<アスガルド 神の巫女>

第二幕

神の巫女 × 蒼紅裂帛
〜叫ぶ声とミルレスの町〜




第三話 黄赤の森



「うあぁ〜・・・」
「想像以上ですね・・・」
ミルレスの門から出て森をしばらく歩くと、俺達はルセルさんが言っていた“大量発生”の意味を改めて認識した。
桁違いのメンドゴラの数。
辺り一面メンドゴラなのだ。
いつもいるモス達がメンドゴラを避けながら飛んでいる姿が見える。
ルセルさんも思っていた以上のことだったんだろう。
「こんなにか・・・面倒だな・・・」
「何そんな顔してんだよ。
ファイアウォールで燃やしちゃえば一発じゃん」
ルロクスが軽い調子で言う。
そうできれば手っ取り早くて一番楽なんだがなぁ・・・
「ルロクス、よく考えて?
こんなにみっしりメンドゴラ。
場所は森の中。森で火は危険―――」
「あ、そか!
火スペル一発でメンドゴラは倒せるけど、他の植物にも火がついて、
大変なことになるんだ」
ルゼルが思考の手助けをしてやると、ルロクスが納得したとばかりに騒いだ。
メンドゴラからメンドゴラに火が移るほどの過密さだから一掃させるのは楽だとは思うが、それ以外に影響がくるのはやはり避けたい。
「火属性スペル以外ので何とかしていくしかないようです」
ルゼルが俺を見上げて言った。
「ってことはコレ、地道に倒してくしかないの?!」
アウェルさんが悲鳴を上げた。
「だから除草作業なんだよ・・・ウザイ・・・」
ルセルさんが言って、メンドゴラを見ながらため息をついた。
本当、ルセルさんの言う通り、ウザイ・・・
「やらなきゃ終わらない。殺るぞ」
「宝石もない仕事するなんてなぁ〜」
「あ、アクアさん、アウェルさん、これも人助けだと思って・・・」
ぼやく二人にマクトがおずおずと言い、数歩、足を進めた。
ざんっ!
一斉に近くにいたメンドゴラがこっちを見る。
「え?」
そして一斉に何か緑色の粉を空気中に吐き出した。
「え、これ・・・」
「マクト、下がれっ!」
アクアさんが大声で言うと、マクトに向かってスペルを唱え、それを掛けた。
慌ててマクトが俺達の所に帰ってくる。
「はぁ・・・解除ありがとうございます」
丁寧に礼を言うと、マクトはメンドゴラに視線を向け、至極嫌そうな目をした。
「今一瞬なにかくらっとしたんですけど・・・」
「俗に言う“混乱”だよ。メンドゴラは相手を混乱させてくるらしいから」
ルセルさんの説明にマクトは至極嫌だといった顔をした。
「混乱させられたりとかの状態異常を使ってくる敵は苦手です・・・」
「だな・・・一瞬のこととは言え、動きが鈍るし」
マクトと俺がぼやく。
それを聞いていたルセルさんが叱咤する。
「何いってるんだよ!
やらなきゃ終わらないんだしっ!
状態異常解除するためにこうやって二人も聖職者がいるんだからっ!」
「なんだ・・・解除のためか・・・」
聖職者が必要と言っていたのはメンドゴラの混乱を解除するためだったのか・・・
アクアさんの呟きと同じように納得する俺。
「おれはルゼとルロクスくんを見るから、
アクエリアスくんはアウェルさんとマクトくんに解除スペルを。
あと適当にジルくんも解除してあげて。」
「適当なんですかっ!俺!」
ルセルさんが言った俺の扱いが適当すぎて、思わず突っ込んだ。
だがルセルさんは至極当然な顔をして反論した。
「何言ってるかなー?ジルくんは体力が売りだろう?
