとの無理なら聞いてくれると思うよ。
何かあったら言ってみるといいさ。
・・・あ、でもここは来たお客さん用だから、ね?」
「すみません…ルロクス、部屋に帰ろう?」
「だな…あ、そだ、ルゼル用にこのお茶もう一杯貰ってくる。」
ルロクスはそう言うと、奥へ行ってしまったおじさんを探すべく、受付台越しに呼びかけに行く。
そこで男はいぶかしげに俺を見た。
「る…ルゼルって言った?」
その表情を見て俺はついさっきあった事を思い出す。
ルゼルが狙われてるかもとさっき話してたばかりだ。
それなのにこんなに不用意に名前を言っては…俺が内心しまったと思ったときだった。
「え?あ、はい」
誰かが返事をする声がする。
振り向けばルゼルがそこに立っていたのだった。
「な、何かあったんですか?」
「ど、どうしてここに?」
「え、水差しの水が少なくなってたんで、貰いに・・・」
ルゼルは状況が把握出来ずにきょとんとした顔で俺を見ていた。
名前を呼ばれ返事をしたものの、何故呼ばれたのか見当もつかないんだろう。
俺だってこの男の人がなぜルゼルの名前を知ってるのかわからないし。
ルゼルの名を呼んだその男が振り向き、ルゼルを見た。
そして―――
「ルゼルっ!ルゼルじゃないかっ!会いたかったよっ!」
なんと、男はいきなりルゼルの両手を握り、ぶんぶんと振ったのだ。何が起こっているのかわからないでいるルロクスと俺。
ルゼルは最初、よくわからないという顔を見せていたが、男の顔を見るとぱあっと満面の笑みを浮かべてこう言った。
「キュイっ!お久しぶりですっ!」
「君こそ、本当に久し振りだね」
にっこり笑ったその男の人−−−キュイーブルさんは嬉しそうにルゼルに言ったのだった。