<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第七章 サラセンの隠された場所



第十話 呪いの効果範囲



「なぁ〜、呪いってさ、やっぱり“金が手に入る”ってやつなのかな」
「ジルさんの様子を見ているとそうかなって思うけど、
それだけってわけじゃないとも思うんだけどねぇ?
ジルさん、道すがらなんとなく人にぶつかられてるし。
呪いって言うくらいなんだから悪い付加が多いはずだろうし」
ルゼルはルロクスの言葉を否定してそう言った。
俺達はどこかの富豪に呼ばれたキュイーブルさんの警護として、ある部屋に付いて来ていた。
だが、富豪に『二人きりで話をしたい』と言われたため、俺達は廊下での待機を命じられたのだ。
『ただのお茶会』とは言っていたけど、なんかそんな風には見えなかったぞ…?
まるで秘密の話をしたいみたいなそんな感じが…
って、あまり深く考えないでおこう。
そんなわけで暇を持て余している状態なので、こうして廊下で立ちながら小声で話をしたりしているのだが、俺が持っているサファイアを見ながらルロクスが今さっきのことを言い出したのだ。
…このサファイアがなぁ…
そう思っていると、横に立っていたルロクスが唸りながらこう提案してきた。
「ん〜…じゃあ、これの持ち主を替えてみるとかしたら、どうなるんだろ」
「持ち主を…替える?」
「そ。徐々に呪いが強くなるんなら、危ない状態になる前にさぁー。
例えばジルコンからルゼルへ持ち主移動させたら、呪いも一から発動!ってなって、
危ないのも回避出来たりとかなんねーかな?」
「路銀が貯まったら持ち主移動かぁ…いいですねぇ」
ルゼルがその話に凄い食い付いているような…
俺もそんな風ならと思ってはみたが、慌てて二人の意見を否定した。
だって、だ。
「二人とも、良く考えるんだ。
ライターラインさんはこの呪いで亡くなったのかもしれないんだぞ?
今は運の悪さが軽いけど、いつ大きな怪我とかになるかわからないんだからな?」
「でも、試してみてもいいじゃん。
やってみようぜ?」
止めるのも聞かず、ルロクスが俺の鞄から再びサファイアを取り出す。
それをルゼルに渡して、『今からルゼルが持ち主だかんな?』と、サファイアに向かって言い聞かせるように言った。
「でも、すぐに運の悪さが一からってなってるかどうかってどう見れば?」
「う〜ん…
サファイアを持っててお金が手に入りだしたのは、
落ちていた銅貨につまづいた時くらいしか思いつかないし、
一からの基準はそんなものだとは思うんだけど」
ルゼルの問いに答えてはみたが、ルゼルの言う通り、基準が分かりづらいのは確かだ。
「それに、運の悪さがすぐに出るなんてことないだろうし―――」
言いかけたルゼルが止まる。
大きな花瓶を載せた台車が真横を通り過ぎていくのだが…
その花瓶がぐらりと揺れて―――ばしゃん!
「あぁあぁっ!申し訳ありませんっ!!」
膝の辺りに水をかぶってしまったのだ。当然来ている服は濡れるわけで…
呆然としている俺達にぺこぺこ謝っている花運びの男性。
どうしたんだとばかりにくる廊下護衛の男。
その男が勢い余ってルゼルの足を踏んだようで…謝る人員が二名に増えた。
「これ…確実に一からじゃないよな…」
「だな…やっぱりそうは上手く行かないってわけかぁ」
至極残念そうに言っているのを見て、ルゼルが心底困ったようにこう言った。
「なんかこのサファイア、持っていちゃいけない気がしてきました…」
ぼそりとルゼルが呟いた後、謝り続けている男性二人に『気にしないで下さい』と言いながら、自分のカバンから布を取り出して濡れた場所を拭いている。
そこへ差し出されるグロッドの袋二つ…
「やっぱりこれ、どうにかしなきゃいけませんよね…」
「だな…」
俺とルゼルが悩みながら言うのを見て、ルロクスは貰った袋を見ながら苦笑いをしていた。


