<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第六章 スオミで待つ人



第三話 少しの痛みを



「本当に嬉しいわ」
イリフィアーナさんの豪勢な手料理を見て俺とルゼルは驚きながら食べた後、イリフィアーナさんは嬉しそうに俺たちに向かって言った。
「学校では仲のいい子がいるって聞いてるんだけど、
一度もうちに連れてこないから心配だったの。
ジルコンさんたちとも仲良くやってるのかしらって。」
「どういう心配してたんだよ・・・」
イリフィアーナさんの話にルロクスが嫌そうな顔をした。
「学校で友達がいないわけじゃないし。
連れてくるといろいろ茶化されるんだよ・・・だから連れてこないんだよ」
『一応本当の姉じゃないって言ってるし』と包み隠さずに友達にイリフィアーナさんのことを話しているとルロクスが言う。
「じゃあ今度連れてきてね?」
「なにが“じゃあ”なんだよ・・・
やだったらやだ。」
イリフィアーナさんの発言にルロクスがぶんぶんと顔を振って嫌がる。
「仲いいんですねぇ」
「だなぁ」
俺とルゼルがのんびりとその光景を見て、自然と微笑んでいる自分たちに気づく。
ミルレスのルセルさんの家で十分休息しているつもりでいても、どこか気が張ってしまっていたんだろうか。
ルロクスのことを言える立場じゃないのかもしれないと、俺は内心苦笑いをしてしまった。


ご飯を食べてゆっくりお茶を飲みながら、風呂の順番待ちをしている時だった。
ルロクスは俺に問いかけてきたのだ。
「ジルコンって武器持たずに旅してるよな?」
ちょっとだけ不思議そうに俺の手を見ながら言う。
思わず自分の手を握りながら答えた。
「あぁ、師匠から言われてね。
“武器持つなんて10年早い”ってさ。
そう言えば、武器を持って戦ったことないな」
問われて初めて気が付く。
今まで俺は武器を持って戦うってことはしなかった。
師匠の教えと“その方が自分の強さがよくわかる”ということから、ずっと持つことなく戦ってきていた。
ま、まぁそれもあって敵に囲まれると逃げなきゃいけなくなるんだけど。
「そうなんですよね、不思議に思ってました。
今まで会った修道士の方で武器を持ってない方いらっしゃいませんでしたし。」
「ルゼルの出会ったっていう人は傭兵だろう?俺はまだ修行中だから」
『強くなんかないしね』と俺が笑いながら言うと、『そんなことないです』と否定の言葉が返ってきた。
そしてルロクスを見やる。
「ルロクスも、すぐに僕よりいっぱいのスキルやスペルを覚えて、
強くなっちゃうだろうなって思うよ。
実践は、旅でいっぱい覚えれるから」
「とはいえ、本当の旅はもっとゆっくりしたものなんだけどな。
傭兵をしながら旅っていうのはよっぽどの理由がないとしないだろうし」
俺が言うとルゼルは苦笑いで首を縦に振る。
俺は話を続けた。
「今は目的があるから仕方ないさ。旅は思ったより大変だろ?
イリフィアーナさんのこととか心配だろうし」
「ま、まぁな」
「それに危険が多いしな。
モンスターはもちろん、野盗にも気をつけないとな。
旅はそういった怖いものなんだ。」
「だからちゃんと力をつけてないと。
僕らと一緒だとあまり感じないかもしれないけど、
危険がいっぱいなんだよ?」
「そっか・・・ちから・・・かぁ」
ルロクスが考え込む。
そして俺たちを見やって言う。
「力がないと、旅はしないほうがいいってことか?」
「そりゃあ無いよりは、な・・・
俺も無いようなもんだから、人の事言える状態じゃないけど。」
「僕だってジルさんに迷惑かけっぱなしですしね」
言って俺とルゼルが笑う。
すると何故かルロクスは困った顔をしていた。
そして何も言わなくなってしまった。
…どうしたんだろ?
「ルロク―――」
「やっぱりオレって・・・」
俺が声をかけようと名前を口に出した時、ルロクスはそう言って俺達を見た。
その顔は―――
「ちょっ、ルロクスっ!」
俺達からの言葉を待たずにルロクスは席を立ち、そのまま部屋の方へ入って行ってしまう。
「ど…どうしたんでしょう…?」
泣きそうな顔をするなんて思ってもみなかった俺とルゼルは、顔を見合わせるしかなかった。