…
……
………。
……一瞬、自分が闇だけの世界にいるかと思うほど、暗闇が目の前に広がっていた。
目が徐々になれてきたお陰で、いろいろなものが見えてくる…
気が付けば…そこは密閉されている空間のようだった。
3方向は壁。残りの1方向には床から天上まで突き抜ける金属の棒が何本も並び、列を成している。
つまりは…
「牢屋…か」
どうやら俺は捕まっているらしい。捕まえたのはリジスだと簡単に予想がつく。
手を見れば、金属の手枷。
足を見れば、少し黒くなった金属の足枷。
…いや、これはもしかして変色して黒くなった血が付いているから…か?
はっと気づいて腹部に手を当てる。
…痛みが無い?
下にきていた肌に張り付く黒いシャツは裾の部分が破れている。確かこのあたりに刃が突き立っていたはずだ。
なのに肌にはなんの跡も無い。
瀕死になったはずのあの腹部の傷が跡形も無くすっかりなくなっていたのだ。
これもリジスがしたことか…俺を捕虜にしておこうっていう寸法か。
そして部屋の中には俺一人。
ちくしょう…
自分の力不足で…ルゼルがリジスに良い様に利用されているなんて…
ここをどうにか抜け出して、ルゼルのもとに行かないと…一刻も早く…!
俺は鉄格子に手をかけた。右の手枷と左の手枷の間には短い鎖があって自由を妨げている。
普通ならこんな鎖、力いっぱい引っ張りさえすれば千切れきるくらい、わけないはずなのだが…どうも力が出ない。
目の前の鉄格子に対してもそれは同じだった。
左右にこじ開けてやろうとしても、鉄格子はびくともせずに佇んでいた。
瀕死になったときの影響で力が出ないのかとも思ったが、どうも違うような気がする。
これは…なにかスペルでもかけられたのか…?
「さて…どうする…っか…」
手足は枷で思うように動けない。力も入らない。
「打つ手なしか…とは思いたくないなぁ…」
とはいえ、いい案が浮かぶことも無く…
「ルゼルを…助けないと…」
気持ちが焦る。
リジスが何の研究をしていたのかははっきりと分からないが、ルゼルを実験台にいて何かしようとしているのは分かる。
なんとしても止めないと!
「ルゼル、ごめん…俺の力不足で…」
「あなたのせいじゃないですよ」
声にはっとして鉄格子の外に続いている廊下を見やった。
廊下にほのかな光が見えた。
それは徐々に強くなっていく…
その光の主は−−−
「る…ルゼル…ルゼルっ!
無事…なのか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
鉄格子の外の廊下に現れたのは、何の装飾も無い灰色の服を着たルゼルだった。
手にはランプを掲げ、俺を見やってにっこり微笑んだ。
「傷、大丈夫ですか?痛むところ、ありませんか?」
言いながら、ランプを足元に置く。
座り込んだルゼルの顔がランプの明かりでほんのりと赤く照らし出される。
心配そうに俺を見る紫色の瞳も、暗い影を帯びている。
「ルゼルこそ…大丈夫なのか?」
俺の問いかけにルゼルは答えない。
答えないまま、にっこりと笑った。
…すぐにわかった。その笑みは無理に作った笑みだ。
渋い顔をした俺を見てルゼルは苦笑いする。
しばらく何も言わないまま、じっとお互いを見やった。
「手、痛いですよね。足も」
「え?あ、あぁ。まぁ自由にならないのは困りもんだな…
力が出ないもんで引きちぎることも出来ないんだよ」
「えぇ、ここには結界が張ってあるんだそうです。
人を寄せ付けないように壁を作る意味で張ったルセルの結界とは違って、
この家全体にかけることで、家の中でスペルやスキル、力などを半減させて、自由に使えないようにしているんだって言っていました。
だからあなたがその鎖を引きちぎれないのはしょうがないんです」
「…その話、誰から聞いたんだ?」
ルゼルが即座に目線を反らす。少し間を置いてから、ルゼルは言った。
「お、お父様です。」
「おとうさま?だれのことなんだ?」
「・・・リジスお父様です・・・僕は・・・お父様の研究を手伝うことにしました。
研究によってセルカを元に戻すために。」
「なっ…本気か?本気で言ってるのか?!」
俺は鉄格子の傍に近寄り、ルゼルに詰め寄った。ルゼルはにこりとぎこちない笑みを浮かべてこう言う。
「セルカの体にデスメッセンジャーが入っちゃってるのは、僕の力のせいらしいんです。
ルセルが留守にしているのを狙って暗殺者があの家に入って、僕とセルカが追われて…セルカが倒れたあの時、
僕の力が無意識に働いて、瀕死のセルカを救うために生命力の高いモンスターを召還したらしいんです。
それがデスメッセンジャーだった。」
「…そんな話…嘘だろ…」
「嘘じゃないんです…だって、今セルカの中に居るのはデスメッセンジャーですもの…
僕が召還してしまったデスメッセンジャーとセルカの魂を交換して、セルカの体にデスメッセンジャーが入った。
入ったときに瀕死だったセルカの体はデスメッセンジャーの魂の力によって回復をした…」
「る、ルゼルはたしか…魔術師だろう?
