<アスガルド 神の巫女>

第二幕

神の巫女 × 蒼紅裂帛
〜叫ぶ声とミルレスの町〜




プロローグ 石のみぞ知る



空は晴れわたり、雲ものんびりとたゆたいながら風にのって流れていく。
木々の合間から飛び出た鳥達は、ちちちっと歌いながら嬉しそうに飛び立って行った。
昨日の天気とうってかわって、すかすがしいほどに気分のいい、そんな日。
俺達三人は街道を歩いていた。
遠くにモスやキキの姿が見えるが、あちらもこの天気のお陰でのんびりとしているようだ。
襲ってくる気配なんかみじんも見えない。
俺―――ジルコンはそんな空気につられて、ぼーっとしながら歩いていていた。
この三人の中で前線に立って守れるのは俺だというのに、こんな状態でどうするんだとは頭の隅のほうで思ったりもしているけれど、この辺りならモンスターも寄ってこないし大丈夫な区域だし。
このぽかぽか陽気はこの辺り―――ミルレス近くの森が一番心地よく感じるのだから、今のうちに満喫しておきたい。
「街道出てからサラセン方面だっけ?」
そう問いかけたのはルロクス。黒い瞳に黒髪のまだレベルも年も若い魔術師であるルロクスは、俺達を心配して…という名目で旅を共にしている。
俺の二個下の十五才。この頃、服を新しく替えたせいで緑色のローブが太陽の光に当たって鮮やかにみえる。
「うん、そうだよ。あともう少しで街道の方に出るから」
にっこりと笑ってルロクスの問いに答えたのは、ルゼルという魔術師。
紫の髪に紫の瞳とやわらかな印象を持つルゼルは、高位魔術師服と言われているスペルバインダマジェストを着ていた。
そんなルゼルがやさしい笑みを見せ、先を行くルロクスに『危ないよ〜敵に気をつけてね?』と注意して歩いている。
だがその言葉がいつも以上にのんびり口調なところをみると、ルゼルも俺と同じくこのぽかぽか気候につられてるようだ。
そして俺―――ジルコンの職業はというと修道士。赤い布を首元に巻く格好の拳法着、モンクバディを着ている。
俺とルロクスはひょんなことからルゼルの旅の目的の手伝いをしているのだが、その目的は、人探し。それからいろいろあって、今の俺達の目的は、“石を探すこと”になった。
石と言っても宝石であって、必要な種類がある。
その種類の宝石なら何でもいいのだが、大きさが成人男性の親指の爪くらいの大きさというのが難点。
金銭的にも辛いのだが、手頃な大きさの宝石を見つけるためにも、町を巡って旅を続けていた。
目指すはサラセン。
闘技大会の賞品にルビーがあると聞き、行ってみようかということになったのだ。
街道に出るとルゼルは地図を取り出す。方向を確認というわけである。
本当は何日もかかる道のりを歩くより、魔術師が使うことのできるウィザードゲートがあるんだから、一気に翔べば時間も短縮にもなるのだが、スペルとは精神力を使うこと。
使ったあとの疲れを無理に隠したりするルゼルだから、使わせたくないのだ。
「え〜っと、こっちの道へ行きましょうか…と?」
ルゼルが指差した方向には座りこんでいる人が見えた。
「あの人、なにやってるんだろ」
ルロクスも気付いて不思議そうに言う。
「こんな道端に座りこんでるってことは体調が悪くなったのかもな」
言って俺はその人の元に寄った。
俺が近付くにつれ、その人は『お〜ぃ!』と声をあげ、俺達を呼んでいる。
ルゼル達も俺の後に続いて駆け寄ってきた。
「どうしました?」
俺が声をかけるとその男性はすまなさそうに自分の足を擦りながらこう言った。
「いやぁ、旅の途中、うっかりつまづいてしまって足をちょっと…
申し訳ないんだがどこかの町のゲートかなんかはないだろうか?」
見れば、足首が少し赤くなっている。
「こんなところでつまづくって…」
ルロクスが呆れて言うが、この気候だし、仕方ないんじゃないかなと心の中で呟く俺。
「じゃあ僕がウィザードゲートで送って来ましょうか。ジルさん達とはサラセンで落ち合うことにすれば」
「う〜ん…なぁどこへ行く予定だったんだ?」
ルゼルの提案を渋ったルロクスは、ふと何かに気が付いて男に問いかけた。
すると男は『ミルレスに』と答える。
「あ、ならゲート持ってるし、これ使いなよ。
ミルレスなら着いたらすぐに聖職者に会えるだろうから」
「おぉ、ありがとう」
男は嬉しそうな声をあげてルロクスからゲートを受け取る。
「助かるよホントに。あ、お礼にこれを」
と差し出したのは小さな袋だった。
「え?あげるつもりなんだし、お金なんていらないゼ?」
ルロクスが遠慮を見せると男は『いいからいいから』と強引にルロクスの手の中に納めさせた。
「実はそれ、グロッド袋じゃなくて物物交換でもらったもんなんだ。
あの時もゲートとだったから…まぁ気持ちだよ気持ち。
もらっておいてくれよ」
「ん〜そっか、じゃあまぁ遠慮なく貰うぜ。
ありがと」
ルロクスはにかっと笑って、その袋を握り直す。
「それじゃ、ありがとうな!」
その男は座り込んだまま、ルロクスからもらったゲートを開いたのだった。



