<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第七章 サラセンの隠された場所



第四話 立ち入ることのない場所へ



「何か、ダンジョンみたいだよな…」
ランプでぼんやりと見える壁を見上げながらルロクスが言った。
ルロクスの言った通り、床の下に広がっていたのはダンジョンのような通路だった。
少し長いかなと思う階段の後は、まっすぐな通路が続き、時折ゆるく曲がっていたり、ちょっとだけ無駄な曲がり道のような蛇行しているところがあったりと、一本道でなければ地図を描かなければいけないような道だった。
蛇行している場所に差し掛かると、遠くまで見えない分、視界が悪い。
「にしても、
エルフェンバインと知り合いだったなんて、
ルゼル、本当に顔が広いよな〜」
有名な人に会えたと言うことで舞い上がりながら自己紹介をしていたルロクスは、キュイーブルさんに聞こえないようにルゼルに言った。ルゼルは『そんなことないよ』と笑って言う。
「キュイや他の傭兵さんに比べたら、僕なんて知り合いが少ない方だし。」
その発言が聞こえたらしいキュイーブルさんは『そうは言うけど、ルゼル』と話の間に入った。
「ルゼル、僕よりうんと期間が短く、仕事をしていなかった?」
「え…そ、そうですか?」
「ルゼルのことを聞いてみると大体ルゼルのことを知ってたし、
みんな『この前まで働いていた』って言うし。
探すの苦労してたんだよ?」
「えっと…すみません」
苦笑いで言うルゼルに冗談混じりに責めるキュイーブルさん。
それを打開しようとルゼルはキュイーブルさんに問いかけた。
「キュイ、何処へ行くのか、もうそろそろ教えて欲しいんだけど…?」
前方を歩いていた俺は振り向かずに耳を傾けた。
キュイーブルさんが言う。
「ルゼルは気付いてるんじゃないか?
サラセンの町、その下に広がる市場。
通常では手に入らない逸品が揃う場所。」
「…闇マーケットですか…」
ルゼルの声が少し硬くなる。
「闇マーケットって…違法だよな?確か」
ルロクスが聞く。あぁそうか…それでこの道は蛇行してるのか…
万が一ここがアスク帝国の兵や自警団にばれた時のために視野を狭くさせてあるんだろう。
蛇行している場所で待機し、迫り来る敵を倒す…
「サラセンに闇マーケットがあるだなんて…
ジルさんは知ってました?」
「いや、初耳だよ。」
ルゼルの問いに少しだけ振り向いて俺が言った。
と言うかこんな地下道があるなんて知りもしなかった。
「まっとうに生きてるような人にはわからないさ。
無論、地元の者も知らないはず。
そういうのが闇マーケットってものだから」
「じゃあキュイーブルはまっとうに生きてないってことだ?」
キュイーブルさんの揚げ足を取るようにルロクスが言ったが、キュイーブルさんはさも普通に『そういうことだね』と答えた。
「ま、名の売れてるやつならみんなそんなもんさ。
隠すつもりもないけど、ひけらかすつもりもないよ」
「キュイ…」
ルゼルが心配そうな声を出している。そんな時だった。
目の前に小さな扉が見えてきた。
至って普通の、装飾も何も無い、ただの茶色の木の扉。
振り向くとキュイーブルさんは『開けてくれる?』と俺に言う。
出入口なんだよな…俺はそっと扉を開けた。
古そうな扉のように見えたが、案外、音をたてることもなく扉が開いていく。
そしてある程度扉が開いた所で、俺たちとは反対側から扉を掴む手が見えた。
「いらっしゃいませ。ようこそいらっしゃいました」
そこには黒いタキシードを着た男が立っていた。
「ありがとう」
一言言うと、扉の中へ入っていくキュイーブルさん。
俺達は慌ててキュイーブルさんを追うように扉の中へ入った。


…中はきらびやかに飾られた部屋だった。
正面にまた扉が見える。
億することなくキュイーブルさんは歩いていき、その扉を開けた。
「キュイっ、ちょっと待ってよっ」
呼んでルゼルが追いかける。
「…行くの速いって」
ルロクスがぼやくように言って俺の後ろを付いて来ていた。
キュイーブルさんは開けて少しだけ立ち止まる。
「部屋の次は廊下…ね」
部屋から出るとそこは廊下になっていた。
部屋と同じくきらびやかな印象を受ける。
赤い絨毯が敷かれ、所々に花が飾ってある。
「失礼ですが、入室許可証はお持ちでしょうか?」
近くにいたタキシード姿の男二人が俺達に近付き、言う。
キュイーブルさんは首を横に振りながらこう言った。
「ない。でも主催者に連絡取って言ってくれるかな?
キュイーブル・ヤーデ・エルフェンバインが来た、と。」
「!承知しました。少々お待ちを」
片方の男が返事をすると俺達から少し離れ、携帯していたウィスの機械を取り出して誰やらと話をし始めた。
その間、もう一人は俺達を見張っているようだった。
暫くして、ウィスをしていた男が戻ってきて 、もう一人の男に耳打ちする。
そして―――
「御待たせ致しました。どうぞ此方へ」
「私共がご案内致します」
男の一人が俺達を案内するために先頭に立ち、後ろにはもう一人の男が歩く形で廊下を進んだ。
「…すんげー厳重なんだな。」
そんな一連の行動を見て、ぼそりとルロクスが俺に耳打ちした。
前方を歩くルゼルとキュイーブルさんはこの状況にあまり違和感を持ってないようだが、こんな厳重な警備の中に入って行くのはルアスの城以来だし、違法と言う言葉が緊張感に拍車をかけている気がする。
「なぁジルコン、付いてっていいのか?危ないんじゃ?」
「危ないような気もするんだけどな…
キュイーブルさんとルゼルが帰る気ないだろうさ…」
付いてくしかないんだとルロクスに言う。
ルロクスはきょろきょろと辺りを見ながら、『いいのかなぁホントに』と呟きを漏した。
俺達が今、歩いている廊下には沢山の扉がある。そしてその扉からここへ入ってくるような人がちらほらと居た。俺達と同じように地下道からここへ来たんだろうか。その人は廊下に待機していた男に何か手紙のようなものを渡している。
扉が開いて、また人がここへ来る。服の豪華さから貴族か商人じゃないかなと思いながら歩く俺。
皆、闇マーケットで取引するために来たんだろうが、俺達みたいに初めてってわけじゃないだろう。女性とガタイの良い男を引き連れている小肥りの男。典型的な上流階級だ…
あんなのを見ると俺達がキュイーブルさんの護衛ですと言ってもすぐに信用出来ないよな…と妙に納得してしまう。
そんなことを考えながら歩いていると、廊下の先が見えた。
廊下の終わりはまたしても扉。
「こちらです。それでは、ごゆっくりお楽しみ下さい」
男は言って、廊下の終点の扉を開けたのだった。