<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第七章 サラセンの隠された場所



第一話 紫色の髪の男



そう、そこまではいつもと変わらない日常だった。
それは、スオミの町を出て暫く歩いたところで、それは起きた。
俺たちの目の前に一団が現れたのだ。
「こいつら…また野盗かよ」
ルロクスの言葉にルゼルも俺も答えなかった。
目の前にいるこの一団、黒やら灰色やら目立たない色のマントを付け、顔が分からないように被っている。だが一目でわかる彼らの職…
「騎士…」
ルゼルが呟く声が聞こえた。
そう、彼らはそれぞれ手に槍と盾を携えていたのだ。
槍を使う唯一の職業が騎士。
ルアスのアスク帝国に認められたものだけが成れる職業である。
そのため、名家の護衛や警備などの仕事は引く手あまたで、賃金も優遇されているらしい。
そんな職業の者がこんなところで野盗をしてるなんて、割に合わない変な話だ。
しかも野党の一団、五名全てが騎士だなんてありえるものなんだろうか…
そのことをルゼルも気付いたのか、いぶかしげな顔をしながらルロクスをかばうようにさりげなく移動する。
それを見ながらルゼルを守れるように数歩前へ歩み出ながら、俺は言った。
「俺達に何か用ですか?」
騎士達は何も言わない。
これはおかしいとわかったらしく、ルロクスは無言でオーブのゴーストアイズを取り出し、浮遊させた。
ルゼルもオーブを取り出して浮遊させ、俺も何か動きがあってもいいように神経を集中させた。
そこで騎士の一人が突然、こう言ったのだ。
「その紫色の髪の男を渡せ。」
「…え…?」
自分の事を言われたのだと気付き、更にいぶかしむ顔を見せるルゼル。
「お前らっ!ルゼルに何の用だっ!」
ルロクスがそう吠えても一団は何も言わない。必要な事しか喋らないってことか。
騎士五人と俺達じゃあ、俺達に勝ち目はないだろう。
無駄な争いを避けるためにも、ここは逃げるべきか。
思案していると、騎士の一人がボトルを取り出し、何かの液体を飲んだ。
あのボトルは確か運搬の仕事をしたときに見たことがある―――速度ポーション!?
「ルゼル、飛べっ!」
俺が叫んで騎士達と離れるように後方へ走り出し、ルゼルとルロクスの体を掴んだ。
二人は俺に倣って後ろに走り出す。
そしてルゼルは戸惑いつつも走りながらスペルを唱えた。
「っ!逃がすな!」
騎士達が俺たちの方へ走り寄ってくる。
「いきますっ!」
ルゼルが叫び、俺とルロクスの手を掴んだ。
騎士達に捕まえられる前にスペルが完成し、俺達はスペルの力によってその場を離れたのだった。


「す、すみません…思い付く町がここだったもので…」
ルゼルは言い、ほうっと軽く息をはきながら浮遊させていた四角いオーブをしまった。
そこは、風が乾いた地。砂の町。俺の故郷、サラセンだった。
「ありがとうルゼル、助かっ―――大丈夫か?ルゼル」
声をかけるとルゼルはもたれるように俺の腕を掴んだ。
「大丈夫かよ?なぁジルコン、何処か休める場所ないか?」
「あぁ、ここなら宿屋が一番近いな」
ルロクスの問いかけに俺は答え、ルゼルをそっと抱えるように支えながら歩きだした。
歩き出しは少しだけふらついたルゼルだったが、すぐに自分で立ち、歩いていた。心配かけたくないからだろう。
にっこりと笑って言った。
「どうしてもとっさだとこうなっちゃって・・・
だめですねもうちょっと修行しないと」
と言っておどけるように笑う。そして『もう大丈夫ですから』と言った。
でも俺は少し心配になって、こう提案する。
「とりあえずは身を隠しついでに休もうか」
「そうですね…何かすみません…」
「ルゼルのせいじゃないさ、きっと。」
そう言うと、俺達は逃げ込む様に宿屋へ入ったのだった。