<アスガルド 神の巫女>

第二幕

神の巫女 × 蒼紅裂帛
〜叫ぶ声とミルレスの町〜




第五話 己の目蓋は見えぬもの



右手に採取用ダガーを。
「ルゼル〜、そっちはどうだ〜?」
左手にメンドゴラを。
「まだまだ〜。やっと人ひとり寝転がれる場所はつくれたけど」
メンドゴラの足元?に刃を立てる。
「だよなぁ、刈り取ったメンドゴラを置く場所考えるだけで大変だぜ」
軽くメンドゴラに手を添えて。
「アウェル、サボってるなよ?」
力を込めてダガーを引く。
「サボってないわよ〜、ほらちゃんとマクトがやってくれてるし。」
メンドゴラを刈り取って山になった場所へ加える。
「お前はやってないんだから、それをサボってると言うんだ。」
またダガーの刃を今度は別のメンドゴラに当てる。
「みんなー頑張れー」
「なんでルセルはやらねえんだよ!」
「おれ、聖職者の教えで刃の付いた武器なんかを持つことが出来ないんだよ」
「えぇ!ダガーも持てないのかよっ!」
「ポンナイトの剣なら装備出来たんだけどね〜。
この頃はポンナイトの剣、鋭角が出てきたから禁止になっちゃってねー。
だからむりー」
・・・。
「無理じゃないです。これなら持つことを許されてるはずですから」
俺は座り込んで様子を見ていたルセルさんのところまで行くと、自分の持っていたダガーを手渡した。
ルセルさんが抗議の声を上げる。
「え〜ジルコンくん、もう休憩なんかずるいぞぅ?」
「休憩はしませんよ。
皆が苅ったメンドゴラをネクロケスタのところへ持っていくんです。」
『やりますか?』と聞いてみると、ルセルさんは大きく溜め息をついて立ち上がり、手近なメンドゴラを力任せに刈り取っていた。
それを見てから俺は自分が刈り取ったメンドゴラの山を持ち上げる。
「なぁこれ・・・また一日仕事?」
「かもな・・・」
「えぇ!」
ルロクスは盛大に嫌だと訴える声を上げた。
そこでアウェルさんがはたと気付く。
「アクアが言ってた魔力の流れって・・・結局なんだったの?」
「そういえば・・・」
魔力の流れを追って俺達は森の中を進んでいたんだったっけ。
メンドゴラ大量発生させている主がネクロケスタなのだとわかったせいで思わずそのことを忘れてしまっていた。
「お〜いアクア〜!
魔力の流れだっけ?あれってまだ森の奥にあるのか〜?」
「あぁ。」
ルロクスが問いかけると、少し遠くで作業していたアクアさんが端的に答えた。
「じゃあ行ってみねぇ?」
ルロクスの提案に皆が同意する。
「ってことでネクロケスタ〜、ちょっとだけ行ってくるわ。
原因がわかったらすぐ帰ってくるからさ」
ルロクスが軽く言うとネクロケスタは刈り取りの手を止め、持ち変えた杖をぶんぶんと振り回して返事をしていたのだった。