ってことは混乱はもちろん今回のメンドゴラはしてくるらしいけど、
たとえば毒や暗闇にされたとしても、それほど長時間その効果が持続しないはず。
だからジルくんには適当。」
「そうか、わかった。
なら俺に案がある。こんなのは早く終らせたいからな。
俺の言う通りにメンドゴラを叩け。いいな?」
「了解っ」
「わかりました」
「とりあえず全員補助掛けするよー。
その後、敵に突っ込んでねー」
言いながらルセルさんが体力向上などの補助を俺達に掛けていく。
聖職者であるアクアさんにも掛け、
「さっ!いけ〜!」
ルセルさんが楽しそうに叫んだ。
その声を合図に走り出したのは俺とマクト。
俺達はそれぞれ、手近な敵を叩く。
あっけなく力をなくし、へたりと大地に倒れていくメンドゴラ。
「マクト、そのまま左上のを。
ジルコン、あんたは右上に向かって進むんだ。」
「わかりました」
「あ、はい」
アクアさんに指示されながら俺はメンドゴラの海を歩いていく。
その様子を見てルセルさんは何か気付いたらしく、
「なるほどね・・・
ならルゼ!ルロクス!
ジルくんが叩き出した場所からまっすぐに道を作るんだ」
「あ、うん、わかった」
「何かわかんねぇけど了解〜」
ルゼルとルロクスが返事をすると、一斉に一本道を作るように同じ方向へとスペルを打ち出した。
「ウィンドアロー」
「ウィンドブレードっ!」
「ジルコン!次は左上の敵を倒してくように!
マクトは右上を叩け!」
アクアさんからの指示が飛ぶ。
言われるままに叩いていたが、俺はなんとなくアクアさんの意図がわかってきた。
多分次はこのまま左だな。左を向き、俺は敵を一体倒す。
その動きに気付いてアクアさんが俺に向かって叫ぶ。
「そうだ!その方向で叩き進め!
・・・おいアウェル・・・お前もやれ」
「え〜、だってそこそこ出来てきてるじゃない、
大っきな円。」
遠くから見ればわかるだろうが、作成しているマクトには気付かないだろう。
「え、円・・・ですか?」
確認しようと立ち止まり、自分が作った道と俺が作った道を見た。
その間も状態異常のスペルが掛かっていく。
俺よりマクトの方がかかりやすいのか、少しくらりと体制が揺らめく時があるのだ。
大丈夫かなぁ・・・
「プレイドーン!プレイドーン!
ってアクエリアスくん、もしかして前線で戦う派?」
ルセルさんがマクトくんへの混乱を解除しながらいきなりそう問いかけた。
「え?あ、まぁ・・・そうだが・・・」
アクアさんが戸惑いながら答えると、『だからか』と言いながらマクトくんの混乱を解除し、
回復のスペルを掛けた。
「ならおれが解除と補助やるよ。
回復は―――君には必要ないかな?」
ルセルさんのその言葉は、アクアさんを挑発しているようにも聞こえた。
だがそれは、メンドゴラ叩きをアクアさんにも任せたという合図でもあった。
「・・・いいだろう」
アクアさんがにやりと笑う。
杖を強く持ち、そして―――
「おお、隠し刀か」
カチャリと言う音と共に杖から出てきたのは細身の剣だった。
「仕込み刀と言ってくれ。」
言うとアクアさんはその剣をすうっと軽く振ってみせる。
そして―――たっ!アクアさんが地を蹴った。
「アウェルっ!こっち側にも円を作る!援護しろっ!」
「しかたないなぁ」
アウェルさんは爆弾を取り出すと、それをメンドゴラに投げ始めた。
アクアさん駆けたまま剣を操り、メンドゴラを次々に倒していく。
「鮮やかだねー。でもバテないように気をつけてー」
ルセルさんがアクアさんに掛かる混乱を解除しながら言った。
俺とマクトが丁度同じ場所まで来た時、ルゼル達も作業が終わったらしい。
「ルセル〜!出来たゼ!」
メンドゴラの郡の真っ只中にいてもしょうがないので、俺とマクトはルセルさんの元へ帰る。
自分がやったとはいえ、メンドゴラの海の中に綺麗な円が出来ていた。
ルゼル達が作り出した道がその円の中央に向かうように出来ている。
アクアさんが『よしっ』と一声掛けた。
「ルゼルかルロクス、どっちでもいいから中央に火のスペルを打て。」
「あ、なるほど・・・ルロクス、ファイアウォールを。」
ルゼルもアクアさんの意図がわかったらしく、ルロクスに指示をする。
わけがわかってないルロクスは、言われるがままに中央へ向かってスペルを放った。
「いいのかよ・・・?
