「セーフガードッ!」 ルゼルの周りを、何か軽快な力が取り巻いた。とたん、全身の重力が紙のように失われ、代わりに足取りが息を吹き返した。 ――動ける! 動いた。本当に間一髪だった。攻撃の拍子に舞い上がった砂だって悠々とかわせるほど、その一歩一歩が面白いくらいに軽い。ルゼルは石を掴んだまま、踊り出すようにその場を退いた。 「無事かルゼル」 「は、はい、すみませんでし」 た、と言おうとしたとき、見知らぬ人が二人、ルゼルを見つめていた。 一人は、金髪の吟遊詩人。背は同じくらい、つまりはちょっと低め。年齢も一緒そうだが、やや顔つきが年に追いついておらず、もしかしたら一つか二つ下かもしれない。 もう一人は、ゴーストアイズを右肩に浮かべている、明るみの強い赤髪をした魔術師。打って変わって、アクアと並ぶくらいスラリと背の高い女性だ。綺麗な感じの人だ、と一目でルゼルは思った。肌は穏やかに白く、化粧っ気があまり感じられない。整った輪郭があご先で小さくそろっているのは、美人の証拠だと思う。 「カスィとテルヴァか。こころの底から忘れてた」 「もう、僕らをほっておくなんてひどいなあ。ここはなじみある場所なんだしさ、教えてくれれば、」 「そうよ、説明は後でいいから、今どうすべきか教えて?」 ジルコンたちも異変を察知してか、ルゼルたちのもとへと駆け寄ってきた。 「ルゼル、大丈夫か!? ――この方たちは?」 「はい、僕なら大丈夫です」 アクアが口を挟み、「こっちの緋髪が物好き一号、金髪が物好き三号。ついでにアウェルは二号、マクトはただの腰抜けだ」 「ちょっと、誤解招く紹介はやめてほしいわ」と、緋髪の魔術師。 「ええっとね、僕はテルヴァで、こっちがカスィ。アウェルたちはもういいかな? よろしくね」と、金髪の吟遊詩人。 ルゼルたちももう一度、固い軋み音が出そうなぎくしゃくした自己紹介を交わした。 ――アクアさんっていろんな人を連れてるんだなあ。 すると、顔に出てるのか考えをくみ取ったのか、さも不機嫌そうに、 「こいつらがただついてくるだけだっての。それよりさっさとあいつをどうにかするぞ」 アクアは切っ先で砂地をなぞるように刀を垂らしつつ、指をトントンし始める。 「おわっ、あ、あれドロイカンマジシャンかあっ? オレたちも本で見たことある……」 ルロクスが言い、アウェル、カスィ、ジルコンが続けて、 「――ってことは魔法とかあまり効かないのかな? アクアどうする?」 「あんな巨体じゃあ、搭乗者を狙っても龍に当たってしまうわね。通路はふさがってるから背後にも回れないし、私のゴーストアイズも術者からあまり遠くはいけないのよ」 「近づくとあのブレスの餌食、か……」 アクアはひたすら何かを考え、 「カスィルゼルルロクス、それぞれ一発ずつ撃ってみろ、軽く。刺激の強いのは使うな」 「じゃあ――マジックボール!」 「アイスアロー!」 「ファイアアローッ!」 カスィは即座に放つが、龍の身体に命中する前にかき消えた。ルロクスのそれもそうだった。 ルゼルのは、なぜか本体までは届くも、龍の強固な肌には大して効かなかった。 演奏で士気をあげているテルヴァがその様を見て、 「やっぱし効いてないね。あいつマジックシェルなんて使えたっけ?」 「ありったけの魔力で撃ち込めば貫通するんじゃねえかな」 「残念だがこっちの世界ではそういう方式は存在しえない。魔法はただの容器、魔力は水。注ぎすぎても意味がないんだ」 「じゃあ手の打ちようがないじゃないのっ、マクトでもつっこませるしか!」 アウェルの焦燥をよそに、アクアは先ほどから狂気じみたものすごい目つきでドロイカンマジシャンを睨みつけている。 「ルゼルのだけ当たったな……あれはおそらくマジックシェルなんかじゃない……」 つまり、こういうことらしい。 ドロイカンマジシャンは、石の魔力を解放させ、全身を守るようにしている。カスィとルロクスの魔法は、その壁にただ吸収されてしまっただけらしい。一方ルゼルは石の一個を持ちつつその手で魔法を放った。そのために石の魔力が付与されて、魔力の壁は貫通し得たが、龍そのものが強いから通じていなかった。あの様子だと武器での攻撃をはじめ、近づくことさえ難しいらしい。 あの龍に武器も魔法も困難なら、搭乗者を叩くしかない。さらに、全身に鎧を着こなしているから、消去法的にルゼルの魔法を撃ち込むしかない。あるいは石を二人に手渡して放ってもらうか。 「その、俺は別にこのまま正面から行っても構わないんですが……。力ずくで倒すか、もしくはその間に、どなたかが何かしらの方法であの石を取り返すか――」 「でもそれじゃあ、マクトが直に攻撃をくらうってことだろ? 俺たちのために無理にそこまでしなくても、」 「あ、平気平気。マクトとっても強いし。万一にはアクアが回復させれば――」 「………」 「アクア? ちょっと離れて休憩したら? さっきから汗みずくじゃない」 カスィは、丸底の小瓶を取り出し、人物で液体の色分けをしながら、アクアとルゼルに青いものをくれた。 「さっき余分に作ったの。のど乾いてるでしょう? オリジナルでちょっとアスコルビン酸……ビタミンC入れたけど、ね」 「あ、ありがとうございます」 ルゼルはぺこりと頭を下げると、カスィはよろしい、と目と口を線にして微笑する。 「素直ね〜。アクアもちょっとは見習ってほしいわ。あとで爪でも煎じてもいい?」 どうしようと思う。そんな大それたこと恐れ多くてできない。自分が怒られそうで怖い。 そのアクアはというと、無言でマナリクを口にしている。実に速い。もう半分を飲み下している。あたかもさっさと始末しないと考えが散って行くみたいだ。 それをちらりと見たあと、ルゼルもマナリクに口をつけた。ほんのちょっぴりと酸味の利いた味が舌にきゅっと迫り、のどを潤す。そこでようやっと、ルゼルは、自分の身体が、よっぽど水分を欲しがっていたことに気づいた。いい感じに冷えていて、とても美味しい。しかし、あまり一気に飲むとありがたみが薄れるので、あくまで控えめ控えめにした。 「顔つきといい、飲み方といい、まるで女の子みたいね」 ごぼり、とのどが一度むせた。 嬉しいような、嬉しくないような、さっきから返答に窮することばかりカスィが言ってくる。どう返そうと気持ちが複雑になる。目を泳がせるのもかえって気まずいので聞かなかったことにした。太陽にかざされたマナリクが海のように透き通った青を醸(かも)し―― 「あ」 両者マナリクを飲むのをやめる。 ルゼルとアクアのひらめきが、ほぼ同時に浮かび上がった。 「アウェルさん」 「アウェル」 ルゼルとアクアは顔を見合わせる。 アクアは怪訝そうに。 ルゼルは不思議そうに。 「んだよお前もか。さっきから」 ルゼルはちょっと笑い、 「そうですね。でも、どうやって、どなたが?」 アクアは二秒だけ沈黙し、 「ルゼル、お前空を飛んだことあるか?」 ――? 「ありません、けど」 もしかしてそちらはと訊こうとする前にアクアは先回りして、 「安心しろ、俺もない」
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