これでよかったと言えばよかったのかもしれない。無理について回る必要もまさかなかろう。何から何まで置いてけぼりを食らうテルヴァとカスィだったが、すでに馴染んでしまったあの三人のおまけとしてのこのこと混じるのも、妙に図々しい気がする。仕方ないので、適当に距離をとった場所で腰を落ち着けて、アクアたちの帰りを待つことにした。 「別の世界ね……何がどう違ってると思う?」 カスィが口元に手を添える仕草で、先ほど起こった事象についてを考えさせるような言い方をしてきた。 「さあ、一概には言えないよ。世の中、まだまだ解明できないところだって多いから」 テルヴァもあぐらをかき、両手を後ろへとまわして言った。 「言葉で片づけるのは簡単よ。でも、ディティールの差異を気にする人だって、いつの時代にも存在するものよ」 「確かにそうだね」 普段落ち着いているカスィにしては、なかなか珍しい反応だとテルヴァは思う。戦闘後でまだ若干身体が温まっているのか、やや饒舌だ。短時間のつきあいではあったけれど、カスィなりにジルコンたちについて思うことがあるのかもしれない。それとも単に自分同様、好奇心の延長だという可能性はある。思っていることを悪意なしに他人に語るだけなら誰だって自由だ。 テルヴァもそれに倣って、思いついたことを頭でなぞり、口にする。 「帰るときにもあの石が必要なんだよね?」 「そうじゃないかしら」 「行き返りに何らかのエネルギーが必要だったり、使用しすぎるとか言う懸念は?」 「いえ、石は複数あったはずよ。それぞれに区分があるとするなら――」 カスィが言いかけて、その吐息を喉元に引っ込める。頭上に、太陽の光にはやや欠ける鋭いそれが射し込まれてきた。察知したカスィはとっさに避けることに成功したが、遅れたテルヴァの上には一回分の驚き声をあげる前にどさりと、 「……、お帰りなさい」 カスィが言った。何も変わってない様子で無事帰ってきたので、テルヴァものしかかられながら、よかったとひとまず思う。アクアの手には、やはり移動の鍵となるらしいあの石が握られていた。 「おい、どれくらい時間がたった」 仰向けに倒れ込んでいたアクアが、陽射しを嫌うように眉根をゆがませ、大儀そうに立ち上がった。 「そうね、せいぜい15分くらいよ。ねえ、テルヴァ?」 背中への圧力で息苦しいテルヴァは、 「んん……マクト? 重いからどいてくれない?」 「あの、俺はこっちです」 「……悪かったね重くて」頭上からはふてくされるなじみの声だった。 「あ、なんだアウェルだったの? ごめんごめん」 15分、大体昼頃から、二日たったから、あいつらにとって、となにやら向こうの世界との時間換算をアクアはぶつぶつやり始めている。 「向こうは平和そうなのかしら? 何をやっていたの?」 アクア、アウェル、マクトは続けざまに、 「何かとケチつけられて働かされた」 「ええっと、除草作業。でも収穫ゼロ」 「人助けでメンドゴラを討伐してました」 「ばらばらじゃないの……」
アクアが立ち往生をうち切って、さっさと何事もなかったように歩き始めた。向こうでのやりとりをいきなりこちらの15分に圧縮しなければならないのだから、かなりその精神的な穴を埋める努めているようにも見える。 「そんなことやっていたんだ。辺り一面メンドゴラって想像するだにできないけど。それはそれで面白そう」 「みんなで燃やしたり刈り取ったり、それの繰り返しです。大変でしたけど楽しかったですよ」 マクトが二人に代わって向こうでの出来事を端的に教えてくれた。 「両方に原因があるんだったなら、お互い様ってことでいいんじゃないかな」 うっかり言ってしまってから反論されるとテルヴァは思ってすかさずアウェルを見やる。当のアウェルは、なぜかちらちらとアクアのほうを意識していた。背中をまじまじ観察し、さりげなく右から左からと、アクアの出方――手元かもしれない――を伺っている。 アクアはそれを知ってか知らないでか、アウェルと顔を合わせようとせず、すたすたと歩いている。 「ルセルさん、気さくで博識ですけど、意外とお茶目な方でした。それに、カスィさんとアクアさんをやたら――」 「え、何々?」 当のカスィとテルヴァが大きく耳を傾けたがが、案の定それを許さない横槍が入った。 「マクト、やたら最近軽くなってきているのはその口か?」 小心者を震え上がらせるのには十二分だった。うんとどすの利かせたアクアの低い声がマクトの足下に忍び寄り、マクトは臆病なウサギのようにびくりと2cmほど身体を跳ね上げた。 「は、はいっ、すいませんっ!!」 どうにも情けない、とテルヴァは思う。後でこっそり訊ねてもいいかもしれない。しかしこれも、出会った当時を考えるとだが、マクトがだいぶ明るくなり、うち解けてきている証拠だと考えれば、ずいぶんな進歩である。アクアに借りがある分、唯唯諾々となっている感は否めないが。 そして、アウェルのしびれが切れるあと一歩、というおそらく実に絶妙なタイミングだったかもしれない頃合いだった。アクアが、右手を腰のあたりに構え、例の石を親指の上に乗せ、後方のアウェルへ向かって弾き飛ばした。てんででたらめに飛んだそれを、虫を捕らえる猫のようにアウェルはすかさず両手でキャッチした。 「欲しけりゃやるよ。好きに翔んでっちまえ」 「だったらもっと早くくれてもよかったのに、出し惜しみなんかして」 素直じゃない、と口は文句の構えだったが、それでも幾分かいい表情だった。それが自分の欲を満たせたからか、ちょっとしたいいところを見せてくれたのが嬉しかったのかは、テルヴァには分からない。天にかざした後、アウェルが楽しそうに袋へとそれをしまった。 何か――言葉では切って取り出せない、何かが、向こうであったのだろうか。アクアは二日と口にしていた。二日をただ無意味にメンドゴラ相手で消費したわけではあるまい。 これからいよいよ弟のコロナに会いに行くのだ。表には出していないようだが、息遣いなどで察してしまう、ずいぶんと緊張していると思う。アクアはそれを何を根拠にと言うかもしれない。5年前に生き別れた家族に会おうとすれば誰だってそうなると、テルヴァには不思議と確信があった。アクアは、自分の内情をまるきり関係ないものへ変質させ、さりげなく置き換える癖があるということも、自然と読み取っていた。このたびの出来事が軽く気晴らしとになり、丸みを帯びたとまでは行かないも、角みが削れたというような具合に落ち着いていた。 一方のコロナはどうだろう。両者を記憶と歳月でつないでいる自分もまた、どうだろう。 このまま進む道先で会ってほしいだろうか、会ってほしくないだろうか。 もちろん、二人が素直な形で再会できるに越したことはない。コロナだって5年も前から待っててやると強く表明したのだ。アクアはぽっかり空いたそれを追いかけるだけ。欠けすぎたパズルのピースは一気にはまり、アクアだけに見えていた一枚の絵が、やがて自分たちの目にも浮かび上がってくる。 しかし何となくだが、それだけではすまないような気がする。薄皮一枚だけで両者の間に転がっているような、とてもひそやかで脈々と膨らみあがっていくとある存在感を、テルヴァは肌で知覚し始めている。 緊張しているのは、むしろ自分なのかもしれなかった。
――思い過ごしだといいのだけれど。
|