う〜・・・ファイアウォールっ!」
スペルによって、メンドゴラが燃える。だが燃えているのは丸く円を作った場所の中だけ。
「あ、なるほどね。道を作ったのは燃えすぎないようにするためだったんだな」
そう、作った道は燃え広がりを抑えるため。中央への道は効率よく燃やすためだ。
ルロクスもやっと納得して腕を胸の前で組み、こくこくと頷いた。
メンドゴラは燃えやすいのか、さっきまで強かった火の勢いがすぐに弱まっていく。
「次はこっちだ。中央へ叩き込め!」
「おうっ!ファイアウォールっ!」
中央への道まで準備されたアクアさんアウェルさん作の円へとスペルを放つルロクス。
さっきと同じようにメンドゴラが一斉に燃えていく。
・・・うう・・・残酷ではあるがしょうがないことではあるし・・・と、自分の中で納得させながら胸の中で燃えていくメンドゴラへと手を合わせる俺。
じょ・・・成仏しろよ・・・
スペルの恐ろしさを一人噛み締めている俺をよそに、アクアさんはふうっと一息だけ吐くと、号令をかけるように俺達へと言った。
「この勢いで町から町までの道を作るぞ。
今日中にかたをつける。」
そこで『いやいや』と否定の声が上がる。
「今日中では終わらないよ?まぁ、人数も多いし、3日で終わるでしょ」
「えぇ!?3日間もやるのコレ!?」
軽い調子で言うルセルさんの言葉に、アウェルさんが叫んだのだった。


おれはひとり、ぼーっと石を見つめていた。
おれはルセル。石というのはルロクスくんから借りた不思議な黄色い石のことだ。
宿提供ということでミルレスの森にあるおれの家に皆を招待したあと、細かいことはルゼルに任せておれは自分の部屋へ籠っていた。
息抜きと水分補給のために抜け出し、今、台所にある椅子に座ってテーブルに置いた石とにらめっこをしているわけだ。
この石によってアクエリアスくんの世界へ飛んだのだと言うけれど・・・
見ると、石の内部に文字が書かれている。
これを唱えることによって翔ぶことが出来たのだとか。
ゲートと同じ作用というのは理解出来たが、今現在の技術で作成出来るものだとは思えない。
やはり古代のアイテムなんだろうか。
「ぱっと見、宝石だからと取引されたんだなコレ・・・」
宝石専門で売買しているものなら、何か変なものが混じっている石なんて値打ちものじゃない。
所持者には安物だ買い叩かれただろう。
でも・・・だ。
他に所持した者が一度でも、この宝石の中の文字を口に出して読むなんてことはなかったんだろうか・・・?
「ん〜・・・」
おれは穴が開くまで宝石を見ながら、椅子の背に体を預けて伸びをした。
「まだやってるのか。」
急に声をかけられ、振り向いて見ると、そこにはアクエリアスくんが立っていた。
「籠ってたあんたがここにいるってことは、それが何なのかわかったのか?」
「調べものだけは終わったんだけどね、該当するような文献はなかったよ」
紙を媒体にして魔力を込め、それを必要なときに引き出して使用する―――
一般的にはゲートや記憶の書が例に挙げられるが、それは紙であって・・・
「宝石に込められた力で何故、アクエリアスくんの世界と
こっちの世界とを行き来することが出来たのかが謎だからねぇ。」
「普通は一方向の力を込められたゲートなら、
その一方向しか力を発揮しないしな」
おれが悩んでいる点をアクエリアスくんは察して言う。
「・・・もしかしたら蜃気楼の地図の様な力も込もってるのか・・・?
