<アスガルド 神の巫女>

第二幕

神の巫女 × 蒼紅裂帛
〜叫ぶ声とミルレスの町〜




第二話 佇む悲哀



「当然じゃないか〜
おれの町をど田舎呼ばわりするわ、
商品を偽物よばわりするわ、
嫌味なことこの上ないじゃん?
だからすっごくて〜いね〜いに、嫌がらせするべきだろ?」
「ど田舎とは言ってないと思うんですけど・・・」
あまりにもなルセルの発言にマクトくんは悩んだ顔をしながら突っ込んだ。
ミルレスの休憩所、なんでも屋のマリさんのお店の前にある芝生に座って、俺達はアクアさん達のことをルセルさんに紹介した。
「よろしく。おれはルセル。異世界から来たんだよね?」
ルセルさんはアクアさんたちにそう問いかける。
あれ?
「俺、違う世界から来た人達だって、言いましたっけ?」
「ジルくんは言ってないよ。
さっき、店でアクエリアスくんが嫌味言ってたときにそんな風なこと言ってたからねぇ。
だから、またかなと。
それに、不思議な服も着ているし。」
そう言ってアクアさんの服をちょいちょいっと指差す。
あぁそういえばアクアさんの服はフライアフロックって言ったっけ。ルセルさんも普段着でよく着る服ではあるんだが、どこかちょっと違う服だった。
「不思議なって・・・動きやすさ重視で、下をズボンにしてあるだけだ。
そんなに不思議なもんじゃないけどな」
「ん〜こっちではそういった改造はあんまり好まれないからねぇ。
改造服作っても売れないんだよ。
あ、おれ、副業で服を作ったりするもので」
にっこり笑ってルセルさんが言った。
「前着た人たちはそんな服が改造されてたりはしなかったけどなぁ。
職飛び越してスペルを使ってた人いたけど。」
「・・・異世界から誰かが来るっていうのが日常化してるのか?
ここは・・・」
『どれだけ不安定な世界なんだよ』と眉間に皺を寄せて言う。
「そうよねぇ。
貴方達が私達の世界に来た時、今のマクトみたいな行動をしてなかったし」
自分の名前が出てくるとは思っていなかったマクトは『え?』と不思議そうな声を上げて俺達をキョロキョロ見ている。
町に入ってから、マクトは始終周りを見ていたのだ。
アクアさん達いわく、自分の町とこちらの町はそれほど変わらないというのに。
「オレ達の場合、あっちでこんなにのんびりしてる状態でもなかったじゃん?」
ルロクスがそう指摘するとアウェルさんは、『あ〜』と納得し、
「それもそうよね」
と呟くように言った。
その発言に反応したのはルセルさんだった。
「あっちで何かあったのか?」
その問いにルゼルがこくりと頷いてから言った。
「あっちで、何故かモンスター達が集団を作って襲ってきたんだよ。
アクアさん達が駆けつけてくれたお陰でなんとかなったんだけど」
「そうか。アクエリアスさん、ありがとうございました」
深々と頭を下げるルセルさんの態度に困惑した顔を見せるアクアさん。
『いや・・・』と一つ呟くように言ってから話し始めた。
「こいつらが持っていた石に変な力を感じてな。
後々面倒になる前にけりをつけたかっただけだ」
「石?」
「これさ」
ルロクスが自分の鞄から袋を取り出し、中に入っていた石を見せた。
まじまじと見ながら、
「へぇ・・・これを狙ってモンスターがねぇ・・・?
じゃあアクエリアスくんの義眼もこういった魔石とかなのかい?」
言って自分の目のあたりを指差しながらルセルさんが言った。
少しむっとしたような顔でアクアさんは首を横に振った。
「義眼じゃない。れっきとした俺の眼だ。」
「そうなのか・・・済まない。」
ルセルさんはそれだけ言うとぺこりと頭を下げた。
「まぁ・・・この眼のお陰でその石に魔力が込もっているのがわかるんだがな」
「へぇ・・・そんな特殊能力が?世界が違えば能力も違うわけだ」
「だな。
世界が違えばこんなオーラのやつがいるんだからな。」
言って、アクアさんは俺達三人を見やった。
な、なにか見えるんだろうか・・・?
「まぁ、そんな特殊な目を持ってるのはアクアだけだと思うけどね。」
『綺麗だから欲しいのに〜』とアウェルさんが苦笑いをしながら言った。
欲しいと言って手に入るような品じゃないとは思うんだけど・・・
心の中で疑問に思っている俺に、ルセルさんはルロクスが手に入れた石について問いかけてきた。
「でもこんな石なんて・・・どこで手に入れたんだ?」
「道端でのたれ死にそうになってたおじさんから。
でもあのおじさん、モンスターに襲われまくってるって感じには見えなかったけど?」
ルロクスは俺が話し出す前に答え、『なんであっちの世界で大変だったんだろ』と呟いた。
「ん〜・・・考えられるのは、
“おれ達の世界ではそれほど特異ではない魔力が、
 あちらではモンスターが欲して止まないような力だった”とか?
こっちで山ほど生産しているアイテムが、
あっちでは希少価値とかありえそうだからなぁ」
『あくまで想像だけど。』と、ルセルさんが笑って言った。
そして続けて言う。
「この石、少し調べさせてくれないか?
帰るのはその後でお願いできるかな?」
「なっ!!
石は今四つあるだろう!?
研究でもするなら残りの三つでやってくれ。」
「三つじゃあ研究結果の精度が低いと思うんだよ。
まぁ二、三日ゆっくりこちらにいてもらうってことで。」
「っ!
俺はっ!
忙しいんだっ!」
アクアさんが声を荒げた。
辺りを歩いていた通行人が何事かと立ち止まる。
ルセルさんは動じずにこう言った。
「聖職者が足りなくってね。
ついでだから手伝ってもらいたいんだけど。
報酬は、君達の世界に帰るためのこの石。
どう?」
「ちょっ!ルセル、これはオレのっ!」
ルロクスの持つ石を取引の材料にして話を進めようとするルセルさん。
・・・って、
「ルセルさん、何かあったんですか?」
俺が問いかけるとルセルさんは、自分の胸元辺りで腕を組ながら『う〜ん』と唸った。
「それがね・・・話せば長くなるんだけど・・・