「なんだろこれ」
再びサラセンヘと足を進めていた俺達。
ルロクスが歩きながらごそごそと何かやってるかと思ったら、どうも袋の結び目をほどいていたらしい。
袋の中を覗きながら声をあげ、手で探りながら中のものを取り出す。それは透明で、薄く橙色かかった小さな石だった。
「それ、宝石?トパーズみたいに見えるけど」
ルゼルがルロクスの手にあるものを見て言う。
そう言えば前に見たトパーズに色は似てるがこんなに透明さがあっただろうか…?
その透明さに惚れたのか、ルロクスはまじまじと見つめ、『綺麗だな』と呟いた。
よっぽど気に入ったんだろう。顔が空のように生き生きとしている。
「良かったなルロクス。珍しいもの貰えて」
「だな〜」
嬉しそうに言ってその石を掲げる。
「その石、一つだけ入ってたの?」
「いや?何個かまだ袋の中に入ってるけど?」
言って袋を振ってみせると、かつんと石同士がぶつかって鳴っている音が聞こえた。
「この石がルゼルの探してる石だったらいいよな〜
ダイヤモンドとかじゃないよなぁこれ」
「専門じゃないからわからないなぁ…
まぁ今度戻った時にルセルさんに聞いてみるくらいしか」
「う〜ん」
ルロクスは色んな角度からその石を見ている。
足元見てないと転ぶぞ?と注意しようかと思ったその時、『あ。』とルロクスが声をあげた。
太陽に石を掲げながら言う。
「なんか、石の中に字が描いてある。何だろ?」
「え?どんな?」
ルゼルが興味を持って、ルロクスに近寄る。
「ほんとだ、何か書いてあるみたい」
覗き見たルゼルが納得して言う。ルロクスは必死に石に書いてある文字を読もうと、右へ左へ太陽の光に当てながら見ている。
「か……いや、き…?これ、『きぼう』って描いてある…?」
ルロクスが解読出来たかと思った途端、その石が光輝き出したのだ。
「え?!る、ルロクスっ!なにをしたんだ?!」
「お、オレもわかんねぇよっ!特に何もしてなんか…!」
俺達がうろたえている間も石は輝き、徐々に強くなっていく。
「じ、ジルさんっ!」
「る、ルゼルっ!ルロクスっ!」
俺が二人を掴んだと同時に、光は俺達を包み込んだのだった。