<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第七章 サラセンの隠された場所



第七話 蒼く輝く石



「小切手…かぁ」
ルロクスがまじまじとキュイーブルさんの書く字を見ながら感心したように言った。
オークションの後、ある部屋に通され、商品とグロッドの引き渡しとなったが、無論俺達にはそんなまとまったお金を持ってはいない。
どうしようかと三人で顔を見合わせた時、慣れた手付きで自分の持つバックから手帳のような物を取り出し、すらすらと何か書き始めたのだ。
ルロクスの今の呟きで手帳のような物は小切手用の台帳だという事を知る。
「はい、お願いします」
キュイーブルさんが書いた小切手を係に渡す。
係は『お待ち頂く間、ごゆっくりおくつろぎ下さい』と言い、お辞儀をして部屋を出て行った。
入れ替わりに給仕の者が入ってくる。
「きゅ、キュイ…」
「銀行に問い合わせてるだけだから心配しなくてもいいよ。
のんびりお茶を飲んで待ってればいいのさ」
「そ、そうじゃなくって!」
ルゼルが声を荒げる。
「キュイ、あんな大金、僕たちすぐには用意出来ないから…
少し時間を貰ってもいいかな?
なるべく早く都合つけて返すから…」
そう言って、自分の手元にあるグロッド袋を取り出し、キュイーブルさんの手元に置いた。
それをキュイーブルさんは手の甲でルゼルの手元に押し戻す。
「要らないよ。あのサファイアは僕が買いたいと思った―――」
ガチャリ
部屋の扉が開いて、さっき出ていった係の者と数名が入ってきた。
後ろに控えていた男の手には青く輝く石がある。
その男がキュイーブルさんの前へ歩み出てこう言った。
「お待たせいたしました。
ご希望のライターラインサファイアです。」
黒い布の上に飾ってあったそのサファイアは透き通る美しさで輝いていた。
それを箱に入れ、差し出す係の男。キュイーブルさんはこくりと頷いてその箱を取った。
「それではこの後もサラセンマーケット“ランシュレッド”をお楽しみ下さい。
失礼いたします。」
礼儀を徹底したその振る舞いで、男達は去って行った。
箱をそっと開けてみて、また閉じるキュイーブルさん。
そしてそれをルゼルに渡す。
「え…?」
「あげるよ。」
「えぇ!?」
キュイーブルさんの言葉にルゼルが驚く。
「えっと…代金は後でちゃんと返すから」
「いや、あげるってば。
ルゼルにはこれ以上にお世話になったし。これくらいは。」
「そんなっ!僕の方がお世話になった身だしっ!
これくらいって言える額じゃないしっ!」
ルゼルは混乱しかけながらキュイーブルさんに言う。
遠慮しているルゼルを見て、この状況に呆れたルロクスがひょいっと手から箱を取る。
「くれるって言うんだから、遠慮なく貰っちゃえばいいじゃん。
返さなくていいんだよな?」
キュイーブルさんに問いかけると、笑って首を縦に振っている。
俺はルロクスから箱を取り上げた。
「ルロクス、勝手なことしないっ!
…でも、本当にいいんですか…?」
「もちろん。
これくらいのこと、ぜんぜん平気だよ」
と、にっこりとルゼルに笑い掛けるその姿を見て、ルロクスは何故かにやりと笑って俺を見上げる。
目線が合うとそしらぬ顔をわざとらしくして目線をそらした。
…何かルロクスが楽しそうに見えるのは気のせいか…?
そんな事をしている俺とルロクスの横でルゼルは貰った箱を抱きしめ、嬉しそうにキュイーブルさんにお礼を言った。
キュイーブルさんが優しい笑顔でルゼルに声を―――
あ〜……なんか…凄くもやもやするような…
「サファイア、手に入って、よかったな」
「は、はいっ!キュイのお陰ですっ!本当にありがとうございます」
俺の言葉にルゼルは嬉しそうに答えると、箱を大事そうに手で包み込んだ。


「とはいえ、ここまで高価な物だと緊張しちゃいますね」
サファイアの入った箱をどこに入れようかと考えているようで、ルゼルは自分のバックを開けて中を覗いていた。
だがこのごろの荷物分担は、重めのものは俺とルロクスに、重ばるものはルゼルが持っているため―――
「入らねぇよなそれ」
ルロクスがひょいっとルゼルのバックの中を見て言った。
それを聞いて俺が言う。
「じゃあ俺が持つよ。隙間だけはたくさんあるから」
「え〜じゃあオレの荷物も〜」
「隙間はあっても、他に入ってるのが重いんだ。
これも修行。頑張って持てよ」
「修行したくねぇ〜」
ルロクスの嘆く声を聞きながら、俺はルゼルから受け取った箱を傾かないよう気を付けながら入れた。
「じゃあ…これからどうします…?」
“宝石が手に入ったらミルレスの森の中に住んでいるルセルさんに渡しに行く。”
旅をする上で高価な物をずっと持っているわけにはいかないから、そういった理由でミルレスに行こうかと思ったのだが、どうもルゼルが動くのを渋っているように見える。
「ルゼルはどうしたい?」
「え…あ、えっと…良ければもうちょっとだけここにいても、良いですか?」
「久々に会ったキュイーブルともうちょっと話をしたい―――とかか?」
ルロクスの言ったことがその通りだったようで、ルゼルは少し恥ずかしそうに微笑みながら頷く。
それを見てルロクスはちらりと俺を見る。
それに気付かず、ルゼルは話を続けた。
「旅を初めて一番最初の傭兵のお仕事。
短い期間しか一緒にお仕事してはいないですけど、
傭兵で覚えておかないといけないことを全部教えてくれた、そんな人なんです。
魔術師としての腕は別格だと思います。」
ルゼルがそう言い切るってことは、そんなに凄いのか…ルゼルの言葉を聞いたルロクスは納得したように頷いてから言う。
「そっか、噂に違わない強さってことだよな。
…じゃあニ、三日くらいここで見物、ってことでいいよな?」
「うん。ジルさんも、それでいいですか?」
「構わないよ、久々に会った人なら話したいことがいっぱいあるだろうしね」
そう言った俺の言葉を聞いて、横にいたルロクスが笑いながら小声で何かぼそりと言ったようだったが、俺には聞き取ることは出来なかった。