<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第四章 ミルレスの安らげる場所



第一話 ルゼルが・・・



「ごめんなさい・・・」
ベットに寝ていたルゼルが体を起こそうとするものだから、俺は慌てて寝かしつけた。
ミルレスの森の奥。人が入らないように結界が幾重にも施された厳重な森の奥にある家。
そう、ルセルさんの家に俺たちは帰ってきていた。
セルカさんを助けるために必要な宝石たち。それを1つでも手に入れたらルセルさんの家に戻るようにしている。
今回も宝石を一つ手に入れ、ルセルさんの家に帰ったその次の日−−−
ルゼルが倒れたのだ。
「体調がよくないなら早めに言ってくれてもいいんだよ?」
俺はルゼルの頭を撫でながら言った。
いつも何も言わずにいるルゼル。
今回だって、気分が悪く座り込んでいたのをルロクスが見つけたらしい。
さっきまでルロクスが付きっ切りで看病をしていたのだが、交代で今は俺がルゼルを見ている。
ルケシオンであった事件。
あの時、アイゼンさんがルゼルの持つ力を使っていたようだったのはわかっていたが、その後ルゼルは疲れた様子を見せないから、安易に大丈夫なのだとばかり思っていた。
でも間違っていたらしい。
ルゼルの体力・・・いや精神力は消耗していたんだろう。
自分のことになると無理をしてでもついていこうとするルゼル。
俺は自分の見誤りに少し後悔をした。
「ムリをしてなんでもないフリするの、いい加減やめたらどうだ?」
様子を見に来ていたルセルさんは厳しい口調でルゼルに言った。
言われたルゼルはしゅんとして、眉を歪ませている。
「お前がムリをすればするほど、おれたちは心配する。
解るな?」
ルゼルがこくりと首を縦に振るのを見て、ルセルさんはため息をつく。
「全くルゼは・・・」
言いながら部屋を後にして行った。
部屋には俺とルゼルの二人きりになる。
ルゼルの落ち込みようは可愛そうになるほどだった。
「少し眠りな?まだ気分良くないだろ?」
俺が優しく声をかけると、ルゼルは一度俺を見上げ、すぐに目を伏せる。
そしてポツリと言った。
「また・・・ルセルに嫌われたかな・・・」
それは今にも消え入りそうな声だった。


