ルゼルが嬉しそうにしている。
次の日の朝、本当にルゼルは嬉しそうに朝御飯の用意をしていた。
パンを丁寧に切り分け、そしてそれにバターを塗り、俺に差し出す。
そのときの顔も心底楽しそうにしている。
ルセルさんから貰った女の子らしい服を着て、嬉しそうにパンを切って、バターを塗り、ルロクスに差し出した。
この様子を見れば、おのずとルセルさんと色々話をして仲直りをしたんだろう、というのは予想できるのだが…
仲直りをしてこんなに嬉しそうにしているのも不思議なところがある。
いや、不思議そうに思うのが変なんだろうか…
色々思いを巡らせて見てもはっきりと形をなさない、ルゼルの笑みに対する疑問は深まるばかり…
そこで俺は考えを改めた。
いや、いいんだ。ルゼルがご機嫌ならそれでいいんだよ。
うんうん。
そう、なんかにっこり顔で俺に何かを手渡してきてることなんて気にしな…って
え?
「ジルさん、これ、部屋着にどうぞ〜」
そう言っていきなり渡してきたのは、どう考えても…
「こ、コレって…」
「それって、吟遊詩人の服じゃねぇの?ジルコンには着れないじゃん」
パンを頬張っていたルロクスが口の中の食べ物を飲み込むと不思議そうに指摘した。
渡されたのは黄緑の色の、ビラビラしている袖口の、おなかの部分が隠れていない上着の、そして極めつけのスカートの…
そんな服だった。
いや、まぁ、俺が普段着ている服もおなかは隠れていないけど…
で、でも、な、なぜルゼルがこんなものを俺に…
「着れなくないんですよ〜実は他の職業の人が着られないって言う理由に、その職業専用の布地で作ったかどうかにあるらしいんですよ〜
この服はちゃんと修道士用の服の布地を使って作ったんだそうです。
だからジルさんにもこの服が着れます」
「い、いや、物理的に着れる着れないって…っていうか職業専用の布地って?」
俺は服を着き返すようにしてルゼルに手渡しそう言うと、背後から…声がした。
「つれないねぇ〜ルゼが嬉しそうにしてるっていうのにねぇ〜」
「わわっ!なっ、ルセルさん」
両手を俺の両肩に乗せてにゅ〜っと後ろから俺の顔を覗き見るルセルさん。目はわざと無表情にしているもんだから、無性に怖い…
「おれが戯れに修道士用の布地を使って作った吟遊詩人の服に、ジルコンくんのためにしっかり修道士用の祝福の儀式してやったのにさぁ〜
ほんとつれないよねぇ〜」
「あ、えっと、あの、なんか色々よくわからないんですけど…」
また茶化しているなと気づいた俺はちょっと戸惑いながらも、疑問の言葉について問い掛けると、ルセルさんは楽しそうにしながらも『そう?』と答えた。
「つまり、修道士用の布地で修道士用の纏いの儀式をしたってこと。
これは立派な修道士用の服なんだよ。
そこらへんにある、布地だけの“なんちゃって服”とは違って、これは普通に戦闘できる。しかも祝福の儀式つき!」
「え〜っと…その…纏いの儀式って何なんです?」
「そか…この名前じゃ聞いた事ないかもなぁ。
えっとねぇ、修道士が着る服って、それ専用の力の流れって言うか…そういうのがあって、
その流れを布地に記憶させてやるっていう儀式を“纏いの儀式”。
まぁ、正式な名称がないからおれが勝手に“布をまとう”“纏う”って付けてるだけだけどね。
他の人は“戦いに赴く強者の儀式”とかいうけれど…長いからさ〜」
『長い名称は覚えづらいってわかんないのかねぇ』とぼやくルセルさん。
そのぼやき声を聞きながら俺は更に疑問に思っている言葉について問い掛けた。
「あともうひとつ分からない言葉があるんですが…その祝福の儀式って?」
「あぁ、そっか。え〜っと…
ジルコンくんは光服っていうのを知ってる?」
「光服?え〜っと、物理的な防御力が通常より少し下がるけれど、
その分、魔法に対する防御力があるっていう魔力のこもった服のことですか?」
俺の答えにルセルさんは満足した笑みを浮かべてこくりと頷いた。
「ご名答!
その光服っていうのはそこらへんの職人じゃあ作れない!
経験を積み、なおかつ聖なる力をもつ聖職者の職人でないと作れないってわけなんだな〜」
「それをルセルが作れるってことなのか?」
「更にご名答!
生活するための収入源として、この光服を作って町に売りに行ってるってわけさ。
結構良い値で売れるんだ、これが」
ルロクスがルゼルから差し出された紅茶を飲みながら言うと、ルセルさんは大げさに答えてみせた。
す、すごい…すごいけど…この状況は喜べない…
ビラビラ服を俺に渡されても…
「あ〜ちなみにルゼが着てるのも光服だけど、セルカが作ったやつだから」
「え…セルカさんが?」
「そ。
だって普通、男用服の体型と女用服の体型は全く違うだろ?
