涼嵐さんの『お疲れ様』の声を聞いてもまだ呆然としていたが、俺はくるりと振り返り、お姫様たちの無事を目で確認した。
怪我はしてないようだ。
よかった。
「お姫様がスペルを使われると思いませんでした。」
俺が本当に思ったことを言うと、お姫様は苦笑いのような笑みを見せた。
…?…
お姫様は何故か俺と目線をあわそうとしなかった。
「それにしても、先日、宮廷魔術師に選ばれたとはいえ、頼もしいですね」
「少しの試験ですぐに宮廷魔術師になられたくらいですから、やはり凄いのですよ」
と、女性としては背の高い、さっきマジシャンスローというスペルを放った魔術師の女性に向かって賞賛を送っている。
っていうことは…
「その人が…今回入った新人の宮廷魔術師さん…?」
女性は俺の言葉を聞いて、不思議そうにしながらもこくりと頷いた。
そんな…
「知り合いじゃなかったとか?」
少し呆然としている俺に向かって涼嵐さんが訝しげに聞く。
俺はこくりと頷いた。
新しく入った宮廷魔術師がルゼルじゃなかった…じゃあルゼルは何処に…
手がかりが無くなった…そう思ったときだった。
御付きの少女がすくっと立ち上がり、嬉しそうに手を叩くと、お姫様に向かってこう言ったのだ。
「あんなモンスターに攻撃するなんて、凄いわ〜さすがルゼルねっ!」
少女は今にもぴょんぴょんとその場で飛び跳ねそうな勢いで嬉しがっている。
…っていうか…
ルゼルって言ったよな…?今…
「ちょっ、お姫さまっっ!」
今までお姫様だと思っていたほうの少女が、明らかに動揺して御付きだと思っていた少女に向かってそう言った。
そっちの少女がお姫様で、こっちがルゼル…?
「ルゼル…?」
俺が声をかける。
すると、水色のドレスを着たお姫様だと、少女だと思っていたその人は、ちょっとずつ、俺の方から視線をそらして行く。
そして背中を向けると−−−
「逃げんな。」
行動を察知して、俺は相手が背中を向けたと同時に首もとをひん捕まえた。
「お?!モンスターはやっつけたのかよ〜」
そんなところに、フロアにいた人の避難をさせていたルロクスが戻ってきた。
この状況を見て理解できるわけも無く−−−
「…どうしたのさ、一体…」
水色のドレスを着て、涙目をしている少女の姿をしたルゼルと、それをひん捕まえている俺を交互に見て、ルロクスは眉間に皺を寄せた。
「あんなにルゼルが人気になるとは思わなかったですわ〜」
嬉しそうにお姫様は言うと、ぽんぽんと拍手をした。
「ルゼルって、魔術師なのにお世話係をやりたいなんて言って、面接にきたのですよ?
私、隣の方で騎士の試験やら宮廷魔術師の試験やら見ていましたから、
その話聞いて不思議に思っちゃいまして。
だからお話してみましたの。」
「気に入っていただけて光栄…だったんですが…」
ルゼルがお姫様の言葉にうなだれた。
「あの格好、嫌だと申し上げたんですけど…」
「だって、似合ってたでしょう?とても!」
そう言ってお姫様の瞳が煌く。
「だって、お姫様がいなくては御付きの人の役は出来ないでしょう?
私、今年はその役を演じようと思い付いたのです。
それに、とても可愛らしかったでしょう?ルゼルのドレス姿」
…話を聞いていてわかったが、さっきまで水色のドレスを着たお姫様姿してたのが女装したルゼルで、その御付きの少女はなんとこの城の本当のお姫様だった−−−というわけだ。
今、ルアスの城の謁見の間に通され、目の前に座る本当のお姫様に謁見−−−というよりもネタ晴らし的な話をしていた。
さきほどまではモンスターと戦った騎士を呼び、労いと褒美の言葉をかけていたが、俺たち数名を残らせ、後は間から下がらせた。
何を話すんだろう…と思ったら早速ルゼルの話に突入したというわけである。
「いろいろ困るんですから…お願いですから二度とさせないで下さい…」
そう言っているルゼルの姿は、いまだに水色のドレスに金色の長い髪のままである。
髪はカツラだと、取って見せた後、本当のお姫様に『あら、そっちの方がドレスと 合っていましたわね』 と言われ、そのままの姿で居させられているようだ。
「ずっとその姿で居てもよろしいですわよ?人気でしたし」
お姫様が嬉しそうに言うと、ルゼルが滅相もないといった顔で、
「この宝石を着けていたからですよ」
そういいながら自分の胸に飾られていた宝石を取ると、お姫様の傍へと寄り、
『失礼します』といいながらお姫様の胸にその透明に光る宝石を飾った。
お姫様は自分の元へ返された宝石とルゼルを見やりながら、
「まだ貸して差し上げるのに…」
と残念そうに言葉をこぼす。
「そんな高価なもの、恐れ多いですよ」
ルゼルがそう返すと、さらっとお姫様が言う。
「家宝ですけど、飾るためのものですわ」
ルゼルが持ち逃げするとか考えなかったんだろうな…このお姫様。
お姫様は胸に飾られた水のように透明な宝石をそっと触りながらくすくすと笑った。
