<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第五章 サラセンの町の事件簿



第六話 依頼主



「ルゼルたち、大丈夫かなぁ・・・」
ルゼルはたぶん今までにー度はこのサラセンに来ているようだから町の中は把握しているはずだろうけど、初めて来て浮かれてしまったルロクスに振り回されてはいないだろうか・・・
いやそんなことはないよな・・・
久々に2人と離れての行動に何故か俺は落ち着かないでいた。
それは、行動を共にすることになった茶トラが不振に思って尋ねるほどだった。
「あんまり街中うろうろしたくないとか?」
「いや、そうじゃないんだ。なんかやな予感というか何というか・・・」
「犯人は近いってか?いいねえ〜」
茶トラは嬉しそうにそう言うと先導するように歩いた。
俺達はルゼルとルロクス、茶トラと俺と手分けして事件を追うことにした。
もしかしたら修道士組合の方に新しい事件の情報が入っていればと思い、修道士組合のある建物−−−ほとんど民家と変わりはないのだが、そこへ行くことにしたのだった。
だが、ルゼルとルロクスの二人と分かれてからなぜこんなに心が騒ぐんだろう・・・
本当、こんなに心配なのは何故だろう・・・
「早く快盗見つけて、報酬もらって、ゆっくり酒場のリト姉さんに・・・」
知った名に俺は『あぁ』と頷いた。
リタ姉は酒場でお給仕−−−ウェイトレスをしている女性の名だ。
俺が知っているのはたしか・・・
「旅好きな男性を好きになったとかで今でも待ってるとか。
その男性もよく帰って来てるらしくって、近々結婚するとかと聞きましたけど?」
「いいよねぇ一途でさぁ。お相手できたらなぁ」
「いや・・・だから結婚するって・・・」
「え〜」
え〜って・・・俺に不満の声あげられても・・・
どうにもこの茶とらはリト姉にご執心らしいが、明らかに報われない恋のような気が・・・
だが茶トラはさらに不満の声を上げながら考える仕草を見せて言う。
「怪盗がしっぽ出してくれればリト姉さんに会う時間増えるのに〜」
「怪盗…ねぇ…」
言われて思い出すルアスのあの日。豪邸の庭で真夜中のダンス。しかも無理矢理・・・
そんなことをさせた主は怪盗素敵仮面・・・。
こ、今回は違う、よな・・・?派手じゃないし。
「ジルコ〜ン?こっちだぜ〜?」
考え込んでしまった俺は茶トラが呼ぶ声で我に返った。
距離が離れてしまっていた茶トラの元へ走る。
「少しは手がかり、増えてるだろうさ」
気楽に言った茶トラの言葉に、俺は軽く頷いて見せた。


立派なものだった。
何が立派かと言えば、修道士協会の建物のことだ。
民家ではなく豪邸。しかも背の高い建物だ。
何階まであるんだろう。五、六階はあるだろうか…
ルケシオンの盗賊ギルド―――盗賊協会はたしかにこれくらいの規模だったけど、盗賊専用の宿泊施設として利用してるとヤガンさんは言っていた。
この修道士協会もそういう風に使えるんだろうか。白い壁が真新しさを物語っている。
「前って…民家じゃなかったっけ…?」
俺の呟きに茶トラは“まあな〜”と軽く答えた。
「前は協会って帝国の方からあんまり金が出なかったらしいけど、
ここ最近、給付金の額が上がったらしくって、こんなのが建てれたってワケ。」
「詳しいなぁ」
俺が関心していると、茶トラはにかっと笑って、
「こういうのは知っとかないと。」
と言われた。
そして声をひそめて続ける。
「どうやら、他の職の協会も給付金は上がったらしいぜ。
それだけじゃなく、強いレベル層の名前一覧を作れって話も言われてるらしい。」
「一覧って…人の管理とかですかねぇ」
「というよりも武力増強じゃねぇの?アスク帝国はどこと戦いしたいんだかねー」
呆れ気味に茶トラは言った。そして協会の扉の前にいた人に話しかけている。
もしかして今茶トラが話しかけてるあの修道士の人、門番なのか…話が終わったらしい。
茶トラはちょいちょいと俺に来るように手招きした。
「俺、魔術師だから普通では入らせてもらえねーんだ。
だから門番に話しかけておかないとなー」
「なるほど…」
門番の横を通り、扉をあけて中に入ると、大きな玄関。そして右側に階段と受付らしき場所があった。
茶トラは迷わずその受付のところまで早足で歩いていく。
黒い帽子を取った後、軽く会釈をしてそこにいた女性に話しかけた。
即、話は通ったらしい。俺がその場所にたどり着いたときには、受付の女性はwisの機械を使ってなにやらやりとりをしていた。
「丁度、俺の雇い主がいるらしいから、連絡つけてくれるってさ」
wisが終わったのを見届けるともう一度、茶トラは女性に向かって会釈をしてみせた。
そして、たったと優雅に横の階段を登って行くものだから、やりとりに見とれていた俺は遅れて駆け寄ると、茶トラに続いて階段を登っていった。


