<アスガルド 神の巫女>

裏側の時間軸 編



みっつめの物語 想いの先



「病で倒れられた神官長、ジュエルド・J・リジス氏は
このミルレスの町を活性化させるために多大なる貢献をなされた方であり−−−」
長ったらしい文を息継ぎせずにざらざらとくっちゃべっているのを聞き流す。
あ〜あ・・・おわんねぇかなぁこんなくだらない事。
普通ならそんなことを思ってはいけない位に就いてしまった。
でもなりたくってなったわけでもないし・・・
故リジス神官長の後見人としてアイデル副神官が神官長に就任。
そしておれ−−−ルセルはなぜかそのアイデル新神官長の補佐として、今、神官会議に出ているのだ。
こういうときだけ、高位の聖職者になるんじゃなかったなと思う。
神官会議とは言っても、今現在大きな問題がこの町に起こってはいない。
意見交換を目的とした神官会議は、それほど意味がない。
そう、今現在しゃべりまくっているリジス信奉者がうざったい事この上ない。
『リジス信奉者はこいつ以外にどれだけ居るんかなぁ』
リジスは自分の行っていた研究をこんな小物には教えていないはず。
研究を知り、協力をしていた者がこの中にいたら・・・
「そのほかにもリジス氏は方々の町との親交を−−−」
まだしゃべり続けているリジス信仰者の話。
おれはこっそりとため息をついた。



「いないはずよ。」
アルシュナはきっぱりと言った。
「は・・・?いない?どうしてそんなはっきり言えるんだよ?」
宿屋の一室。
アルシュナが寝起きをしている部屋で話をするのがいつもの事になってきているこのごろなのだが、それにはれっきとした理由がある。
「お前・・・おれを散々踊らせて、いいようにリジスとその信奉者をかき回させた癖に、
ま〜だ、おれにそんなあいまいな事、言いやがるのかぁ?」
そう、こんな話、普通の場所で出来やしない。
リジスに狙われていたセルカとルゼル。
手配書はおれとアルシュナで押さえ、解除をしたが、手配のあの金額ではまだ探し回っているやつがいる可能性は高い。ルゼルには再び男装をしながら旅をしてもらっている。
セルカを助けるための宝石を捜す旅に。
そしておれはやれるべき事を−−−セルカとルゼルが安心して暮らせる、そんな場所を作るため、いろいろ暗躍しているつもりなんだが・・・
「リジスの性格を思い出してごらんなさい?
あいつは自分が一番力を持ちたかった。
独占したかった。
だから他のやつにはなにも情報を与えてない。そこらへんは調査済みよ。
自分の部下と思えるやつはドレイルくらいだったんじゃないかしらねぇ」
「ドレイル・・・」
「そう。瞬冷のドレイル。
彼は盗賊ギルドから正式に追われてるれっきとしたお尋ね者。
匿っているという恩があるから裏切らないだろうと、リジスも油断はしてたみたい。
まぁ、あのドレイルがルゼルちゃんの不思議な力を欲しがるとも思えないしね」
言ってアルシュナは立ち上がり、テーブルに置いておいたポットから熱いお茶を注ぐ。
「・・・肝心なところでいつも助けられないわね私は・・・」
少し悲しそうにアルシュナは言った。
あのとき−−−
狂ったリジスが自分の力量もわきまえず、力をつかったあのとき。
セルカDが今にも走り出してしまうおれを杖で止め、“お前はあの者に酷い目にあっているのだろう?”と言ったあのとき。
おれはリジスを止めようと必死で叫んでいた。
そして止められずに・・・リジスは死んだ。
魔力の暴走。
自分の許容量以上の魔力を使い、扱いきれずに体の中で魔力が暴発したのだ。
“己の力を知らずに傲れる人間の末路だ。”
そう言ってのけたセルカD。
おれは−−−
「おれは・・・もしかしたらリジスと同じになっていたかもしれない」
「?」
突然の言葉に、アルシュナは疑問符を浮かべたようだった。
だがおれの言葉の意味に気づいたんだろう。すぐににっこりと笑ってみせる。
「大丈夫よ。
ルセルはいろいろなことを知ってる。
いろいろなものを背負ってる。
だからリジスのようなことにはならないわ。」
『私たちも援護してるしね』と言いながら椅子に座りなおす。
リジスはもうこの世の人ではない。
死者になったからには弔ってやらなければという気持ちがある。
頭ではわかっていても・・・感情というのはそう簡単なものじゃない。
ルゼを、セルカを、二人を苦しめ、それ以外の人たちにも多大な・・・・
“安らかに眠れ”と未だに言えないのは、おれが子供だということなんだろうか。
「今の仕事、やれそう?」
アルシュナがおれの様子を見て、言った。
「嫌だけど?
やらなきゃならないんだから仕方ない。」
「そう割り切れてる?」
アルシュナが珍しくおれを心配している雰囲気を見せている。
珍しすぎる・・・
「そんなにおれが心配?」
「まぁね。
セルカちゃんやルゼルちゃんがこの町に戻ってくる前にあなたをへたばらせたら、
二人に怒られそうだから。」
「・・・やっぱりお前がおれを神官長補佐にさせたのか。」
アルシュナの言葉を悟ったおれが突っ込む。
アルシュナはにっこりとまた微笑んだ。
「あなたのお父様とお母様、本当にすばらしい方だわ」
「・・・何を吹き込んだんだよ全く・・・」
こんなしち面倒なことになっているのはこいつのせいか。
「アルシュナ・・・お前・・・ほんと、凄いやつと言うかむかつくやつと言うか」
「ほめ言葉だと受け取っておくわ?」
アルシュナは『お茶のお替りはいかが?』とにっこり笑った。



「リジス信奉者をどうやって排除していくか・・・か」
アルシュナからの帰り道。
まぁ記憶の書で飛んでしまうから帰り道という帰り道でもないんだけど。
アルシュナの言うことが本当なら、ルゼが二度と実験材料にされることはない、と言える。
ルゼの無事はこれでいいとして、次はミルレスの町自体をどうにかせねば。
リジスのせいで相手の町よりももっと大きくという考えが出てきている。
そう、それが信奉者のうざいところなのである。
「あ〜あ・・・やること多すぎだ〜・・・」
おれは誰に言うこともなく悪態をつきながら、空を見上げた。
ぼんやりとした夕日が沈んでいく。
「お互い、がんばろうな」
旅の空でがんばっているだろう三人と−−−幻の城に幽閉された“お姫様”に向かって呟いたのだった。