「ルゼルさんは、ジルコンさんと恋人なんですか?」
「え…?」
就寝前、僕―――ルゼルはイリフィアーナさんの部屋に布団を借りて寝ようかとしていたときだった。
思わず持っていた枕を抱きしめてしまう。
「変なこと聞いてごめんなさい。
でも会った時からお二人で旅していらっしゃったようですし、
ルゼルさんは女性だとお聞きしましたし、そうなのかなと思ったの」
「いえ…僕ずっとジルさんにも女だというのは隠していたので…」
「ジルコンさんにもだったのですか。
ルロクスからの手紙で読みましたわ。ずっと言えずにお辛かったでしょう?
日常の生活も隠すのが大変だったでしょうねぇ」
イリフィアーナさんが僕を見て優しく、にっこりと笑いながら言った。
…今までこんなに普通の話のように言ってくれたのは初めてだった。
だから気兼なくイリフィアーナさんに旅での苦労話をどんどんしてしまっていた。
気が付いたときにはイリフィアーナさんが聞き役になってしまっていたのだ。
「…っあ…すみません僕ばかり話をしちゃって…」
「いいえ?ルロクスとの旅が楽しいもののようで本当によかったなぁって思ってるんですよ?」
「イリフィアーナさん…」
「ルロクスが成長するためには旅に出してあげるべきだって、
ずっと思っていたの。
だからルロクスが貴女方についていくって言ったことも許しました。
ルロクスも本気でついていかなきゃいけないって思ったんでしょうね。
あんなに本気な顔を見たのは初めてだったわ。でも、ちょっと早かったかしら。
学校の課程も終了していないのにね」
優しい微笑みを見せてイリフィアーナさんは笑った。
「正直ね、私が傍にいなくちゃって気持ちが今もあるわ。
ちゃんと傍にいて見守らなきゃって。でもそれではあの子のためにはならない。
私の傍にいたら成長しないって思ったの」
僕は相槌をついた。
イリフィアーナさんは本当にルロクスのことを大切にしているんだなってつくづく思う。
イリフィアーナさんとこんなにちゃんと話すことも初めてだけど、ゆったりとした優しさに自分の心まで柔らかくなっていくみたいだ。
僕もイリフィアーナさんみたいに優しくなれたらいいのに…
「ルゼルさん?」
感情が表に出たらしく、それに気付いたイリフィアーナさんがそっと名前を呼ぶ。
僕は些細なことで心配を掛けまいと笑って見せた。
「何でもありませんよ。ただ、きょうだいっていいなぁって。」
「ルロクスからの手紙によれば、歳は離れていなくてもセルカさんとはきょうだいのような関係だとか。
ルセルという方は貴女の事を本当のきょうだいのように接してくれてるとか。
違いました?」
「そ、そうなんですけどっ!セルカはやさしいんですけど、ルセルが…」
「ルセルという方は確か…あまり本音をズバリ言う方ではない、恥ずかしがりやさんなんだとか。」
ルロクス…本当にいろいろ手紙に書いてるんだなぁ…
ルロクスの前で何かドジをしたらそのまま手紙に書かれちゃいそうだ…気をつけよう…
「皆さんとの旅、ルロクスも楽しく有意義だといつも手紙から伝わってくるんです。
お二人に会えて本当によかったですわ。」
「いえそんな、恐縮ですっ」
僕はぱたぱたと手を振って答えた。
そんな時に−−−
コンコン
「イリィ!いいか〜?はいるよ?」
ルロクスが楽しそうな声でノックをしたのだった。
「イリィ、行ってくるな」
「行ってらっしゃい。
ちゃんとお二人にご迷惑かけちゃ駄目よ?」
「…わかったよ」
スオミの町を発つ日の朝。
イリフィアーナさんにそう言われ、ルロクスはぷぅっとふてくされた顔で答えた。
そしてイリフィアーナさんは俺とルゼルに向き直る。
「ジルコンさん、ルゼルさん、ルロクスを見守ってやってください。
よろしくお願いします。」
「はいっ、責任をもってお預かりします。」
「何だかオレ、すんごい子供みたいじゃんか」
やり取りを聞いていたルロクスがげんなりとした顔を見せる。
それを見てルゼルがくすくすと笑った。
「では、行ってきます」
「宿、ありがとうございました」
俺とルゼルが言い、歩き出すと、ルロクスはその後を付いて来ながら振り向き、言った。
「イリィ、ひとりでも気をつけてなっ!オレ手紙書くからっ!」
ルロクスの声を聞いて、イリフィアーナさんはにっこりと微笑いながら優しく手を振った。
その後、ルロクスは振り向くことはなく、少し早足で歩き出した。
どんどんと俺とルゼルを置いて先に行ってしまう。
「ルロクスっ、早いってっ」
「ちょっと待ってよっ」
俺とルゼルはずんずん行ってしまうルロクスを追いながら、スオミの町の出口である門に向かって走っていったのだった。
第六章 スオミで待つ人 完。
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