『ミルレスの街道沿いにモンスターが出現して
 危ないから追っ払わなきゃならない』

んだよ。」
「・・・。
全く話が長くならなかったのを突っ込んでいい?」
ルゼルがため息をつき、『何を話出すのかと思えば・・・』と続けた。
「ただ追っ払えばいいの?」
「本当は倒さなきゃならないんだけど・・・追っ払えれば上々だからなぁ」
意味深な言い方に違和感を覚えた俺はすぐに問いかけた。
「あの・・・どんなモンスターを追っ払うんです?」
「ん〜・・・メンドゴラ。」




メンドゴラ。
そのモンスターはその場にただ立ち、近くに来た人間に向かって混乱させる霧を撒く。
側に寄ってきてもらいたくないための防衛行為かもしれないが、メンドゴラ自体の表情は今ひとつ判断出来ない。
逆に悲しみを湛えた表情のため、攻撃してくる意図は謎とされている。
逃げるようなことはしない。
逆に逃げて行くことが出来ないんじゃないかと思う。
何故なら、大地に根っこのような足を食い込ませているからだ。
・・・植物なのかもしれない・・・


「つまり、追っ払えないってことじゃん!」
ルロクスが突っ込んだ。
「いや〜、ねぇ〜、
森に大量発生してて近寄りたくないのに近寄らなきゃ道歩けないし、攻撃もされるんだとか。
除草作業しようと、人を雇おうって話をしたってぇのに
おえら〜い方々は渋りまくるし。」
「人件費は極力出したくないってところか・・・」
「違う世界に来てまで仕事〜?」
アクアさんとアウェルさんが嫌そうに声を上げた。
でもアクアさんはふうっとため息をついて見せる。
「だが交換条件に石を提示されている以上、嫌だと言えないわけだ。」
言いながら睨むと、睨まれた主であるルセルさんは逆ににっこりと笑みを見せた。
やりとりを静かに聞いていたルゼルが話に入る。「ルセル、除草作業は僕達でやるから、
アクアさん達の観光のお手伝いをしてほしいんだけど。」
「却下。言ったろ?聖職者が不足してるって。
オレも行くけど、もう一人欲しいんだよ。」
「メンドゴラ相手に聖職者さん連れていかなきゃいけないなんて、
変だと思うんだけど?」
「っていうよりも、メンドゴラってミルレスの森にいましたっけ?」
ルセルさんに食い付いているルゼルの横で、ふと俺はそう誰に問うわけでもなく言った。その呟きに、ルロクスがう〜んと悩んだ後、
「そういえばオレの故郷の森はポン以外にもメンドゴラがいるけど、
こっちの森じゃ、いなかったような?」
「だから出現なんだよ。
町の近くで暮らしてるモンスターで危険なヤツは居ないと言えるから、
退治する必要なんか全くないし。でも、いきなり降って沸いた大量のメンドゴラに歩くのも大変な状態だと苦情が出れば、
ミルレス聖職者協会としては対処しなきゃねぇ」
「メンドゴラを全滅させれば、石を渡すんだな?」
アクアさんはすっくとその場に立つと、
「さっさと終わらせるぞ」
「めんどくさいなぁ」
アクアさんとアウェルさんが町の出口である門の方へと歩き出す。
「ちょっ、アクアさん!アウェルさんっ!」
マクトが慌てて二人を追う。
「ジルくん、ちょっと皆を門の所に待たせておいてくれるかな。
神官長に報告して、時間を貰ってくるから」
それだけ言うとルセルさんは急いで聖職者協会の方へと走って行ったのだった。


「すまん!待たせた!」
暫くして、ルセルさんが息をきらせて門の前まで来た。
先ほどと変わらず聖職者の最高位服だったが、緑色の宝玉をつけた杖を手にしていた。
そしてアクアさんが持つ杖を見ながら『おそろいだね〜』と嬉しそうに言った。
おちょくられたと思ったのかアクアさんはその言葉に反応を見せず、
「さっさと行って、終らす。」
「そうですね、元の世界にいるカスィさん達が心配してるでしょうし」
マクトが言うとルセルさんがにやりと笑って見せた。
「カスィ・・・音からすると女性かな?
あ、もしかして恋人と離れ離れだから早く帰りたいんだ!」
「違うっ!!」
ルセルさんの茶化しにアクアさんは青筋立て反論していたのだった。
その素早い打ち返しと怖い目つきも何のそのといった様子で、ルセルさんはからからと笑っていた。