「休憩がてら調査だなっ」
長時間の同じ作業に飽々していたらしいルロクスがとても嬉しそうに言った。
「調査と言ってもメンドゴラと関係ないんなら調べなくっても」
「いえいえアウェルさん、アクエリアスくんが言っている以上、
ミルレスに影響する何かに成り得るかもしれないわけですし、
私としてはアクエリアスくんの言う魔力の基を知っておきたいのです」
ぎょうぎょうしく言うルセルさん。
「余計なこと言うんじゃなかったな」
アクアさんが失敗したとばかりに低い声で言うと目の前にいたメンドゴラへ、やつあたりのような力任せの攻撃を打ち付け、倒しながら進んで行った。
そのすぐ後ろでルセルさんは楽しそうに笑いながら補助を掛けているわけで・・・
「なんかルセルの思う壺?」
「アクアさんがいいように使われてますね・・・」
「あんな風に使われてるアクア、初めてみた・・・」
「あんな風に楽しそうなルセル、久しぶりに見ました・・・」
思い思いに感想を述べてるなんて露にも知らないアクアさんがぴたりと立ち止まった。
そしてくるりと俺達に向き直り―――
「その茂みの中だ。」
茂みと言っても少し草が茂った、くらいのものだった。
そこを指差してアクアさんは言うのだ。
魔力の流れのもとがそこにあるってことだよな・・・アイテムか何かが落ちてるんだろうか?
「じゃあ、ジルくん、お願い。」
「え、俺が拾うんですか?!」
突然指名され、俺は慌てたがルセルさんは『早く早く〜』と急き立てる。
「早く〜でも気をつけてね。」
「・・・どういう・・・はぁ〜もう・・・」
俺は反論する気も失せて、溜め息を付きながら諦めた。
茂みをじっと見てみる。
モンスターとかの気配は・・・無し。
やっぱりアイテムかな?
俺は慎重に茂みに手を入れた。・・・ん?これって・・・手に当たったものを掴み、引き上げてみる。
「オーブじゃないですか?これ」
俺は手に持ったものを見せるため、振り向きながら言った。
「あ〜!それ!」
声を上げたのはルセルさんだった。
「おれが落としたやつ!」
ルセルさんの叫びに、ルゼルはそれが神秘の珠だと告げる。
「それ、たぶん神秘の珠だと思います。
作るのは大変らしいんですけど、威力は絶大だとか。」
「見たことなかったが、こんなのなのか・・・」
アクアさんが呟く。そうか、それでアクアさんはこれに反応したのか。
「ルセル・・・落としたの・・・?」
ルゼルが恐る恐る聞くと、ルセルさんがあっけらかとんした笑顔でこう言った。
「前に森を見て回るときがあってさ、その後見当たらなかったんだけど、
ここにあったかぁ〜
いや〜よかったぁ、
結構作るの大変だしさぁ〜
金出して買うっていうのも嫌だしさぁ〜
ありがとうアクエリアスくん!」
「・・・骨折り損のクタビレ儲けですね・・・
すみませんアクアさん・・・ルセルのせいでお手間掛けまして・・・」
ルゼルがアクアさんに平謝りしている。
謝られているアクアさんは盛大に溜め息をついていた。
「メンドゴラの発育がよかったのってそれの魔力のせい・・・
とかじゃないよな・・・?」
「ま、まさかぁ・・・」
ルロクスのげんなりとした言葉に、ルゼルはさらにげんなりとした顔をして言ったのだった。



「刈り取りは子供でも出来る仕事だからね。
暇そうな聖職者ひっ捕まえてやらせるよ」
ルセルさんはそう言うと俺達に感謝の言葉をかけてくれた。
「特にアクエリアスくんたち。
こんな異世界にはるばる来たというのにこんな仕事させてごめんね〜」
「笑顔でごめんねもないもんだな。」
不機嫌そうにアクアさんが言う。
「ルセルに振り回されっぱなしだったよな〜今回。」
「今回またこんなの頼んできたら・・・お給金、請求するよ?」
「ルゼ〜なに怒ってるんだよ〜」
「怒りたくもなりますっ!」
ルゼルは用意したカップを力任せに置きそうになり、慌ててゆっくりとした動作でルセルさんの前に置いた。
「こっちにアクアさんを連れて来ちゃったのも申し訳無いのに、
あんな・・・どうしようもない仕事をさせて」
ルゼルはぼやきながらも手を止めることはなく、お茶の用意をしている。
「どうしようもない仕事じゃないさ。
アクエリアスくんが居なかったら神秘の珠、見つけられなかったろうし。」
ルセルさんが言うと、アウェルさんはふとアクアさんを指差し、
「・・・ここ掘れわんわん?」
今の発言にはアクアさんも怒ったらしく、杖の先に付いた珠でべしっと頭を叩かれた。
『いった〜い!』と抗議しているが知ったこっちゃないと無視をするアクアさん。
朝。
テーブルにはパンとサラダ。
天気は晴れて、鳥も歌を歌って飛び去っていく。
爽やかで晴れやかなひとときである。ちょっと抗論してる人もいるけど。
俺とルロクス、マクトの三人は抗論を聞かない振りして、食べる方へ集中とばかりに料理を口に運んでいた。
「足りないようなら言って下さいね〜ルセルが作りますから。」
「え!おれ?!」
「・・・あの、ルゼルさんとルセルさんって仲悪いんですか?」
抗論には触れまいとしていたマクトくんが、やはり心配だとばかりに俺に聞いてきた。
ぱっと見はそう見えるんだけどね。
「あの二人はきょうだいだから大丈夫さ。
何を言っててもお互いに信頼してるから」
「そーそー。
ルセルが喧嘩してんのも気晴らしのひとつなんだろうからさー
日頃の鬱憤晴らしだし、気にしない気にしない〜」
ルロクスがスプーンを振りながら俺の話に同意して言った。
「そ、そんなに大変なんですか、神官長補佐のお仕事は。」
マクトが不憫そうにルセルさんを見やったが、ルセルさんがその目線に気付くことはなくルゼルと言い合っている。
「兄弟ってあんなもんなのね。
私きょうだい居ないからわかんないけど。」
アウェルさんの呟きにきょうだいの居ない俺達はうんうんと頷いた。