その部屋は執務を行う部屋とすぐわかるような作りをしていた。
落ち着いた木の壁。大きな机と椅子に、歓談用なんだろうか、ソファと低いテーブルがあった。
「失礼します。今日は経過報告と状況整理に参りました」
「ご苦労様」
後ろを向いて窓の外を見ていた部屋の主は、ゆっくりと振り向いた。かっしりとした体つきをしたその男性は俺を一瞥する。
落ち着いた色の金髪。でも髪の色とは打って変わって、その人の印象は鋭いものだった。
「きみは?」
問われて一瞬言葉に詰まる。
威厳というよりも気迫…なにか重いようなものが俺へと向けられたのだ。
「え…と…わ、私は茶トラさんの手伝いをすることになった
ジルコン・F・ナインテールといいます。」
俺は少しびくつきながら言うと、男性は目つきをさらに鋭くさせて言った。
「雇い主に許可なく人を増やした、というわけか?」
茶トラにではなく、俺を睨みつける。だがその表情もすぐに崩れた。
そしてなぜだか笑い出す男性。
え…?なにかあったのか…?
俺が目を白黒させていると男性は“いや、すまない”と言いながら手を差し出してきたのだ。
「君があんまり怯えてるから、からかってしまったよ。
私はワイヤレス。むか〜しむかしに会ってるんだけどな?」
「え??」
「なんだ。やっぱり知り合いだったのか」
横で事の成り行きを見ていた茶トラが、やっぱりかと言った顔でそう言った。
「『人手が足らないようなら人を募りなさい、後で報告すればいいから』
って言ったはずなのに、あんな言い掛かりみたいなこというし。
変だと思ったぜ」
「茶トラくんにも悪いことをしたね。でも、久々にトリスの弟子に会ったから、カラカイたくなってね」
「師匠のこと、知ってるんですか?」
すると、ワイヤレスさんは“う〜ん”と笑い、困っている顔をしながら言葉を探しているようだった。
そして良い言葉を探し当てたらしい。にっこりと笑ってこう言ったのだ。
「道場破り。」
「へ?」
「いや、トリスとの出会いはね、俺がトリスに勝負を挑みに行ったときなんだよ。
結構有名なんだよ?君の師匠は。」
「じゃあ…貴方も修道士?」
ワイヤレスさんはこくりと頷いた。
「今はもう鈍ってしまってるがね。
今はここで管理職をやらせてもらってるよ」
笑って言うワイヤレスさん。でもその顔がすっと曇った。
「ジルコンくんも知ってる通り、今回の事件は本当に腹立たしいよ。
結局今年の大会は見送りになってしまったから、協会としては何としても捕まえたいわけなんだ。
だが、大会が開かれないからと観光客は即帰ってしまったから
仕事を受けてくれる人も居なくてね。茶トラくんが受けてくれて大助かりさ。」
その話に違和感を覚えた俺は思わずこう問いかけていた。
「盗られた物が高価なものだったからって大会が開かれないのは・・・」
この建物を建てたからお金が無くなった、なんて言わないよな・・・?
眉をひそめていた俺を見て、ワイヤレスさんが苦笑いを見せて俺の考えを否定した。
「賞品の調達は出来るんだ。
修道士協会も面子ってものがあるから。
まぁ…立て直ししたあとだと言うのにまたぽんと高価な物出しているなんて知られたら、
ルアスから徴収されそうだ、というのもあるけどね」
ワイヤレスさんは笑っていいながらも困り気味だ。
「茶とらくん、ジルコンくん、
犯人を捕まえてくれるように願ってる。頼んだよ」
言って、ワイヤレスさんは俺たちに頭を下げたのだった。