<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第七章 サラセンの隠された場所



第十三話 ライターラインサファイア



いろんな角度から宝石を観察しているレスティさんの横で、ルロクスは邪魔をしないようにしながらもレスティさんを見ていた。そして何か納得したように言う。
「スオミに居て、長年研究してて、しかも大抵の人なら知っている人…
ばあちゃんなら当てはまるもんなぁ。」
『ばあちゃんが闇マーケット知ってたのは意外だけど』と付け加えると、レスティさんは『私は、ルロクスがこんな場所にいるなんて方にびっくりしましたよ』と返した。
そしてキュイーブルさんへと向き、言う。
「キュイーブルさん、あなたがここを教えたのでしょう?
これ以上、ルロクスに危険なことを教えないでくださいね?」
言われたキュイーブルさんは苦笑いで首を縦に振る。
「でもさ、レスティばあちゃん、呪い解除なんてできんの?
スオミでそんな仕事、引き受けてたっけ?」
ルロクスは出身がスオミということでレスティさんを知ってるどころか、とても仲が良いらしい。スオミの町の誰かが今はこんなことをしているやら、レスティさんは宝石を観察しながらルロクスに話していた。そこでルロクスはさっきの質問をしたのだ。
レスティさんは『内緒でちょっとは受けていたんですよ?』と言いながら宝石をそっと手に取る。その答えにルロクスが『へぇ〜そうだったんだ』と少し驚いている声を出していた。
そんなのんびりしている光景を横に見ながらキュイーブルさんがそっと俺とルゼルに言った。
「彼女はを長年、旅人に薬を提供している傍ら、スペルのいろいろな研究をしていてね。
時々、教えてもらいに話を聞きに行ってたりしてたんだよ。
呪いにも詳しいって聞いてたから彼女なら解けるんじゃないかってさ。でも彼女がルロクスくんと仲良しとはね。」
やり取りを見ながらキュイーブルさんが俺達に言い、こう付け加える。
「なんか上品なおばあちゃんとやんちゃな孫、って感じだよね?」
「ですねぇ」
俺がそう返事を返すその横にいたルゼルは俺たちの話に入ることなく、宝石のほうを心配気に見ていた。
呪いを解くことが出来るのかどうか、やっぱり不安なんだろう。
思わず、ルゼルが問いかける。
「あの、レスティさん…その呪いは解けるようなものなんでしょうか…?」
レスティさんは手を止め、ルゼルの顔を見た。
「この呪いは私も初めて感じるものですし、どうなるかわかりませんが…
これは装飾に使うために呪い解除を?」
「いえ、ちょっとした…儀式?に使うものでして」
そう説明すると、レスティさんは驚いた様子を見せた。
「儀式…ですか。
こんなに大きな石でやるなんてよほどの儀式なんでしょうねぇ」
「は、はい…」
ルゼルがたじろぎながら答える。
今はまだ必要だと言われている石を探している段階であって、実際どんな儀式をするのか全くわからないけれど、大掛かりな儀式なのは間違いない。ルセルさんが考えてくれているはずではあるのだが…
「とにかく、やって見ましょうか。
どのようになったとしても、お代はしっかり頂きますよ?構わないですね?」
「はいっ。お願いします」
「うあ〜レスティばあちゃん、ずるっこいんじゃねぇの〜?」
「商売は商売ですよ。出張もしているんですしね?」
丁寧な口調で言いながら、レスティさんは持って来た鞄から小さなパウチを取り出した。それを机の上でそっとひっくり返す。中から灰色の砂のようなものがさらさら落ちてきた。
「それは?」
「灰ですよ。世界樹の葉や枝を燃やしたものです。浄化の作用があるのですよ。
…後は秘密です。
少し席を外して貰えませんでしょうか?」
用意をしながらレスティさんが俺達ににっこりと笑いかける。
どうやって解除するのか興味があったルロクスは露骨に嫌だと声をあげるが、キュイーブルさんに肩をぽんぽんと叩かれ、ひっぱられていく。
「じゃあ僕たちは外で時間を潰してくるから、終わったらウィスで連絡をくれますか?」
「わかりましたよ。でも勿体無いですねぇ…
このままにしておけばきっと貴重な研究素材になりそうなのに…」
「そう言わないでくださいよ。
持ってるだけで危険な目に合っている訳なんですから。
よろしくお願いしますよ?」
残念そうに言いながら作業を続けているレスティさんを残し、俺達は言われるまま部屋の外へ出た。
「ではお願いします〜」
ルロクスを引っ張って出たキュイーブルさんが最後に声をかけ、扉は閉められる。
「解除の邪魔になったらいけないし、
この部屋に近寄らないよう人払いをしてもらわないとね。
近くの係員にでも言っておくかな。」
考えを口に出しながら言うキュイーブルさんに相槌を打つ俺。
そんな俺達とは違う行動をしているのが約二名いた。
「おぅい、何してるんだ二人とも」
「え、あ、いやぁ、呪いをどうやって解くのかなって…」
「覗くと呪いがこっちに来そうだけど、聞耳立てるなら良いかなってさぁ」
ルゼルとルロクスが扉に耳を付けながらそう言うのを聞いて、キュイーブルさんは笑う。
「どっちもおんなじようなもんだよ。
僕もどんな呪文を唱えるのか聞いてみたい気持ちに駆られはするけど、
我慢してるんだから。ね?」
『さ、行くよ』とばかりにキュイーブルさんは二人の間に分け入り、ルゼルの左手とルロクスの右手を掴んで引っ張りながら言う。
「彼女、怒るとめちゃ恐いんだから〜
これで怒られたらルロクスくんのせいね?」
「えぇ〜!やだよ!
レスティばあちゃんくどいほど怒るし!!」
確実に怒られたことがあるらしいルロクスは顔をぶんぶんと振って拒否をしている。
楽しそうに言いながら歩いて行くキュイーブルさんの後ろ、今まさに呪い解除の儀式をしているはずの俺の部屋から聞こえてくる低く、地を這うような声…
俺の部屋で解除してるんだよなぁ…いやいや、これは気にしたらきっと負けだよな…
「ジルさん〜行きましょ〜?」
「わ、わかった。今行く」
ルゼルに呼ばれ、自分の部屋は大丈夫なんだろうかと思いつつ、ルゼル達の元に駆け寄ったのだった。



「スゲーな!レスティばあちゃん!」
「そんなことありませんよ。大成功とはいかなかったのですから。
解く際に、ほら、端が欠けてしまったんですよ」
レスティさんはそう言ってサファイアを優しく撫でた。
呪いの解除はなんとか成功したようで、連絡を受けた俺達はひと安心しながらレスティさんのいる俺の部屋へ戻った。そしてレスティさんはサファイアが少し欠けたと言って見せてくれたのだが、綺麗に輝くように形を加工されているこのサファイアのどこが欠けたのかなんて、全くわからなかった。
「儀式に使われるとおっしゃってましたよね?
少し欠けてしまいましたが呪いは解除できましたし、
サファイアという性質は変わらないままですから、儀式には問題なく使えると思いますよ」
「本当ですかっ!ありがとうございますっ!」
安心したルゼルは嬉しさを込めて感謝の言葉を伝える。
レスティさんはにっこりと優しい笑みを見せた。
「いえいえ、いいんですよ。ルロクスの顔も見れたことですし。」
と言いながら紙とペンを取り出し、何やら記入を始める。
そして記入した紙をこちらに見せて言った。
「安くしておきましたよ?」
見せた金額は俺達が考えている以上のものだった…