「ジルコンの師匠って、天然呆けまっしぐらの師匠なんだな」
なんか意外だとばかりにルロクスは言った。
俺たちは早速町を回って調査をすることにしたのだが、昨日と打って変わってご機嫌そうなルロクスに、俺とルゼルはほっとしていた。
「師匠も今回の犯人を“怪盗”というだけで他は全く知らなかったからなぁ。
どこいけば詳しく聞けるか---」
と思案していると、同じく前方できょろきょろと見回している人が目に入った。
右側が黒色、左側が灰色という不思議な服を着ている男。あれって魔術師だよな。
俺と同じくらいの歳だろうか。
俺がまじまじと見ていたせいでその人と目が合ってしまった。
あ、失礼だったかな・・・
慌てて目線をあさっての方向に向けると、その人はなぜか俺たちの方へと歩み寄ってきた。
そして軽く『こんにちわ』と声を掛けてきたのだ。
戸惑う俺たちにその人はこう言った。
「この頃、このサラセンで盗難事件が起きてるんだけど、何か知らない?」
「なんだ、あんたも調べてるんだ?」
ルロクスが俺の後ろから、その人に向かってそう問いかけた。
「ってことはおまえさんたちも?」
その人は不思議そうに言い、
「どこから依頼、受けたんだ?」
『たしか俺だけだったはずなんだけど?』と付け足した。
この人、誰かから正式にこの事件の依頼をされた人なのか?
勘違いされないようにと、俺はぱたぱたと手を振って言った。
「いえいえ、依頼はされていますけど公式というか正式のものじゃないんです。
え~っと個人的に頼まれたもので・・・」
「その格好を見ると修道士だもんな。地元だろ?ここ。
師匠に頼まれたとか?」
「はい・・・」
勘のいい人だなぁ・・・その問いかけを俺が素直に答えるとその人は『そっか~』と軽く返した。
そしてこう提案してきたのだ。
「俺、この町にすごく詳しい!ってわけじゃねぇし、
聞き込みとか俺だけだし、結構困ってたんだ。
よかったら手伝って貰いたいんだけどさ。どう?」
「え、どうと言われても・・・」
いきなりの提案にびっくりしながら振り向き、後ろに居る二人に目をやった。
こう言われるとは思って居なかったのはルゼルも一緒だったらしく、『う~ん』と首を傾げて唸ってしまっていた。ルロクスの方はルゼルの方を見て判断を仰いでいるようで・・・
「あ~、手伝って貰うんだから賃金出すよ?
犯人捕まえれたら報酬凄いからさ。」
なんとしても捕まえる気で居るこの人。
俺たちはまだ何にも情報持っているわけじゃないんだけどいいのかなぁ?
「あのジルさん、この方は正式に依頼されてるってことは、
一般の人が知っている情報以外のことも聞けるかもしれないので・・・
僕はご一緒した方がいいかと思うんです」
『ジルさんとルロクスが良ければですけど』と付け足してルゼルが俺の腕をそっと掴んでそう言った。
ルロクスはどうなんだろうと見ると、『オレはジルコンが良いって言うなら。』と答える。
う~む・・・
「まぁいきなり言われても戸惑うだけだよな。
正直、行き詰っててさぁ」
とその人は黒い羽帽子をそっとかぶりなおし、ぼやいた。
「盗まれた現場行っても殺風景な小屋とか、家ん中とか。
取られたのは皿やらりんごやら木槌とか。
金目のものだったりじゃなかったりで、もうわけわかんねー」
ぼやきは続く。
なんかこんなにぼやかれると手伝わなきゃいけない気になってくる。
「て、手伝いますよ。俺たち」
「おっ、ほんと?助かるぜ~」
その人は喜んで俺に手を差し出した。
差し出された手を俺は握り、握手をすると、その人は嬉しそうにこう言った。
「なら酒場に移動しようぜ。
酒場がまだ開いてなかったもんで、聞き込みまだなんだわ」
『ついでに自己紹介もな』と言って酒場方面へと歩いていく。
俺たちも続いて歩いていると、ルロクスがこそこそしながら俺の腰布を引いた。
「ジルコン、突っ込んでいい?」
「ん?どしたルロクス」
「さっき、握手した手、右手だったんじゃねぇ?」
「あ・・・いあ、まぁいいだろ」
「相変わらずだよな~」
そう言ってルロクスが茶化しながら俺を追い越し、歩いて行く。
「魔術師さんだから大丈夫なんだよ」
ルゼルがそう助け舟を出してくれたのだが、握手した手のことに突っ込まれるまで全く気づいてなかった俺はなんとも情けないような気分になってしまったのだった。
何度やってるんだよ俺・・・
「俺は茶トラ。愛称みたいなもんだけど、それがしっくりくるからさ。
それで呼んでくれ~。無論呼び捨てでな?
