<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第七章 サラセンの隠された場所



第九話 呪われた石



…そう、その後も、俺はいろいろ当たった…
「っ!」
「あぁ!申し訳ない!」
すれ違う際、足をちょこっとだけ踏まれ、謝りながらも相手が『これは気持ちですが…』と押し切られて受け取ったグロッドの袋…。
どこかの富豪の子供にぶつかられ、お付きの人が平謝りしながらくれたグロッドの袋…。
その他、些細な事で謝られてグロッドの袋をもらうこと数件…。
「ここにいる人達ってふとっぱらなんだな」
「だな…ちょっと当たったくらいでこんなのをくれるなんて…」
「ここにいる大半は財力のある者とそれを守る者だからねぇ。ゴタゴタがあっては大変だから。
こういうところだからお金で解決するほうが早いんだよ」
ルロクスと俺の話を聞いてキュイーブルさんが答えた。
とはいえこんなにもらってしまうと逆に申し訳ない気がしてしょうがない。
「謝礼金なんだし、ちゃんともらっておきなよ?
貰わないと逆に厄介になるよ〜」
キュイーブルさんに言われ、頷いてはみたが、やっぱり何か落ち着かなくて仕方なかった。


富豪、ギルドのリーダー、貴族…
色々な人からキュイーブルさんが声を掛けられ、その都度この闇マーケット観光は中断することになった。
仕方がないとはいえ、いい加減うっとうしくなってきた時のことだった。
「エルフェンバイン様…ですよね?」
おずおずとした声がかかり俺達が振り向いてみると、そこにいたのは深い緑色の髪をした男性と少女が立っていた。
キュイーブルさんの知り合いだったようで、他の人達とは違って幾分優しい口調になって答えた。
「ディブル様、お久しぶりです。お変わりありませんでしたか?」
「えぇ、私と娘、共に病気もなく。」
にっこりと優しい笑みを浮かべるディブルさん。
穏和そうな人だというのが雰囲気から分かる。
そしてそんな挨拶と共に差し出された手。
それを見て、何故かキュイーブルさんは、少しの間を開けてから相手の手を握った。
その行動を見てディブルさんが言う。
「どんなときも警戒を怠らないとは、流石、名の通った魔術師殿というところでしょうか。
私はいつも貴方に感心してしまいますよ」
言って強く握手をしてから手を離す。
右手でもないのにどうしてためらったんだろう?
「…だなぁ」
…?
今、ルゼルが横で何かを言ったようだったのだが、声が小さくて聞きとれなかった。
「是非私の専属の護衛をやってくれると嬉しいんですが、やはり無理なんですか?」
「はい、申し訳ありません。短い期間の方が性に合ってますもので。」
「残念です…」
ディブルさんの提案をやんわりと断ると、その隣にいた少女は、とても悲しそうに瞳を揺らした。
「そういえば昨日、キュイーブル殿がライターラインサファイアを
落札したとかお聞きしたのですが、何も変わりはありませんか?」
「…?どういうことでしょう?」
「あの宝石、いわくつきのもの。
予期せぬ大きな災悪が降り掛かってないかと、娘も心配していたのですよ。」
『ご無事で、安心しましたよ』と微笑む二人を見ながら、俺達は顔を見合わせた。
やっぱり何かあるのか…キュイーブルさんが俺をちらりと見た後、親子の方に向き直る。
「ディブル様、なんでもいいんです。教えてくれませんか?この宝石のこと。」


「宝石商をやっていると、いわくがあると言われる宝石がありましてね。
まぁそういうものの多くは話題性で値段を吊り上げようとするものだったりはします。
買い手の皆様はその宝石が特殊なものであれば―――
たとえ恐い噂が立っていてもそれが“世界にひとつしかないもの”であれば価値はある、
稀少価値だということでこぞって買いたがるものなのです」
「…変なの〜」
ディブルさんの話を聞いて、ルロクスがうんざりしたような顔をして呟いた。
今俺達はキュイーブルさん用の宿泊部屋にディブルさん親子を招待し、話を聞いているのだが…呪いが掛かってるものでも気にせずに買うって…気にしろよと言いたい…
「ライターラインサファイアにはウソではなく本当に呪いが掛かっています。
ごく微力の。」
「なんだ、微力ならそんなに問題無いじゃん?」
ディブルさんの話を聞いてルロクスが軽い調子で言うが、そんな簡単に済ませられる問題でもなさそうな顔をディブルさんは見せているのだ。
…俺もルロクスと同じく、ぱっとこの話を聞いただけではそんなに深刻な話じゃ無いような気がするんだけど…
キュイーブルさんが『ふむ…』と考え、言った。
「つまりは亡くなられたライターライン様は、その微力な呪いに掛かっていたのを
承知で所持していらっしゃったのですか?」
「でしょうね。
どんな呪いなのか私はわかりませんが…
でも彼はそんな効果とは別に思い入れがあったようですけどね」
『友人と言うわけではないので詳しくはわかりませんが』とディブルさんが言うと、娘さんが机に置いていたそのサファイアをじっと見つめ、微笑みながらこう言った。
「でもそのサファイアは綺麗です…
少しの呪いくらいなら気にせず持っていたいという
ライターライン様の気持ちが私にもわかるような気がします」
このサファイアで人が死んでいる…?
アイテムに呪いが掛かっているだなんて俺には初めてのことで、俄かに信じられない気持ちでサファイアを見つめたのだった。