「ふふふっ、まぁ、ずっとここにいるようなら、またそんな機会は無いとは言えませんわ」
「お姫さまっ!」
「それはそれとして、そこのお二人さん、お名前は何と仰いますの?」
手のひらで促され、俺とルロクスは一瞬うろたえながら答えた。
「えっと、ジルコンです。ジルコン・F・ナインテールと言います」
「おれはルロクス。下の名前は覚えてない。孤児だったらしいからなぁ」
「そうなのですか…私はファシルマーナ・L・E・アスク。
御分かりになってしまったかと思いますが、このアスク帝国を統べる王の娘、姫をしております。
私の父、この国の王は今、多忙で、この城にはおりませんが…」
玉座から立ち上がり、ドレスのすそを摘まんで、お辞儀をする。クウさんや涼嵐さんの様子を真似て、俺たちも礼をした。
「涼嵐から話を聞きました。ジルコンとルロクスは、ルゼルに話をしたいのだと申しているのだとか」
そう言って、お姫様はルゼルの方を見やる。
気まずそうに目線をそらすルゼル。
そこで、声があがった。
「ねね、思ったんだけどさぁ〜なんでルゼルってば追っかけられてて、んで逃げるわけなん?」
おれ、詳しいことわかんないも〜んと開き直って言った。
その発言に、ルゼルが反応した。
「僕はっ…セルカを止めないといけないんです…
そのためにジルさんやルロクスが…怪我したり…もしかしたら…」
「死ぬかもしれないと?」
あえてお姫様がルゼルにそう問い掛ける。
ルゼルはぴくっと体を反応させた。
「セルカは…あのとき…人を沢山…だから…僕だけで止めないと…
だからジルさんたちを置いて…あの日ひとりで出たんです…」
「セルカという人は沢山の人を殺すほどの悪人なのですか?」
「そんなっ、悪人なんかじゃないんですっ!
でも…どうしてなのかわかりません…でも、あの時から…
セルカの様子が変わって…僕の前から突然消えてしまったんです…」
ルゼルが辛そうに拳を握り、唇を引き締める。
お姫様はそんなルゼルを見やりながら問い掛ける。
「ジルコンさん、ルロクスさん。今のルゼルを見て、あなたたちはどう思われますか」
「…迷惑をかけたくない一心だというのはわかっています。
でも、今のルゼルをそのままにしておく方が危ないと思ってます」
「そうそう、オレたちだって、何か力になれるかもしれねぇし、
ジルコン一人に任せるのもアブねぇから、オレも一緒にいるわけだしなぁ〜」
俺の後に続いてルロクスが得意そうに答える。
頼りない頼りないと何度も言われてちょっとむっとしつつも、俺はルゼルを見やった。
今まで自分の心の中で思っていただけで言葉に出しては居なかったルゼル。その思うすべてを言ったからかもしれない。ルゼルが幾分か楽な表情になったよ うに見える。
今なら言ってもわかってくれそうだ。俺は思うとすぐに口に出していた。
「出会った時のルゼルは危なっかしかったから、しばらく一緒に行動しようと思った。
今のルゼルは危なっかしいというより危険でならないんだ。
セルカさんがどうしてああなったのかは俺にはわからないけれど、セルカさんに会った時、今のルゼルじゃまたあのときみたいに無茶をしちゃうんじゃないかと思うんだ。
冷静な判断が出来るようには思えないんだよ」
「…僕だって…僕だってわからないんです…でもセルカに人殺しさせたくないんです…
だから追いかけないとって…」
「それもわかるが、まずなぜそうなったのか、そこから考えていけばいいだろう?
ルゼルがセルカさんを怒らしたのなら、説得するときに時間稼ぎは必要だろう?」
「ちょっと…ジルさんたちを盾にするようなこと、しませんよっ!」
「ジルコンさんは、セルカという人と話が出来るなら自分を盾にしろと申されていますの?」
じっと聞いていたお姫様は俺の言葉に『まぁっ、頼もしいことですわ〜』と反応した。
「よかったじゃありませんの?ルゼル。頼ってもいいと言ってくれる方がいらっしゃったのですよ?」
「…っ…」
「共に戦うことで得られる強さがある。それを依存とは言わない。」
ルゼルの隣にいたクウさんがそう言って、ルゼルの肩をぽんと叩いた。
「大丈夫でしょ。あの二人、行動力あるみたいだし。
なんたって、ルゼルを追ってこの城まで入り込んだくらいだし。
強いよ?」
涼嵐さんにもそう言われて、ルゼルは顔をあげると、涼嵐さんを見上げた。
そして俺のほうに向く。
「す…みません…いきなり居なくなって…」
「いいンだって〜そんなこと気にしなくったって〜」
「そそ。会えたんだからいいんじゃない?」
「りっぷさんと涼嵐さんが言わないでくださいよ…」
当事者である俺とルロクスが言うより前に二人に発言された俺は、ルゼルの頭をぽんぽんと撫でながら、思わずはぁっとため息をついた。
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