<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第七章 サラセンの隠された場所



第十二話 スオミの町の解除師



呪いの解除が出来る人としてキュイーブルさんが連れてきたのは、スオミの町で薬屋を営んでいるおばあさん、レスティさんだった。
「本当はこういう所に一般の人をいれちゃいけないからねぇ。
でもその呪いだとうろうろするのもややこしそうだったし。
この闇マーケットを知っていてなおかつ呪いの解除が出来る人を探すってなると、
この人しかいなかったんだよ」
そう言われたレスティさんはこくりと首を縦に振る。
…スオミの薬屋、レスティさん。キュイーブルさんの今言った発言だと、普通にお店を営んでいるおばあさんがこの闇マーケットの存在を知っていたってことになるわけなんだけど…
レスティさんはふうっと一つ、ため息を付いた。
「キュイーブルさんの頼みだけじゃあ、来るつもりなんかありませんでしたよ。
ルロクス、貴方がいると聞いたから来たのです」
レスティさんは言うとルロクスだけを見つめ、こう言った。
「呪いは解いて差し上げましょう。でも交換条件があります」
「レスティばあちゃん?」
「ルロクスはスオミに帰るのです。ちゃんと学校に通わなければ」
「ばあちゃん!」
淡々と言うレスティに、ルロクスが声を荒げる。
そんな条件を言われるとは思ってみなかった俺達は顔を見合わせた。
キュイーブルさんを見ると、肩をすくめている。
「ばあちゃん、オレは自分の意思で旅してるんだよ。
この二人に連れ回されてるわけじゃないんだって、この前、
帰った時にも言ったろ?!」
「いいえ、その方々にも責任はありますよ?
まだ成人もしていない、しかも学生だと知っていてなお、旅の仲間として連れているじゃありませんか」
「ジルコンもルゼルも成人してねぇよっ!」
声をさらに強くする。
…歳は17だけどサラセンの成人は15からだから、一応成人はしてるんだよな〜俺。
そんな話をするとややこしくなるから黙っておくけど。
ルロクスはぶんぶんと首を横に振ってこう言った。
「オレはそんな交換条件、認めねーっ!」
「この条件は変えません。イリフィアーナのためにも」
「イ…イリィはこの旅のことは了承済みだよ!」
「イリフィアーナは貴方を引き取った。
その大変さを貴方がわからないわけが無いでしょう?」
「それは…そうだけど…」
「ならイリフィアーナの側に居なさい。」
「正論…だな」
話を聞いていたキュイーブルさんがぼそりと呟くように言った。
「学生なら学校を休学してまで旅をする必要は無いな。」
それを聞いてレスティさんはうんうんと満足そうに首を縦に振る。
正論すぎてルロクスを助けてやる言葉が出ない。ルゼルも同じようで黙ったまま悩んでいる。
「…オレはヤだからな…夢…諦めたくねーもん…」
「夢?どんな夢なのです?」
「それは……」
レスティさんに問われ、ルロクスはそこから口を閉ざした。
夢…ルロクスが俺に話してくれたあの目標のことだろう。あの時、その目標があるからまだ旅を続けたいんだと俺に話してくれた。そのルロクスの気持ちを知っている。
…こんな風になるんならいっそ…!
「レスティさん、今回の呪い解除の件、なかったことにしてください。
キュイーブルさん、連れてきて頂いたのに本当に申し訳ないのですが、
俺達で呪い解除出来そうな人を探してみます。」
「ジルコン…」
「ジルさん」
俺の言葉に驚くルロクスとルゼル。
交換条件でルロクスを無理矢理故郷へ帰すだなんて、俺は望まない。
「いい…のかよ…?」
「何もレスティさんだけが解除出来るってわけじゃないんだろうし、
捜しながらでも旅は出来るさ」
ちょっと危険な気もするけど。
おずおずと聞くルロクスに俺はそう言って笑いかけた。
するとルロクスはレスティさんからサファイアを奪い取るように手にすると、自分のバックに突っ込んだ。
「じゃあこのサファイア、俺が持っとくぜ。
そうと決まれば早く他の町に行かねぇと。
あ、まず上のサラセンで解除出来そーな人探してみる?」
ルロクスが張り切った声で話していると、レスティさんが慌て出す。
「ルロクスっ!呪いを甘く見てはいけませんよ!
その呪いで命を落とすことだって―――」
「この呪い、解いてくれねーの、ばあちゃんじゃんか。」
「その呪いでもしものことがあったら…」
「そんなことがあったらばあちゃんが呪い解いてくれなかったせーだよなー」
棒読み口調で言う。そして俺とルゼルに向かって言う。
「オレにもしものことがあったらイリィに言ってくれよ?
レスティばあちゃんが呪いを解いてくれなかったがために―――」
「ルロクス…わかりましたよ。
交換条件はやめにします。」
レスティさんは眉をしかめて言う。しぶしぶだった。
「解いて差し上げましょう。ただし、ちゃんとお金はもらいますからね?」
「やった!ばあちゃん、ありがとう!」
ころっと態度を変えてルロクスはレスティさんに駆け寄ると両手を掴んでぶんぶんと振っている。
そして早速とばかりにバックからサファイアの入った箱を取り出して手渡した。それを見て苦笑いをしながらレスティさんは受け取ったのだった。