<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第五章 サラセンの町の事件簿



第八話 捕まえるまでの時間を



道すがら、ばったり母さんに会った俺達は、誘われるままに家に招かれ、お茶をしていた。
そして身内だから良いかと言うことで調査の経過を話してたのだが。
「そうなの〜今日の夜ねぇ」
俺達の話を聞いて『怖いわ』と一言、口に出した母さんはルロクスにお茶を勧めた。勧められたルロクスが相槌を打ちながら話を続けている。
「そうなんだよ〜?
だから夜になるまで時間があるからどうしようかって思ってたけどな〜」
ルロクスの言葉に母さんは『ゆっくりしていきなさい』と微笑んで言う。
「もうそろそろお父さんも鍜治場から戻ってくるから」
「そっか」
昨日は父さんに顔すら見せられなかったけど、今日は話が出来そうだな。
別段、特別な話があるわけでは無かったけど、久々に父さんに会うし。
そんなことを話してると隣でルロクスが何やらこそこそっとルゼルに向かって小声で話しかけていた。
「ジルコンのおやじさんってどんな人なんだろな?」
「鍜治場って…武具を作ってる方なんです?」
ルゼルが問いかけるのと同じくして、部屋の扉がゆっくりと開いた。
噂をすればなんとやらだ。
「おかえりなさい」
母さんがにっこりと笑い、手早くお茶の準備に取り掛かる。
「お帰り、父さん。久しぶり」
俺は帰ってきた父さんに言うと、父さんは短く、『あぁ』と答えた。
「こんにちわ。ルゼルと言います。
お邪魔しております」
ルゼルは丁寧にも席を立ち、ぺこりとお辞儀までして挨拶をしている。ルロクスも釣られて挨拶をしている。
だが、父さんは何やらじっとルゼルを見ているのだ。
…どうかしたんだろうか―――
「お父さん、ルゼルさんは女の子ですよ?」
何故か母さんはそう指摘する。それに納得したらしい父さんは『そうか』と言った。
それを不思議に思わない訳がない。
ルゼルが不思議そうに母さんと父さん、そして俺へと視線を動かしていると、母さんはくすりと笑って父さんに目配せした。
父さんが口を開く。
「いや…昔、武器を直した客に似ていたんだ。すまない」
「え、あ、いえっ!気にしないでください!」
深々と謝っている父さんよりも、ルゼルの方が申し訳無さそうに手を振っている。それを見ながら母さんは『あら違ったわ?』と笑った。
「私はてっきり、ジルコンが女の子を連れてきたことに驚いてたのかと思ったわ?」
「か、母さんっ」
「あなたが女の子を連れているとは思いもしないもの。
お父さんなら驚くんじゃないかって思うじゃない?
でも歳ももう良い頃合いだし、連れてきてもおかしくはないわねぇ」
「母さんっ!」
俺が非難の声を上げると母さんは笑って続けた。
「でもジルコンにはコルノちゃんがいたわねぇ?」
「母さんっ!勝手に話を進めないでくれよ…コルノとルゼルに迷惑だろ?」
母さんがそんなことを言うもんだから俺は困りながら話をやめるよう言う。
こんなこと言われてルゼルは気を悪くしないかと見てみると、やっぱり気を悪くしたのか、うつ向き加減で紅茶をじっと見つめている。
「る、ルゼル…ごめんな母さんが変なこと…」
声を掛け辛い雰囲気だったけども、俺はおずおずと名前を呼んでみた。
声に反応してルゼルが笑ってみせる。
「ジルさんのお父様のお仕事は鍜治…とおっしゃったので
武具屋のガディさんかと思っちゃいましたけど、
他にも武器を直してる方はいらっしゃるんですね〜」
『修理の際にはよろしくお願いします』ルゼルはにこっと笑ったまま父さんに言った。
「オーブとかも欠けたりしたらジルコンの親父さんに頼めばいいんだ?」
「あ、あぁ、大きな傷はだめだったっけ?」
ルゼルの対応に違和感を感じたが、ルロクスが不思議そうに問いかけるから、俺が反応して父さんに聞いてみた。
父さんは頷いてみせる。
「へぇ〜…
後でよかったらでいいんだけど親父さんの仕事、見せてくれねぇかな?」
興味深々とばかりに聞いてくるルロクスを見て、父さんは少し嬉しそうな顔をちらりとだけ見せた。
この分だと、了解を得なくても父さんが自分から案内することだろう。
夜になるまで、有意義な時間が取れそうだ。


さて…なにしようかな…
ルゼルとルロクスの二人は俺の父さんの仕事を見に行ったため、俺は別行動になったわけだけど、なにかやるという目的もないわけで。
茶とらと俺との別行動をした際になぜか付きまとった、理由の無い不安というのは今もぬぐいきれて居ないことだし、俺も付いて行ければよかったんだが…なんか…恥ずかしいというか…
ということで結局俺は一人で行動することになり、今に至るのだ。
これから何をしようかといろいろ考えてはいたのだが、部屋の中でのんびりするのも何かもったいない気がしてくる。
「今まで旅をしてたし…鍛えた成果を確かめてみるか」
俺は台所にいたコルノに相手を頼もうかと声をかけると、コルノは嬉しそうに笑って承諾してくれた。
「でも私よりもお母さんが相手の方がいいんじゃ?」
「いや…しごいてもらいたくは…」
俺の答えにコルノは『じゃあお母さんに内緒ですね』と言いながら楽しそうに笑った。
「また旅に出るのに2、3日影響がでちゃうのは勘弁だよホントに…」
「そうですか…やっぱりこの後も旅に出ちゃうんですか…」
そう寂しそうに言うから、俺は一瞬言葉に詰まった。
だがコルノはにこっと笑うとこう言う。
「でも、しかたないですよね。強くなるための旅をしてるんだから」
「まぁ…ね」
この頃はばたばたとしてるだけで朝の鍛練以外で自己練習とかしてないんだよなぁ。
強い相手とはやりあっているけど、自分のふがいなさを痛感するだけだし、自分が強くなっているかは謎ではある。
「じゃあ、片付けが済んだら声をかけますから、待ってて下さいね」
「わかった。じゃあ道場の方にいるから。よろしくな」
声をかけてから俺は道場に向かったのだった。