売られてる服はちゃんと男なら男の、女なら女の体型の型紙で型抜きされて、作られている。
だからどっちの服も大きさが違うから着られない。
こうなることを見越してたのかわからないが、セルカは男用服で使うはずの灰色や薄い黄色の布地から
女の体型の型紙で片抜きして、あの服を作ったんだよ。だから女のルゼであってもあの服は着られてるってことさ。
言ってみれば“なんちゃって男服?”ってやつかな。
まぁ、おれの場合、それより凝った“なんちゃって服”だって作れるけどな〜!」
「すごいじゃん!それじゃあ俺にも光服作ってくれよ!」
ルロクスが喜んでルセルさんに詰め寄ると、それを待っていたとばかりにぽんとルロクスの両手に渡される服。
今着ているルロクスの服と全く同じ形なのだが…少し光っているように見える。
「今のルロクスくんには防御力が下がっても魔力を与えた方がいいと思ってね。
だからちゃんと作っておいた。ありがたくおもえ〜」
「おうっ!思う思うっ!」
満面の笑みでそれを受け取ると、ルロクスは早速とばかりに部屋を出て行った。
そして残された俺…
「ジルさん…着ましょう?」
嬉しそうに言うルゼル。
俺がこの吟遊詩人の服を着ろってことか…どこもかしこもビラビラなそんな服を…
い、いやだ…
何も言わない俺を見て、ルゼルは再度こう言う。
「着ましょう?」
…今日のルゼルは悪魔みたいに見えるよ…
「勘弁してくれ…本当に…」
「え〜なんだ〜つまんないの〜」
楽しそうな二人から逃げるように部屋を出たのは言うまでもない。
「ちょっといい?」
こんこんと扉を叩く音に気づいた俺はすぐに扉を開いた。
するとそこにいたのはルセルさんとルロクスだった。
「セルカのことで意見を聞きたいんだけど」
「あ、はい。今行きます」
扉口で待っていたルセルさんと一緒に、俺は食事をする部屋のところへ行こうと−−−
「あ〜ちょっとまって」
行こうとした足の歩みを止められて、思わずたたらを踏む。
その仕草にルセルさんはくすりと笑うと、
「おれの部屋で話、いい?」
扉を指差し、言う。
「え?えぇまぁ」
ルロクスを見やると、首を横にして傾げる仕草をした。
ルロクスも俺と同じようにただ言われてついてきただけってことか。
「んじゃあどうぞ」
言って、ルセルさんは自分の部屋の扉を開ける。
開けてすぐは壁だった。
一歩中に入ると左側が通路になっているのが分かる。
入ってすぐが壁なんて部屋、普通は作らないと思うんだけど…
何かちょっと暗いし…もしかしてここから地下に…?
などと勝手に発想を膨らませていると、
「こっちこっち」
するりと俺とルロクスの横をすり抜け、通路の前方へ行ったルセルさんは前へ進むようにと手招きをする。
ん?こっち?
通路の行き止まりから右横を見て−−−俺とルロクスは固まった。
「あ〜…初めてこの部屋入る人って、皆おんなじ反応なんだよねぇ。
み〜んなそこで立ち止まるんだよなぁ〜」
言っているルセルさんの顔は嬉しそうに俺を見ている。
そうそこは…数々の本で埋め尽くされていた。
書庫の棚には膨大な量の本が整然と並べられていた。
まるで図書館だ…
「な、なんだココ!」
「なんだここって、おれの部屋。」
ルロクスの叫びに、ルセルさんがさも当然とばかりに言う。
まぁ当人にとっては当然の状態なんだろうけど…
大量の本が並ぶ書庫の通路に立っている俺たち。まるで迫り繰るかのような威圧感に、息をするのを忘れてしまいそうだった。
こんな量の本を持っているなんて…普通なら考えられない。
「こんなに本がいっぱい…」
「すんげ…」
俺とルロクスが同時に驚きの声を漏らす。するとルセルさんはちょっと照れくさそうにしながらこう言った。
「すごくないさ。知識を手に入れるためにはその知識を持っている人の下で修行するか、本から自力で取り込むかしかない。
おれの場合はこの本たちからだったってだけさ」
俺に修道士の技−−−スペルを教えたことといい、ルセルさんは博識だとは思っていたけれど…
あの豊富な知識は、この膨大な本から培われてきたものだったのか…
俺は天井に付く位の書庫を見上げ、感嘆のため息をついた。
「ルセルってすげ〜んだな…なんか納得した。」
「そだろそだろ〜
でもまぁこの本たちの半数は元々この場所にあったやつだけどな。」
「へぇ、ルセルさんのお父さんの所有物だったんですか?」
俺が尋ねるとルセルさんは『いいや』とかぶりを振る。
「ここは元々おれの家ってわけじゃないんだよ。空家だったから、住み着いただけ。
そしたらこんな書庫があったんだ。さらに気に入ってさ。
で、今ではおれの家ってわけ。」
「え…こ、この家に住んでいた人は…?」
俺は思わず問い掛けた。
