<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第六章 スオミで待つ人



第一話 故郷



「スオミに寄ろうかって思うんだけど、どうかな?」
「そうですね。その方が息抜きになるかも。」
この頃、ルロクスがぴりぴりしている時があるってことは、ルゼルも分かっていた。
だから俺の言葉にルゼルはすぐ賛成してくれた。
セルカさんを元に戻すための石。
それを見つけるために旅をしている俺達だが、その石の手がかりがスオミに無い今、無駄足を踏むなとルロクスに怒られそうなのだ・・・
早く見つけて早く元に戻してあげたい。
みんな同じ気持ちだが、焦っては事を仕損じるとも言うし。
「内緒でってことなら、ウィザードゲートで一気に飛んじゃいましょうねっ」
ルロクスには、スオミに行くことを内緒にして驚かせてみようと思ってのこと。
『どんな顔をするかちょっと楽しみです』そう言って笑ったルゼルが、スオミ行きを一番楽しみにしているようだった。


「・・・なんで・・・?」
ウィザードゲートで町に着き、ルロクスが最初に口に出した言葉はコレだった。
マイソシア大陸の南西の端。
地面を水が流れているが、魔法の力によって水の上を歩ける大地。
水を自由自在に扱うことができた古代魔術師たちの子孫が今も住むこの町。
神と人間が交信できる唯一の場所として神聖視され、通常では考えられないような神秘的な事象が、当たり前のように起きている、そんな都市。
スオミの町。ルロクスの故郷。
石の情報を今まで探しているが、スオミの町は全く話題に上ったことの無い場所だったために、ルロクスにとっては訪れるつもりが全くなかったのだ。なぜここに着たのかと問いかけてもおかしくは無い。
俺達が明確な答えを出さないで居ると、ルロクスは再度俺達に問いかけた。
「なんでここなのさ・・・石の情報あったっけ・・・?」
明らかに訝しんでいるルロクス。
なんか怒ってるみたいな・・・悲しんでるような・・・
「おまえら・・・もしかしてオレの事・・・」
「あら?ルロクス。帰ってきたのね」
びくん!
その声にルロクスは思わずびくつき、体を硬直させた。
丁度ルロクスは後ろ向きになってて見えないが、俺達はその人の顔を見てあっと声を出していた。
「皆さん、お久しぶりですね〜お元気にしてらっしゃいましたか?」
そこにはルロクスがとても大切にしている人、イリフィアーナさんが立っていたのだった。


「お帰りなさい。」
「ただいま」
イリフィアーナさんはにっこりと笑みを浮かべ、ルロクスは少し照れくさそうに笑った。
スオミの町に来てばったり出会ったイリフィアーナさん。ちょうど買い物に出かけるようだったのだが、イリフィアーナさんは喜んで俺たちを自分の家まで招待したのだ。
この町に着た理由もイリフィアーナさんが目的だったわけで、ちょうどよかったと思いながらルゼルを見やると、ルゼルもそう思っていたのかにっこりと俺に笑いかけてくれた。
そして家に着いた俺たちに、イリフィアーナさんはお茶をご馳走してくれたのだった。
落ち着いたところで、イリフィアーナさんが俺たちに話しかける。
「ジルコンさん、ルゼルさん、お二人にはルロクスが迷惑かけて…ごめんなさい。」
「迷惑なんか、かけてねぇよ…」
イリフィアーナさんの決めつけた物言いに、ルロクスは呆れながら反論した。
・・・その声は小さかったが。
いつものルロクスならすぱぁんと言うようなものだか、やっぱりイリフィアーナさんには敵わないんだろう。
そしてイリフィアーナさんはルロクスのことは気にせず、話を続けていた。
「色々な町に連れて行っていただいてるようで。
本当に感謝しておりますわ。姉代わりの私からお礼を言わせてください。
ありがとうございます」
深々と頭を下げるイリフィアーナさんに俺とルゼルは慌てて顔を上げてくれるように言った。
「ルロクスが居てくれて心強いです。
大変な目にも合わせちゃってるのに・・・
僕の方からお礼を言いたいくらいです」
「大変な目ですか?
お二人のお役に立っているようでしたら、
もっと合わせてもらって構いませんわ」
「イリィ・・・」
「だってそうでしょう?あなたはまだまだ未熟です。」
ルロクスがげんなりした顔をしているのを無視するような形で、言いながらイリフィアーナさんは人数分のカップを用意した。ポットからあ
たたかいお茶が注がれていく。
お茶にはうるさいルセルさんのお陰で、俺もこの頃はお茶の香りというものが分かるようになってきた。この香りはジャスミンと言う花の香りだ。
ほのかに匂う、柔らかなその香りは、匂いだけでのんびりとした気分にさせてくれる。
どうぞと俺達にお茶を振る舞ってくれるイリフィアーナさん。
俺、ルゼルと渡し、最後にルロクスに渡そうとした際に、イリフィアーナさんは顔をすっと近づけた。
「大丈夫?」
「な・・・なに・・・が?」
あまりにも近い距離にある顔に戸惑うルロクス。この状況で大丈夫と聞かれても、戸惑うだけだろう。
だがイリフィアーナさんはルロクスのことをちゃんとわかっていた。
「体調・・・というよりも気持ちのほうかしら?
あまりよくないように見えるわ?」
指摘されて驚きを隠せないルロクス。
イリフィアーナさんも気付いたのか・・・ルロクスの焦りを。
「なにか・・・あったの?」
「なにもないよ・・・なにもないんだ・・・」
言って、顔ごと視線をそらした。
歯切れの悪い言い方にますます疑いが強くなったようで、イリフィアーナさんは眉をひそめてルロクスを見る。
その瞳に一層居辛くなったルロクス。
小さな声で『気にするなよ』と言った。
「オレだって悩むときはあるさ。でも・・・大丈夫だから」
ルロクスは俺とルゼルを見た。そして、言おうとしていた言葉を飲み込んでしまったようだ。
「今日は一日スオミにいるのでしょう?
お一人お一人に部屋はご用意できませんが、それでもよろしければお二人も泊まっていきますか?」
「あ・・・いや、
折角ルロクスが帰ってきたんだから、二人でゆっくりと―――」
と遠慮しながらふとルロクスを見て、後の言葉が言えなくなってしまった。
逆にルロクスが言う。
「二人も・・・泊まっていけよ。な?」
その言葉と瞳に何か重いものを感じて、俺はわかったと言わざる終えなかった。