「ルロクスくんの思惑は外れ、呪いの状態は変わらず継続中。
しかも呪いは強くなってきている。で、この呪いを解きたいと?」
富豪とのお茶会が終わってすぐに、キュイーブルさんに状況を説明しながら部屋に戻ってきた。
ずっと黙って聞いていたキュイーブルさんが椅子に座り、そう言って俺達に問いかけた。
「はい…これじゃあ危なくて持って移動も出来ませんし、託す人にも影響が…」
「ごめんな…そんなに難儀なアイテムだと思わなかったよ…
でも、託す人って?誰かに渡すのかい?」
「あ、はい、ルセルって言って、僕の兄代わりの人です。ミルレスの森に―――」
「あ。もしかしてその人………
ルゼルには悪いけど、その聖職者さんっていい噂聞いたことないんだけど…
頼って大丈夫なのかい?」
結構ルセルさん、知られてるんだ…キュイーブルさんが至極心配そうにルゼルに言う。
そんな風に言われる予想はついていたんだろうか、ルゼルはにっこりと笑ってこう言う。
「僕とセルカを助けてくれた人なんです。
その後も僕が魔術師になるためにいろいろしてくれた、本当に良い人なんです。
それに、セルカを一番元に戻したいのはルセルでしょうから」
その微笑が少し寂しそうなのに気づいて、キュイーブルさんは『すまない、言い過ぎた』と謝る。
ふるふると首を横に振ってからルゼルが言う。
「呪い…解く方法、知りませんか?」
「ん〜僕はそういった研究したことないからねぇ。
呪いを付加することは簡単でも、解除するのは難しいことだから。
…探そうか?解除出来る人」
「すみません…」
キュイーブルさんは笑って『気にしないで』と言い、知り合いにウィスしてみるよと心良く承諾してくれたのだった。


「ルゼルはいねぇよ〜?」
とりあえず解散ということで各々の部屋に帰った後、少し今後のことでも話そうかとルゼルの部屋に向かった。
ノックをしても返事がない。
居ないのかともう一度ノックをしようとした時、そう声がかかったのだ。
振り返って見ればルロクスがそこにいた。
「ルゼルはキュイーブルと一緒にどこかデートしに行ったよ」
「で、でーと?」
「好きなやつと一緒に散歩とか行くことを“デート”って言うらしいぜ。
さっきの二人を表現するならぴったりの言葉だったからさぁ。」
「そ、そっか」
俺がそう呟く言葉を聞いて、ルロクスは何か言いたげに俺を見たが、少ししてはぁっとため息をついた。
「んじゃオレ、ちょこっとうろうろしてくる。
ジルコンは気をつけてな?石の持ち主なんだし」
まだ呪いは続いたままだ。
俺は去っていくルロクスを見送りながら、『やることがなくなったなぁ…』と内心途方に暮れていた。


出歩かず、動かなければ災厄は防げる、かと思いきや、そう世の中上手く行かないものである。
なにかの手違いだとかなんだかんだ言って、お詫びの品が手元に届けられていた。
ほとんどが昨日ぶつかった人たちの気持ちとのことなのだが…
ちらりと見れば、俺が修道士ということもあってか、肩当てやらブレスレットやらが入っている。
そんな、気にしなくてもいいのに…
ちゃんと災厄の部分も伴って付いてくるわけで、品物を渡しに来た人に足を踏まれたり、運んでいる箱の角が身体に当たったりだとか。
どこにいても同じってことのようだ。
幸い、目に見えて災厄の規模は大きくなってないようだ。
じっとしているのも、もう限界ではあるんだが…
「この呪い…解いてくれ…」
本当に誰かに持ち主を渡そうかと思うくらいだった。