よろしく」
茶トラさんと呼ぶなと言われたので茶トラと呼び捨てにするけど・・・
茶トラはテーブルに置かれた飲み物に手をつけた。
「俺はジルコン、こっちがルゼルでこっちがルロクス。
俺たちまだ全くこの事件のことわからないんですけど、よろしくお願いします。
ぺこりと俺達が会釈をすると、茶トラは『そっかぁ』と残念そうに言った。
「じゃあこっちが手に入れてる情報教えとこうか。
まず俺は修道士組合直々の依頼で雇われたんだけどな。
言うには、どうも大きな物というのは盗まれて無い。
現場には引きずったような跡があるってことで、荷車での犯行らしい。」
「荷車なのに大きな物を盗んでないって?
大きな物を盗まなかったっていう根拠って何かあったのかよ?」
茶トラが今回の事件の説明をしている途中で、ルロクスが突っ込みを入れた。
茶トラは話を遮られたと言うのに嫌がるそぶりもなく、続けて説明する。
「大きな花瓶があったんだよ。
しかもその花瓶、有名なもんだったらしくってな。
それを盗めば大金持ちなれるような代物なんだが、
それには全く手をつけずに他の小物を盗んでいったんだと。」
「そんな有名な花瓶なら、盗んで売ったとしても足がつくからじゃ?」
ルゼルが指摘をすると、茶トラは『だよね』と返す。
「大会の商品なんか、用意したその日に盗まれてんだぜ?
大会自体は修道士協会がやってるんだが、警備をしてなかったわけじゃない。
なのに盗まれた。」
「もしかして・・・修道士はジルコンみたく、みんなぼーっとしてるんじ・・・
ごめん・・・」
俺の殺気に気づいたらしいルロクスは、言いかけた言葉を飲み込んだ。
よし、イイコだ。
「今のところ犯人は特定されていないんですよねぇ?」
「あぁ、それが一番おかしいところでさ。
荷車を引いてた跡があるのに目撃者がダレもいないんだぜ?」
「それは変ですね」
俺は茶トラの言うことに同意した。
荷車を引いてなんていくらなんでも人目につくはずだ。
音もするし、機敏に動けないし、何かあっても隠れることすら出来やしない。
盗みをする者がそんな不利になるようなものを持って行動するんだろうか・・・?
「荷車で盗みを行ったって話は確実なんですか?」
「あの跡を見ればそうとしか思えないぜ?」
その話を聞いて、ルゼルがあのぉと手を上げた。
「その跡を、僕、見てみたいです」
「だな~俺も現場、見ときたい。」
ルロクスも同意する。
そうだなぁ、今のところ手がかりはその“荷車を引いたらしき跡”くらいだしな。
「もうちょっと情報、入ってないかねぇ。
修道士の---ジルコンって言ったっけ?
俺、一度修道士協会の方に顔出してみるけど、一緒に行かね?」
「あ~、じゃあそうしようかな」
分かれて調査した方が効率的だろう。
「じゃあ、終わり次第、宿屋に戻るってことで、いいか、二人とも?」
俺が言うと、ルゼルとルロクスはこくりと頷いた。
そしてルロクスが“よおっし”と声を上げる。
「ちゃっちゃと調べてちゃっちゃと終わらすぜぇ!」
ルロクスは意気込んでゴーストアイズを宙にぽいっと放り投げたのだった。
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