「ルゼが?」
ルゼルが眠ったのを見届けてから部屋を出た俺は、丁度自分の部屋から出てきていたルゼルさんとばったり出くわした。
ルゼルの呟いた言葉が気になった俺は、思い切ってルセルさんに伝えてみたのだが、ルセルさんは何でだ?という顔をして見せたのだ。
「嫌って・・・ませんよねぇ?」
「まさかっ!
おれにとって大事な妹だせ?」
『全く血はつながって無くてもな』と言いながら、ルセルさんは腕を組んでうーんと唸って台所の方へと足を向けた。
そんなわけがないと思いつつも問いかけた俺は、ルセルさんの力いっぱいの否定の言葉に安堵する。
「ルゼルの勘違いですよねぇ・・・」
「まぁ・・なぁ・・・」
俺が苦笑いをして言うと、ルセルさんはなぜか歯切れの悪い返事が返ってくる。
そして『でも・・・』と言葉が続いた。
「おれ、むか〜しさぁ・・・
ルゼの反応が楽しくってさぁ、この家に三人で住んでるときにな・・・
・・・・イビりまくってたからなぁ・・・」
「・・・は・・・?」
理解が出来ずに俺が間の抜けた声を出すと、ルセルさんはあっはっはと乾いた笑いを見せる。
「だ、だってさぁ、
おちょくると、ころころって表情変えて楽しかったんだもん」
「・・・だもん、でイジメるんですか・・・」
「うん。」
こくりと頷くルセルさん。
こ、この人は・・・
「イビるって、どんなことをルゼルにしてたんですか・・・」
「んーと、
ルゼの頭を理由無く軽く小突いたり、
何かが出来なかったら大げさに茶化してみたり、
意地悪して隠れてみたり、隠してみたり。」
「・・・。」
指折り数えながら言うルセルさんを見て、俺は頭を抱えたくなった。
ルセルさんとルゼルって本当に歳が離れてるんだよな・・・??
「ルセルさんって歳はおいくつなんです?」
「ハタチ。」
「ルゼルは17ですよね?」
「生まれたのがいつなのか解らないから正確には言えないけど、多分そうだよ。
ジルコンくんも17だよね?」
「えぇまぁ。・・・で、そのイビってた時期ってどれくらいの時なんですか?」
「んー。
セルカとルゼがここに来たのは、おれが15の時だったからルゼは13かな」
「・・・。」
俺は再び何も言えなくなって、ルゼルさんをじとっとした目で見た。
15才が13才にイビり・・・というかイジメだよなぁ・・・
そこで俺がはたと気づいた。
「15才と13才って・・・そんな歳でルセルさんはここに一人で住んでたんですか?」
「そうだよー?おれ、家出したからねぇ。
まぁ現在進行形だけど。」
「家出?!」
俺は驚いてルセルさんに問いかけた。
するとルセルさんは軽く『そうだよ〜』と言いながら台所へと入る。
「前言ったっけ。
親がリジスにべったりだったってこと。
リジスが俺に共同研究しようとか言ってきたこと。
いろんなことを知っちゃった手前、
ハイやりましょうなんて言えなかったんだよ。
そういうのとか・・・親とか社会とか世界にも嫌気が差してね。
当ても無く家出をして、ここを見つけたんだ。
あの時は自殺やら死ぬなんていうのも考えられなかったから」
『結局臆病なんだよおれ』と笑って言う。
「この家が空き家で、おれがここに住んでて、セルカとルゼに会えて、
本当によかったって思ってる。
後悔も何もないから。
だから、そんな顔しないでいいんだよ、ジルコンくん」
「え・・・あ、すみません」
自分がどんな顔をしていたのかよくわからないが、そう指摘されて俺は思わず謝った。その様子を見てルセルさんはくすくすと笑う。
そして手を椅子へと向け、そこに座るように俺に促した。
「実家に居なかったからこそ、リジスとつるんでなかったからこそ、
セルカとルゼとこんな風な関係で居られるわけだし。
でもなぁ・・・ルゼにそんな風に思われていたとは・・・」
「自業自得って言葉、知ってますよね?」
「もちろん。
あーぁ、セルカの言ってた通りになったなぁ」
「セルカさんには何て?」
「『そのうち嫌われるわよ?』って。」
言ってルセルさんはまきに火をつけ、水を入れたポットを配置した。
俺はそのルセルさんの言葉を慌てて否定する。
違うのだ。
「ルゼルは、ルセルさんを嫌ってなんかいませんよ?」
そう、ルゼルは“ルセルに嫌われた”と思っているのだから。
それを俺が言うとルセルさんは振り向き、台所の淵に凭れながらこう言った。
「おれがルゼを嫌ってるわけないじゃん!
なんで解ってないんだあいつは・・・」
「言われてないからじゃねーの?」
声の方向を向くと、そこに居たのはルロクスだった。
俺と看病を交代した後、自室に戻ったようだし、寝ているとばかり思っていたのだが。
「ルロクス、もう外も暗いし夕食も食べ終わったんだから、寝てても良かったんだぞ?」
「んー、目が覚めたから水飲みに来た。」
ふぁあっとあくびをしてルロクスがルセルさんの立つ台所へ行く。
近くにあった水瓶の水を柄杓ですくいながらもう一度あくびを見せる。
そして俺たちに問いかけた。
「ルゼルの体調は?」
「落ち着いて寝てるよ。もう一日ゆっくり休んでた方がいいと思う。」
「ムリしちゃうもんなぁルゼルは」
コップに水を注ぎ、それをぐいっと飲み干す。
そして横に立っていたルセルさんに言った。
「ルゼルって、自分が俺たちに迷惑かけるのをとことん嫌ってる。
自分の問題だからって感じ?
迷惑をかけたら嫌われるんじゃないかって言ってた」
ルロクスがルセルさんをびしっと指差して続ける。
「今ちゃんと言っとかねぇと、また行方不明になっても知らねぇぜ?」
『ま、オレは言っといたけど。』と最後は軽く言い、再び水瓶の水を掬い、コップへと入れている。
「・・・ジルコンくん、あした、二人で言おっか」
「は、はい・・・」
次の日、朝一番にルセルさんはルゼルの部屋に行っていた。
おれがその後様子を見に行った時には、ルゼルはとても嬉しそうな顔を見せていた。
「仲間なんだから、迷惑だなんて思わないでいいんだ。
みんなでみんなを助けて行こう?
だから気分が悪かったら早めに言うんだよ?」
「はい、ありがとうございます」
ベットの上でぺこりとお辞儀をしたルゼルは『すみませんでした』と苦笑いをして言いながらも、嬉しそうな顔をずっと見せていたのだった。