普通、家が空いてるからそこを自分の家にするなんて、簡単にできるようなものじゃないと思うんだけど…
それに元々その家に住んでいた人が、勝手に住みだしたルセルさんを許すわけがない。
「前住んでいた人が戻ってくるってこと、なかったのか?」
ルロクスがいまだに書庫を見上げながらもそう問い掛けた。
ルセルさんは『あぁ。』と言い切る。
「この家にたどり着いたのもただの偶然だったんだけどな、
森をさ迷い歩いて、たどり着いたのはここだった。
俺だって礼儀知らずじゃない。他人の家に入ろうなんて普通なら思わなかった。
ただ急激の寒さとそれに輪を掛けて冷たい雨に、どうしようもなくなってこの家に入ったんだ。
で、この書庫に出会って、中にあった大量の日記を見て…ここの主人は二度と帰ってこないことを知った。
だからおれも安心して住みだしたんだから」
「そんな、日記だけで判断かよ…」
「その日記の日付のまま、この家の時間は止まってたんだよ。
誰かから届いた魔法の手紙−−−おれはメモって呼んでるけど、
それがその日付以降のものから読まれてないまま、ずっと放置されていたから。
だから二人は気にしないで泊まっていけばいいんだよ。
まぁそれよりも本題だ。」
言いながら、奥のほうへ歩いていく。
続いて俺とルロクスが歩いていくと、そこには両の手を広げる広さよりも少しだけ大きい机がおかれていた。
その場所は少し薄暗く、机の上にはランプがひとつ、ほんのりと辺りを灯りを燈していた。
机の前にあったいすに腰掛けるルセルさん。
「二人に見てほしいものはこれなんだけど…どう思う?」
差し出されたのは机の上に用意されていた開かれた本。覗き見るとそこに描かれていたのは−−−
「あ、ドロイカンナイトじゃねぇの!?ルケシオンの島のダンジョンに居るっていう龍!
オレ、昔話の絵本で見たことあるぜ」
遅れてたどり着いたルロクスもその本を覗き見る。
ドロイカン…そこでこの前酒を飲みながら話をしていたときの情景を思い出す。
でもあの時言っていたのはドロイカンマジシャンであって、今見ているこの赤い龍はドロイカンナイトというモンスターのはず…
ん?なんか色はドロイカンナイトだけど、姿は蒼い龍であるドロイカンマジシャンのような…
「そういえば、ルセルさんはこの前、居なくなった日のセルカさんの後ろに、このドロイカンマジシャンを見たとか…」
「そ、だから二人に聞いてみたかったんだよ。
この本にかかれている赤いドロイカンマジシャンみたいなやつの姿を、見たことあるか?ってさ」
ドロイカンマジシャンみたいなやつ?
俺は疑問符を浮かべ、もう一度まじまじと本に描かれている絵に見入った。
俺はルロクスのように本の中で見たというわけではなく、本当にドロイカンマジシャンを見たことがある。
戦ったことさえある。
そんな俺が見てもこの絵はドロイカンナイトのように赤い色をしたドロイカンマジシャンだった。
…どうしてこの絵はドロイカンマジシャンなのに赤色なんだろう…。
「赤いドロイカンマジシャンってさ〜確かドロイカンナイトって言わねぇ?
ルセル、ドロイカンナイトと間違えてるんじゃねぇの?」
言うとルセルさんはふるふると首を横に振る。
「いいや、それはドロイカンナイトじゃない。しかもマジシャンでもない。
こいつの名は−−−」
そこでルセルさんははっとした顔をして書庫の隙間から覗く窓を見やった。
つられて俺も窓の外を見る。
…別段、いつもの変わらないような…
だがルセルさんは何かを感じたらしい。舌打ちを一度鳴らした。
「破られた…」
「は?何が?」
「破られたのは破られたんだよ!
ジルコンくん、ルロクスくん、ルゼルを探して、見つけ次第守ってくれ!」
その切羽詰ったような声に俺は嫌な予感を感じた。
俺の言葉を待たないうちにルセルさんはこの部屋から出て行こうと、書庫を足早に歩き出した。
「る、ルセルさん、何が破られたんですか?」
俺もルロクスと同じ問いをルセルさんにぶつける。
するとルセルさんはだんだんと足を速めながら部屋を出た。
俺も続いて部屋を出る。
するとちょうどそこにはひらりとしたスカートを掃いて、自分の服や俺たちの洗濯物を集めてきたらしいルゼルが、今まさに家の外に出ようしていた。
慌ててその場に引き止める。
「ルゼっ、行くなっ!」
「え?」
ルゼルが不思議そうにして立ち止まる。
だがルセルさんの必死な顔に、ルゼルは戸惑い、そしてすぐにはっとした顔を見せた。
「ルセル…まさか…」
「いや、破られただけだ。まだ何枚かの結界はある。それさえ破られなければ―――」
…イン
そこでなにか、音がした。
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