<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第七章 サラセンの隠された場所



第五話 キュイーブル・Y・エルフェンバイン



中は大きな広間のようになっていた。
…いや、広場と言ったほうがいいのかもしれない。
傍らで豪華そうな料理が用意されているが、それよりも圧倒されたのは人だった。
貴族、商人、ゴロツキのお頭とかも見える。
もの怖じしないルロクスですら顔を固まらせて辺りを見回していた。
「すげぇ…こんな場所、紹介状とか無しにオレ達入っちまったんだよな」
「キュイーブルさんのおかげで、だけどな」
受付の男性にちょっと話をしただけですんなり入れたっていうのを考えると、キュイーブルさんの名声はそれだけ高いってことになる。
本当に有名人なんだなぁと実感する俺。
そんなキュイーブルさんにルゼルは気軽に話をしている。そういうのも凄いなぁと思う俺。
俺ももっといろんな仕事をやってみてもよかったのかな…町の中の荷物運搬くらいしかやってなかったからなぁ。
「あの、キュイ?ここに宝石の手がかりとかあるの?」
ルゼルが不安そうな顔を見せ、キュイーブルさんに問いかける。
キュイーブルさんはそんなルゼルの顔元に人差し指をぴっと出して言った。
「必要な宝石の中にサファイアがあっただろ?
確かここに出てるとか噂で聞いたんだよ。
今まだあるかわからないけど、来てみる価値はあるかなって」
「あまり来たくない場所だったんじゃ・・・?
ごめんなさい・・・」
素直にルゼルが謝るとキュイーブルさんはパタパタと手を振って見せながらこう言った。
「いやいや、来なかった理由がね、ここに来るとみぃ〜〜〜んな、上流階級だからさ。
挨拶とかで正直面倒臭くなってくるから、どうしても行かなきゃならなくなった時以外は
行かないようにしてるんだ。
必要な物も今は特に無いし」
『まぁ、今回は行かなきゃいけない時だからいいんだよ』と申し訳なさそうにしているルゼルを気遣ってにっこりと笑いかけるキュイーブルさん。
そこで声が掛かった。
「キュイーブル様っ!いらっしゃったんですか!」
言って嬉しそうに駆け寄ってきたのはドレスに身を包んだ、とても綺麗な女性だった。
すらりとした背と薄水色の髪が印象的な彼女はキュイーブルさんに微笑みかける。
「いつも私の誘いを断る貴方なのに…どなたのお誘いに乗られましたの?」
むぅっと頬を膨らませるかのような顔をして、キュイーブルさんに詰め寄っている。
すねているようなその行動を見て、キュイーブルさんがやれやれといった顔を一瞬見せた。
だがそれも一瞬のことですぐににっこりした笑みを浮かべた。
「あぁ、ティエリー様、私は誰の誘いも受けてはおりません。
オークションは苦手なものでして。
ですが、今日はどうしても欲しい物が有りましてね。」
「そうだったのですか…どんなも―――」
「あら?
キュイーブル様ではありませんか」
彼女が問いかけようとした時、また別の女性が俺達の傍に寄ってくる。
「あぁ、お久しぶり、レニア」
レニアと呼ばれた女性も長身の美人だった。
だがもう一人の彼女、ティエリーさんと違う所は、商人のような男を連れているってことだった。
そんなレニアさんはティエリーさんを押し退けて話し出したというのに、わざとらしく今見つけたかのような挨拶をしている。
…綺麗だけどあんまり関わり合いたく無い性格の人かもしれない…
「ウルティス様、この方がキュイーブル・エルフェンバインですわ」
「おぉこの者が噂の!
私はアルバ・ウルティス。
ルケシオンで商人をしておる。立ち寄る機会があれば屋敷に招待しよう。」
がっはっははと大きな笑い声をあげるその男。
キュイーブルさんが隠しながらも溜め息をついたように見えた。
「ルケシオンに行った際にはよろしくお願いします。」
深々と礼をすると、キュイーブルさんはティエリーさんに向き直り、声をかけようとした。
それを阻止するかのようにレニアさんが嬉々とした声で話しかける。
「ここにはいつまでいらっしゃるの?
またふたりっきりでお話しがしたいわ?
ねぇ、キュイ」
レニアさんがそっとキュイーブルさんの腕に触れる。
そんなレニアさんの言動をさらりとかわすかと思いきや、すぃっと目線を細くしてレニアさんを睨み、言った。
「私の名前はキュイーブルです。
許しもなく名前を短く縮めて呼ばないで欲しいと前にも言ったはずですが?」
その視線に気押されたレニアさんが素直に『ご、ごめんなさい』と謝る。
そんなに名前を短く縮めて呼ばれるのが嫌だったのか…
でもルゼルは確か名前を略して呼んでいたような…?
疑問符を浮かべていると、ティエリーさんがキュイーブルさんの機嫌を伺うようにキュイーブルさんへ話しかける。
「あのっ、よろしければ私の父にもお顔を見せていただけません?
父も喜ぶと思いますの。いかがです?」
「いえ、今日はご遠慮させて頂きますよ。
また後日、ご挨拶に参りますのでよろしくお願いいたします」
キュイーブルさんが軽く会釈してすたすたと早足で人混みの中に入っていく。
機嫌が悪くなってしまったのかなと思いつつ、遅れて見失ってもいけないと、俺達も商人の男と女性二人に会釈をしてから後を追っていたのだがキュイーブルさんは行った先でまた誰かに話かけられてしまっている。
怒りの表情かと思いきや、振り向いた彼の顔は至極困った顔だった。
「ごめん、挨拶回りだけさせてくれるかい?」
そうキュイーブルさんが謝るのを見て、俺達は苦笑いで頷いたのだった。