召還なんてまるで、吟遊詩人みたいなことじゃないか…」
モンスターの召還はここ最近、吟遊詩人の間で確立されたスペルだというのは聞いたことがあった。
守護動物を使役する吟遊詩人が、モンスターをも使役できるようになったのかと驚いたことがあったからよく覚えている話だった。
なのに吟遊詩人でもないルゼルが、どうしてデスメッセンジャーなんて強そうなモンスターを召還できるのか。
ルゼルは寂しそうな笑みを見せた。
「僕は…普通の人とは違う力を持っているらしいんです。その力を研究していたのが、お父様。
戦争で孤児になった僕を引き取って…こんな孤児の居ないような世界を作るためにも、と−−−」
「ルゼルを研究していたってことか?子供を。
何も知らないような子供をなにかの実験台にしていたってことか?」
俺の問いかけにルゼルが押し黙る。
ふいに『あはは…』とルゼルが力なく笑った。
口元を手で覆う。
「僕の力でセルカがああなってしまったんなら、僕が何とかしなきゃいけないじゃないですか…
その方法がどうであれ、僕は構いません。
…セルカが元に戻るんなら…」
「る、ルゼルっ!!」
ルゼルがその場からすっくと立つと凛とした…というよりもまるであのデスメッセンジャーが入っているらしいセルカさんがする、冷めた瞳を見せた。
「セルカを戻すための実験は明日行います。
その日にあなたを解放していただくことになってます。
もう、二度と、このミルレスの町に来ないで下さい。
舞い戻ってくることがあれば…僕が容赦なく殺します。」
「ルゼルっ!おまえ本気でそんなこと言って−−−」
「それでは、ごきげんよう…」
「ルゼルっ!」
俺の言葉を聞かないまま、ルゼルは俺に告げるだけ告げると、くるりときびすを返して去っていく。
「待てっ!ルゼルっ!
リジスの言うこと聞いて、本当に大丈夫だと思っているのか?!
あいつのいうこと、本当に全部信用したのか?!
ルゼルっ!!」
・・・どだん
扉のしまる音だろう重い音が牢屋の中に響いた。
あいつ…
ルゼルは…
おれのことをいつも呼ぶ呼び方『ジルさん』じゃなく…
最後まで『あなた』と呼んでいた…
まるで今知り会ったかのような呼び方で…
「ちっくしょ…ジルコンのやつ…」
オレは思わずそう呟いていた。
オレ−−−オレはルロクス。
今さっきまでの戦闘はどうなったのかと思うくらい平穏な森の中にしゃがみこんだまま、オレは途方にくれそうになった。
戦闘−−−
そう、リジスがやってきて、ルゼルとセルカをなんかのスペルでとっ捕まえて、二人が連れて行かれるのを阻止しようと戦闘になって、リジスが作り出したとかいう変な人間が出てきて、暗殺者も二人出てきて…
「あぁっもうっ!」
オレはその場で立ち上がると、後ろで唸っているルセルに手をやった。
外傷は無いが、アイススパイラルというスペルを直に受けて、体がまともな状態なわけが無い。
意識はあるものの、痛みで自由に動けないって感じだな。
オレとルセルが絶体絶命なところでジルコンが発動させたゲートを放り投げ、逃がしてくれた。
それはわかるけど…
『ルロクス、ルセルさんを連れてミルレスから遠い場所まで逃げろ。いいなっ!』
そう言われた願いを守る気が無いわけじゃないけど…
あんなところで…
オレは奥歯をかみ締めた。
・・・こんなところで悠長にしてられないっ!
オレは力を無くして倒れこんだルセルを背中に背負った。
大人一人、運んでいけないオレの体に悔しさがこみ上げる。
だが、ふんばって立ち上がると、一歩ずつ、そして少しでも早く歩き出した。
「ジルコン…逃げ延びててくれよ…」
この言葉が、風に乗って届けばいいとオレは切に祈っていた。
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