<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第七章 サラセンの隠された場所



第六話 闇のオークション



キュイーブルさんによると、この闇マーケット…オークションらしいのだが、そこに大きなサファイアが出品されるという噂があったんだとか。
それで俺達を連れてきたんだと言う。しかも、だ。
「運良く、まだ出品してないんだそうだよ。
どれぐらいの金額になるかはわからないけど、買わなきゃね」
「ちょっと!買うのは値段次第ですよ?
高いものを買えるような余裕、僕達には無いですし」
慌ててルゼルは言うが、ルロクスは呆れた顔をしてルゼルを見る。
「なぁルゼル…こんな厄介そうな場所で売られるもんが、高くない訳ないんじゃねぇ…?」
ルゼルはわかってて着いてきたのだと思っていたのだろう。
『オレでもわかるようなもんだけど』と言いながら、ルロクスは胸の前で腕を組み、渋い顔をしている。
俺もルロクスの指摘に同意して頷いて見せた。
「オークションって欲しい人が値段を言い合って、
一番高い金額を言った人に売るって方式だったよな?
ってことは欲しいって人が居れば、確実に高くなるってことで…」
ルゼルがやっと気が付いたのか、『ですよねぇ』と言いながら落ち込んだ顔になる。
だが、キュイーブルさんは首を横に振って見せた。
「大丈夫だよルゼル。とりあえずオークションの時間までのんびりと待とうじゃないか」
『午後の部に出るらしいから』と楽しそうに笑うキュイーブルさんにつられて、ルゼルも微笑んでいたのだった。


「「こちらが!かの有名な聖職者、ロンベルの使用していたスタッフです」」
午後から俺たちはオークションに参加していた。
参加と言っても、今のところは見ているだけ。
目当ての物はまだ出ていない。
…とはいえ、だ。
「なぁジルコン、一億グロッドって今まで見たことあった?」
「いや…あるわけないよ。一生かかっても稼げないと思うし。」
オークション会場に飛び交っている金額の単位が異常だった。
どの商品も軽く一億を超える。
というより、それ以上の金額がザラである。
出されている品を見れば高価で貴重なものだと素人の俺でも解るから、そんな値段になっても仕方ないんだろうけど…
「ジルコン」
「ん?」
「やっぱり無理じゃねぇ?」
ルロクスが俺に再度問掛けてくる。俺はこくりと頷いて見せた。
こんな場所でサファイアが出品されたとしても、高額過ぎて買うことは出来ないだろう…
それに、俺たちの探しているサファイアの大きさは親指の爪くらいでありさえすれば十分なものだし、キズモノでもどんなのでもいい。あえて良いものを手に入れる必要は無いのだ。
だが、まだキュイーブルさんが笑って『大丈夫、大丈夫』と言っている。
「「次の商品です。いわく付きの商品となります!」」
“いわく付き”という言葉に引っかかっりを覚える俺。
出てきた商品は薄い青の宝石だった。
舞台上の司会者は話を続けている。
「「スオミの町にて謎の死を遂げた商人、ライターライン氏が所持していた遺品のひとつであります、サファイアです。
小さな傷が有りますがそれはライターラインが暗殺された際に出来たものではないかと言われております。
持てば不思議な事が起きるという噂の逸品。
ではご購入の方、いらっしゃいますでしょうか?」」
司会者は落ち着いた声で問掛ける。
さっと何人かが自分の持つカードを見せるように掲げ、金額を申請する。
「3000万!」
「4500万!」
「5000万で」
「じゃあ…6000万!」
口々に言うが、ルゼルは苦笑いを見せるだけで参加はしなかった。
さっきまで他の商品で飛び交っていた値段よりは低めだが…もう6500万になってるし…
そんな金は無いというものだ。
だがキュイーブルさんは落ち着いた様子でルゼルに問掛ける。
「あれで用は足りる?」
「え?あ、はい、親指の爪くらいの大きさでいいので、充分なくらいです」
ルゼルが正直に答えたのを聞いて、キュイーブルさんは『そっか、わかった』と言ってにっこり笑った。今オークションされているそのサファイアは、遠目で見ても親指の爪よりは確実に大きいものに見える。ルゼルの言う通り、充分過ぎるほどの大きさなのだ。
キュイーブルさんを見ると何故かにこにこ笑顔をしている。
買えないというのに何故そんな笑顔なんだろう?と思った時だった。
キュイーブルさんがすっとカードを持ち、それを掲げるように手を上げる。
そして言ったのだ。
「8000万で、如何でしょう?」
俺達は心から驚いてキュイーブルさんを見た。
「きゅ、キュイ…?」
「は、はっせんまん…」
「ま、待てよっ!オレたちそんな金ねぇぜ?!」
「いいから、とりあえず黙ってようね?」
人差し指を口にあてて静まるように俺達に諭す。
言われて口をつぐんだのはいいが、は、はっせんまんは…
「「他にはありませんか?
…それでは82番さんにライターラインサファイアをお譲り致します。
おめでとうございます」」
82番…それはキュイーブルさんが掲げた番号だった。
競り落とした際の祝福の拍手が響く。
にっこり笑いかけているキュイーブルさんとは対照的に、不安そうな顔をしているルゼル。
「…どうするんだろ…」
ルロクスが眉はひそめたまま、ぼそりと呟いた。