あれなら流動的な力を発揮するが・・・」
俺が独り言を言っていると、アクエリアスくんは大きな欠伸をした。
おれはあれ?と気付く。
「アクエリアスくん、寝れてないとか?」
気が付いていなかったけれど今は夜も深い時間。
こんな時間に起きていたら明日に響くだろう。
まぁおれもだけど。
「家を散策する気はなかったんだが、明かりが見えたから」
「そっか。水でも飲むかい?」
「あ、あぁ。頼む」
おれは席を立ち、水瓶から水を掬ってコップに注いだ。
そしてアクエリアスくんに手渡すと、自分の分も欲しくなって、コップを用意していた。
そこでふと思い立って聞いてみる。
「アクエリアスくんの眼って、生まれつき?」
「あぁ。」
あまり聞いて欲しくないような声だったのはすぐにわかったが、どうしても聞いてみたくなった。
「その眼で魔力の量だっけ?そう言うのがわかるのかい?」
「正確には魔力の流れ、が見える」
「ほぉ・・・じゃあみんなのも見えるのかい?」
アクエリアスくんの話を聞いて興味をそそられ、おれはもう少しだけ聞いてみた。
「自分のは見えないけどな。時々見えないやつもいるけど、あんた達のは見える。」
「そっか・・・じゃあルゼのはどんな風なんだい?」
その問いにいぶかしげな顔をするアクエリアスくん。
「どうして真っ先に自分のことよりルゼルのことを聞く?
やっぱりあいつには何かあるって言ってるようなもんだが?」
普通なら自分がどう見えているのか興味に引かれ、聞くだろう。
本当なら隠しておきたいことだが・・・
「否定はしないよ。ルゼには普通とは違う力がある。
でももしアクエリアスくんの世界では普通の力なら・・・
いいなと思っただけさ。」
「それは残念だったな。俺の世界でもあんなの異質だよ。
近寄りたくもない。」
「そっか・・・」
残念に思いながらも、やっぱりそうなのかと思う気持ちもあった。
ルゼルの力のことを言ったのは、違う世界だからこそというのもあったけれど・・・
アクエリアスくんはおいそれと他の人へ言うような人じゃないと思ったからだ。
「・・・あんたとルゼルは兄弟なんだよな?」
「にしては髪や目の色が違うって?」
「・・・人にもよるとは思うが・・・魔力の流れが明らかに違うから」
聞いておいてから後悔をしているような雰囲気をちらりとだけ見せるアクエリアスくん。
意外にも気遣い家さんなんだな。
旅の仲間にもぶっきらぼうにしつつも気配りやお節介をかけちゃうんだろうか。
でもおれとルゼとは両親とのややこしい関係からきたわけでもなんでもないから、そんなに気をつかって貰わなくても平気なのに。
「おれとルゼとは血を分けたきょうだいってわけじゃないんだ。
色々あって・・・ん〜・・・きょうだいの盃ってやつ?
両親とか全く関係無しにおれ達が言ってるようなもんさ」
冗談めかせて言ってみたが、アクエリアスくんにため息とともにさらりと流されてしまった。
心配して損したってところだろうか。
「ならおれのはどう見えるんだい?」
「・・・橙のオーラ」
「そっか橙色かぁ」
意外な色を言われ、思わず考えてしまうおれ。
結構暗い色を自分でイメージしてたんだけど。
「ルゼルといい、あのジルコンもルロクスも・・・俺は近寄りたくないんだがな」
ぶっきらぼうに言い、コップの水を飲み干す。
「水、ご馳走様。」
言うとアクエリアスくんは後ろ手でおれに挨拶をしながら、部屋に戻って行く。
「あ、そうだ。」
アクエリアスくんが思い出したとばかりに立ち止まる。
「ミルレスの森にあんたのこの家の結界とは違う力を感じたが・・・
こっちの森には何か在るのか?」
「え・・・?特には何もないと・・・」
その答えを聞いて、アクエリアスくんは生返事だけ返し、去って行く。
「何か・・・あったっけ??」
変な力ならこの家周辺しかないはずだけど、と考えを巡らせながら、おれはまた黄色く光る石を見つめていた。