<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第十九話 暗雲


「ビックフレアバースト」
「のわっ!」
「っ!リカバリっ!」
「ハリケーンバイン」
「うわっ!…って…」
「リカバリっ!」
「…ルセル!おまえっ、オレの盾になろうとするなよっ!」
思わずルロクスが叫んだ。
スペリアの攻撃は、当然、弱いものから先に倒そうとするものだった。
つまり、今のスペルすべてはルロクスに向かって攻撃を繰り出していたのだ。
それを察して、全てのスペルを体で受け、そのたびに自分の体に回復を施すルセル。
攻撃が来るたびに前に立っては攻撃を受けている姿を見るのは、どう考えても辛い。
「ルセルっ!オレのことはいいから敵に攻撃すればいいじゃねぇか!
前にやった何とかっていうスキル使えよっ!」
「そんなこと言って、こんな攻撃をまともに受けたら、ルロクスくん、絶対耐えられないだろうが。
だからおれが受けてんの。リカバリっ」
痛みに眉をしかめながらもおちゃらけた口調で言い、自分の体に回復スペルをかける。
スペルのお陰で傷はふさがったのだが、多少の痛みは残った。
更にリカバリをかけることでその痛みを和らげられるかと思ったが、その痛みは回復の際の体の軋みによるものであると知った。
傷を受けてからわかるなんてお笑い種だな、とルセルはひとりごちてみる。
まだまだ未熟なルロクスと絶大な威力の攻撃スペル、スキルを持っていないルセル。
どう見ても、戦況は不利である。
そんな二人の様子を見て、スペリアはふむと一言言うと、
「フローズンシャワー」
範囲系のスペルを繰り出してきた。
「なっ!広範囲のスペルかっ!」
「とりあえず減らすっ!ファイアビットっ!」
二人の真上に出現した無数の氷槍へ、ルロクスが攻撃を仕掛ける。
ファイアビット−−−それは多数のファイアボールを対象に向けて発射する技だ。氷と炎なら相殺出来ると踏んだのだ。
だが、相手は無数の氷槍。多数のファイアボールを繰り出すとは言えども、フローズンシャワーの繰り出す氷槍の数の方が多かった。
「っあっく…」
「ルロクスっ!りかば−−−」
そこへ即座に割って入ったスペリアがルセルに接近をして、体に手を押し当てた。
そして−−−
「あなたを先に倒すことにしたわ。
アイススパイラル」
感情のこもっていないような声で宣言をし、迷うことも無くスペルを発動させた。
遠距離のスペルを近距離、しかもゼロ距離で発動させるという行為は自分にも攻撃の余波がくる。
それは魔術師なら知っていて当然のことである。
だが、それをあえてする理由があった。
スペリアの声に反応し、白い霧が発生したかと思うと、ルセルを包む。
「っくあああっ!」
悲鳴をあげ、その場に座り込んだルセル。その体からふわりと身軽くスペリアは離れた。
「このスペルはね、発動まで少しの間があるの。だから、発動させた私はその隙にあなたから手を離せばいい。
そうすれば、私は無傷。あなたは重症。
距離が無い状態で発動させると、骨まで届くくらいに痛いらしいわ。どう?」
「・・・よく勉強しているこって・・・さすが暗殺者だな・・・
アイススパイラル発動時に出る霧から即座に逃げれるってぇのは、ホントさすがだよ」
「強がり言うのはやめたらどうかしら。
回復スペルを大量に発動させたお陰で、もう精神を練ることが難しいんじゃないの?
もう動けやしないでしょうに」
くすりと笑い、ルセルへ近寄るスペリア。
ルセルの身の危険を感じて、ルロクスはとっさに走り出した。
「ルセルっ!」
「ルロクスっ…!受け取れっ!」
ルロクスの叫ぶ声と同時にジルコンの声が聞こえた。
「え?」
ルセルの元へ走りついたとルロクスが疑問の声を上げると同時に、投げつけられる物体。
ルロクスがその物体を認識したときには−−−もうすでにルロクスとルセルの体が光に包まれていた。
「ルロクス、ルセルさんを連れてミルレスから遠い場所まで逃げろ。いいなっ!」
「え?!ジルコン!?ジルコンはどうす−−−」
そこで二人の姿は掻き消えたのだった。


「ほう…自分を犠牲に二人を逃がした、というところか…」
リジスが二人が消えた場所を見やりながら、そう言った。
俺が投げたのは発動させた状態のゲートだった。
しかも個人用ではなく集団用。ゲートの名札に多と書かれているものだ。
掴まっていた二人だけでも逃がしてやらなきゃ…全滅する。
ルゼルを、そしてセルカさんを助ける希望が居なくなる。
それはなんとしても避けたかった。
だからとっさに俺は、ルセルさんに貰っていた避難用のゲートを投げ渡したのだ。
「余計なことをしてくれるな…」
「まぁ、俺はお前をいたぶれるんなら俺はどうでもいいんだけどよっ!」
リジスが苦々しく言う傍ら、ドレイルはさも嬉しそうににやりと笑って俺に刃を突き立てる。
「っぐっ…」
「ジルさんっ!!」
ドレイルの刃は俺の腹部へ沈み込んでいた。
ドレイルの手を引き剥がそうとすればするほど、ドレイルは刃をめり込ませて痛みを与える。
鋭すぎる痛み…苦痛で顔を顰めた。
「なぁジルコン、お前、すぐに死にてぇか?
それともじわじわ死にてぇか?
今なら、どっちがいいか選ばせてやるぜ?」
「や、やだっ!ジルさん!ジルさんっ!!
やめてっ!おねがいっ!
もう言うこと聞くからっ!家に戻るからっ!
なんでもするからっ!
おねがいっ!ジルさんを…殺さないで…」
球体の中で泣きじゃくり、ルゼルはぺたりと力尽きるように座り込んだ。
それを目を細めて見やるリジス。
待ちに待った言葉だとばかり、大仰な手振りでルゼルを捕らえている球体を撫でる。
「そうかそうか…そう言ってくれると思ったよフィア。
セルカを元に戻したいんだろう?
そこにいるセルカの体からデスメッセンジャーを追い出すためにも、
フィアに手伝ってもらわないといけないからね?」
「…ただ利用しようとしているだけの…っぐあっ…」
俺が言い終わらないうちにドレイルがダガーをぐるりと回した。
ダガーでえぐられた場所からとめどなく血が流れていく…
「やっ!もうやめてくださいっ!!
ジルさんが死んじゃうっ!!」
悲痛な声で叫ぶルゼルが見える。
その姿も少し霞が掛かって見える。
「死んじまったほうがこいつのためじゃねぇの?
こんなに痛そうにしてるんだからなぁ?」
「ジルさん!」
くそっ…声も遠くに聞こえる…
ダメだ…ここで倒れたら…ルゼルが…
「さぁ〜て、終わりにするか?」
グブリッ
ドレイルの手が俺の血で赤く染まるのが見える。さっきよりも激しい痛みを腹部に感じた。
そして−−−
「クロスモノボルト」
スペリアの声が聞こえる。
体の神経がふっとんだような感覚に晒され…
スパイダーウェブの解除されたのと同時に、俺はその場に倒れこんだ。
「いやああっ!!ジルさん!ジルさんっ!!!」
ルゼルの泣き叫ぶ声は、真っ白になった頭の中で小さくこだました。