<アスガルド 神の巫女>

第二幕

神の巫女 × S・O・A・D
〜ふたつのルアス〜




第十話 賞金を手にするために


男は別段普通に集団の中でわいわい騒いでいる。
「…なにも変わりませんよ?変な動きしてませんし…」
「そうだなぁ、ラズ〜お前の言った話、嘘なんじゃねぇの?」
ルロクスが不満がてらにラズベリルに言うと、ラズベリルは奥のほうで『ほんとのことよ!絶対そうなのっ!』と叫んだ。
俺たちはあの後、すぐにでも動けるようにいつもの服に着替えなおし、給仕の仕事をしながら様子を監視していたのだが、男は不穏な動きを見せることは無かった。
これだけ見てて何もないとなると、疑う気持ちも消えかけている。
「ん〜…何であれ、今あの男の人は何もしてないんですし、もう目を光らせるようなことしなくっても−−−」
ルゼルが言いかけたときだった。
ルロクスが俺の腰布を引っ張る。
「おっ、ルロクス、お前良く見てるジャン。」
ドジャーさんもなぜかルロクスを誉める。
え?…もしかして
「今スりましたね。前に居る男の人から、懐の財布を。」
アレックスさんも淡々とした声で言った。
え・・・?
「ジルンコはやっぱりなんか抜けてるんだなぁ。そんなんじゃ俺の世界じゃ5秒も生きていけねぇゼ?」
言って腰につけていたダガーをくるくるっと回し始める。
はっ!
そういえばっ!
「ドジャーさん、言っておきますけど、この世界じゃ殺しは厳禁ですからね?
殺しちゃダメですよ?絶対ですよ?」
「あ〜、へ〜きだってジルンコ。そこに医者が居るから。」
指差したのはアレックスさん。
「まぁそうなったときには出来る限りの対処はします。
…出来る限りですけどね。」
「付け足したような言葉が気になるんですが…とにかくダメです。無事に捕まえるんですよ?」
俺は即座に突っ込みを入れる。
「んじゃあ、あいつを捕まえて、10万グロッド!」
「そうですね、持ってた人にお財布返さないと。」
「さ〜て、異世界で暴れるとするかっ!」
「10万グロッドで食べ放題ですね!」
・・・みんな意見が違うけれど、求める目的は一緒だから…まぁいっか…
ちょっと疲れる…この状況…。
「あれっ?何か消えたっ?!」
ルロクスが声をあげた。
見ればもう、どこにもその男の姿がない。
でも気配があるような…これは多分、インビジブルじゃ−−−
「ちゃちな手で逃げようとするんじゃねぇ…っよっ!」
ドジャーさんが右手を振った。すると不意に現れる一人の男。
自分の姿が見えたと気づいたとたん、慌てて店の外へと走り去ろうと扉へ向かう。
「にがさねぇっ!」
ドジャーさんが店内だと言うのにダガーを投げる。投げたタガーは不意に席を立った人の頬を掠めて男の元へ。
だがすんでのところで男が慌てて閉めた扉へと刺さった。
見ていた誰もが怖気を立たせる目の前の出来事に、店の中がしぃんと静まり返る。
「ちょっ!ドジャーさん!店内で投げ物禁止です!!」
「ちぃっ!運のいいヤツ!」
俺が声を荒げて言うとドジャーさんは全く気にする素振りもなく走り出す。
俺たちも慌てて店を駆け出た。
遠くでラズベリルが何か言っているような声は、この際聞かなかったことにしよう。
店を出るとすぐに男はインビジブルを使って姿を消す。男の向いていた方向を見れば、人のごった返している広場の方向。
「人のいっぱい居る場所に行かれる前に、ドジャーさん!」
「言われなくってもそのつもりっ!」
ドジャーさんがもう一度、店内のときと同じように右手を振った。
再び姿が見える男。ラズベリルが言っていたように走りは速い。一目散に広場の中に走り去ろうとしている。
これじゃ追いつけないなと思いきや、ドジャーさんがすいっと前を走り出す。
そして後ろから声がした。
「ジルさん、アレックスさん、横にずれてくださいっ!
フリーズブリードっ!」
ルゼルの声と波動で、俺はとっさに右側に走りこむ。俺と同じように走っていたアレックスさんもすいっと左側に避けた。
その空間をルゼルの装備していたオーブから発せられた蒼い魔球が走る。ドジャーさんも気配に気づいたのだろうか、ひょいっと魔球をかわす。
かわせなかったのは背中を向けて走っていたこそ泥の男だけだった。
丁度にぎやかに人がひしめき合っている広場の二本手前の道で、こそ泥の男を氷で繋ぎとめる。
だがそれも一瞬のこと。すぐにその捕縛は解けてしまう。
「もういっちょ!フリーズブリードっ!」
ルロクスが再度男を捕縛する。そして極め付けにドジャーさん。
「スパイダーウェブ。」
蜘蛛の巣を思わせる魔力の糸が男の足元に現れる。
あっという間に絡め取られてしまったその男は動けないまま、豪快にすっ転んだ。不敵な笑みを浮かべて、ドジャーさんがその男を足蹴にする。
「ったく、スリで国の指名手配になるんじゃねぇよ」
「僕たちの世界で指名手配犯のあなたが言っても、なんの説得力もありませんよ…」
「元!指名手配犯だろう?元!」
ドジャーさんは言うと男の手を捕まえて、強くひねりあげた。
こそ泥の男が下で『いででで』とひ弱な悲鳴をあげた。
追いついた俺とアレックスさんは、顔を見合わせ、俺がすっと一歩後ろに下がる。
アレックスさんがこそ泥の下へと歩み寄る。
「もう逃げられてはごめんですから、気絶していてくださいね。」
そう言い終わると同時に、こそ泥の首の後ろに軽く手刀を打た。
へたりとうまい勢いで気絶したこそ泥を俺が抱えあげ、肩に担ぐ。
「気が付かれて暴れられないうちに、手早く騎士団詰め所に持っていくよ。
みんなは店に戻っておくんだよな?」
「はい、そうします。仕事ほっぽりだして出てっちゃったから、ラズベリルに怒られちゃうと思いますけど…」
俺が後のことを任せると、ルゼルは苦笑いをしながら答えた。
あ〜…そういえばそうだったなぁ…
「最後はジルンコがそいつを金に替えてくるってわけだ?締めはジルンコだな!」
「ジルコンさんが帰ってきたらいっぱい料理頼みましょう!」
「え、えっと…それほど賞金多くないんで、程ほどにしてくださいね…?」
ルゼルは異世界の二人に申し訳なさ気にそう言っていた。