<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第七章 サラセンの隠された場所



第十四話 それぞれの旅路



「呪い解除ってあんなにするのかよ…」
闇マーケットを出て、地下道を歩く途中。
ルロクスがげんなりとした顔で呟き、手元に残ったパウチをぽぉんと放り投げた。
パウチは軽く跳ね上がり、ルロクスの手元に戻ってくる。
あの呪いで手に入ってきたお金やアイテム、全てを駆使してレスティさんに代金を支払った。
そして残ったのは――
「差し引いて六万グロッドの儲けかぁ…騒ぎのわりに身入り少ないよな」
「儲けるために買ったわけじゃないけどねぇ」
ぶつぶつと言いながらサラセンの町へ続く地下道を歩くルゼルとルロクスを見て、俺とキュイーブルさんは苦笑いをした。
いや、俺も呪い解除が二千万もするとは思ってもいなかったけれど、俺としては逆に足りなくならなくて良かったと思ってるくらいだった。キュイーブルさんは『ちょこっと安めにしてくれたんだね』と言ってはいたし。
ルセルさんから貰ったお金も結構消費してるはずだから…ルゼルじゃないけど、短期間で高収入の仕事を探さなきゃなぁ…
でも一番気にしなきゃいけないのがルゼルを狙ってたやつらのことだ。
「これからどうするの?」
考え込んでいた俺にキュイーブルさんが声をかける。
俺は素直に宝石を届けにミルレスのルセルさん家へ行くことを告げた。
「そっか…私の方もやることができちゃったことだし、ここでさよならだね」
ルゼルに向かって言うと、ルゼルは寂しそうな顔を見せた。
もうすぐサラセンの町への扉が見える。
「キュイ、目標、達成してくださいね?」
「もちろんだよ」
「あと、あれも克服、頑張ってください」
「う〜ん、努力はするよ」
言ってキュイーブルさんが俺に左手を差し出す。
俺はその手を握り、握手をすると、そのままぐいっと引っ張られた。
二、三歩よろめいてキュイーブルさんに近付く俺。
なんだろう?と疑問符を浮かべていると、キュイーブルさんがくっくっと笑ってこう言った。
「ダメだ。やっぱりまだ無理。」
ルゼルに向かって苦笑いを浮かべる。全く何のことかわからない俺が反応するより前に、キュイーブルさんが先に歩き、扉を出ていく。
「ルゼル、また今度会う時はゆっくり出来るといいね。
ジルコンくんとルロクスくんも元気で」
「はいっ!キュイもお気を付けて」
振り向かず言うと、俺達へ手を振って見せた。
「なんだったんだ?さっきの」
「さぁ…」
ルロクスと俺が疑問符を浮かべていると、ルゼルがぽつりと呟きながら話し出す。
「あの様子だと話していいのかな…あのですね、彼は苦手なものがありまして」
「苦手?」
「それが…男の人。つまり、同性が苦手らしいんです」
「…は?」
「えっと…前は男の人が手を差しのべても握手すら出来なかったんですよ。
そこらへんは克服出来たみたいですけど、まだ近付かれるとダメみたいですねぇ」
『多分寒イボが出来てたと思いますよ』と言って苦笑いするルゼル。
「それがキュイーブルさんの…秘密?」
「です。他の人には内緒ですよ?」
と、さらに苦笑う。つられて俺も苦笑いを浮かべた。
なるほど、握手を求められた時に躊躇しているように見えたのはそれのせいだったのか…
「人間、完璧とはいかないんだなぁ」
ルロクスがしみじみと言い、投げて遊んでいたパウチをルゼルに渡した。
ルゼルは丁寧にバックへしまいこみながら不意にこう言う。
「キュイの目標は“マイソシアで一番の魔術師”ですから、まだまだかかりそうです。また一緒に旅しようって誘われましたけど、ねぇ」
軽い調子でルゼルが言うものだから、聞き逃してしまいそうだったが…
誘われたのか…
聞いた途端、何処かで何かが引っかかったような感じがした。
そんな心情に気付いたのか何なのか、ちらりと俺を見た後、ルロクスはルゼルに話しかける。
「それで、どうするんだ?キュイーブルと一緒に旅するとか?」
「ううん、今はセルカを元に戻すことが先決の旅をしているし、
キュイの旅は目標達成の旅。
目標のためには、誰かと一緒の旅は良くないのかなぁって。
僕が余計なことをしちゃって苦手克服すら出来なくなっちゃうかもしれないから…
そうなるとキュイの強くなるっていう目標が達成出来ないでしょうし」
「ふ〜ん…でもジルコンだって修行の旅だし、
強くなるんだってことは同じじゃねぇの?」
「あっ…」
ルロクスの指摘にルゼルは声を上げ、それからおずおずと俺を見上げてこう言った。
「あの…もしひとりで旅したいようなら無理に…」
俺はぽんと強めにルゼルの頭を叩いた。『いたっ』と抗議の声が上がる。
「何度も話ししただろ?あんまり何度も言ってると俺も怒るよ?」
「!す、すみません」
畏縮してしまったルゼルを見て、俺は笑いながらルゼルの頭を撫でた。
「あ〜ぁ〜、イリィに逢いたくなってきたなぁ〜。
帰ろうかな〜オレ」
俺とルゼルのやり取りを見ていたルロクスが呆れたように言うと、ルゼルが心配そうに声を掛ける。
「イリフィアーナさんも心配してるってレスティさんも言ってたし、
ルロクス、スオミに帰る?」
その言葉を聞いて盛大に溜め息をつくルロクス。
「真面目に受け取るなってぇの…
さ、行こうぜ、ルセルにそのサファイア、見せつけてやろうぜ!」
ルロクスは前方見えた扉へ走って行くと、勢いよく開けたのだった。
俺達は久しぶりに太陽の光を浴びた。
俺の故郷、サラセンの風は乾いていたけれど、それでも俺にとっては嬉しい出迎えの風になった。




第七章 サラセンの隠された場所  完。