<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第五章 サラセンの町の事件簿



第三話 お師匠様



ルケシオン町にある盗賊ギルドのマスター、ヤガンさんが言っていたサラセンの武術大会。
その大会が出来ない事態に陥ったのだという。
「大会の賞品が、盗まれた・・・?」
話によると、このごろサラセンの町で盗難事件が多発していて、今回の大会で用意されていたものも被害にあったのだそうだ。
「で、これからどこへ?」
「師匠のとこ。顔を出しとかないとな」
ルロクスの問いかけに、俺は道の先を見ながら返事を返す。
それを聞いてルロクスは『そっか』と納得したようだった。
「ジルさんの師匠さんってことは、修道士の方ですよね?」
「あぁ、とっても強い人だよ。勝てたためしがない・・・」
「どんな人なんだ?ちょっと興味あるな〜
筋肉むきむき!の、目が釣りあがったようなやつだったら、
ジルコンの師匠だって言っても、会いたくないなぁ・・・」
俺の話を聞いて、ちょっと怖気ついたような様子で俺を見上げ見る。
俺は笑いながら手をぱたぱたと振って見せた。
「そんな師匠だったら有る意味納得できたかもしれないけどな。
師匠は女性だよ。」
『筋肉はあるかもだけど』と付け足すとルロクスは想像しきれなかったのか、う〜んと唸る。逆にそれを見てルゼルは楽しそうにくすくすと笑った。


「連れが出来てるとは思わなかったわ〜
迷惑かけてない?」
「なんでどこでもそう言われるんだ俺・・・」
師匠の家に着き、稽古の最中だったのに師匠は手を止め、大喜びで迎えてくれた。
で、さっきの言葉をルゼルとルロクスに言うんだから・・・
みんな、どういう目で俺を見てるんだか・・・
「私はトリスティン。トリスと呼んで。」
「俺の師匠なんだ」
にっこりと笑って師匠はあいさつをした。
師匠の家の居間。俺たちはお茶をご馳走になっていた。
師匠にお茶を出したことはあっても、出されたためしは無かった俺としては少し不思議な気分だ。
長い亜麻色の髪をポニーテールにして束ね、優しい微笑を浮かべて立っている女性。
服装は俺と同じく修道士のため、修道士の服を纏っている。
たしかビーストレザーとか言う服だっただろうか。
俺の着ている服より上の服である。
「オレはルロクス、こっちはルゼル。よろしくな〜」
ルロクスが軽く自己紹介をする。
それを聞いて師匠はぽんと拍手を打った。
どうしたんだ?
疑問に思っていると師匠がびしっと指差し、こう言った。
「二人とも、聖職者ね!」
「・・・。」
・・・相変わらずの師匠だった。
+●挿絵 5−3 し、師匠・・・●+
「師匠・・・弟子も増えたみたいなのに、こういうところは変わらないんですね・・・」
「どういうところよぅ?」
見たことの無い顔の弟子とさっきまで一緒に稽古をしてたところを見ると、また弟子が増えたんだろうとは思うが・・・やっぱりこの師匠はどこか抜けているというか・・・
そこでくすくすと小さな笑い声が聞こえる。
あ、この声。
「ジルコンさん、おかえりなさい」
「!コルノ、久しぶり」
声の主はオレの妹弟子である女の子、コルノだった。
修道士の町だからとはいえ、女性で修道士というのは少し珍しい。
どうしても職業がら、体格がしっかり、ゴツくなってしまうために、女性としては嫌なのかもしれない。
だが彼女は柔らかな体格と印象を持っていた。
昔から変わらない彼女。
少しほっとする。
そういえば師匠もそれほどゴツくはないか・・・
師匠と同じ亜麻色の髪を緩くみつあみにして束ね、シラットピアスという修道士の服を着ている彼女は、俺を見て嬉しそうに微笑んだ。
「元気そうでよかった。
誰にも連絡をしてなったみたいだから元気にしてるのかちょっと心配してました」
「あー・・・ごめん。ちょっと忙しかったもんで」
コルノが困った顔をしながら言うもんだから、俺はバツが悪くなって頭を掻いた。
その仕草を見ながらコルノは笑顔を見せ、ルゼルたちのほうを見てぺこりとお辞儀をする。
師匠がそれを見て、紹介し始める。
「この子はコルノ、ジルコンの妹弟子で、私の娘よ」
「ようこそいらっしゃいました。よろしくお願いします」
にっこりと笑うその笑顔に、二人も釣られて笑顔で会釈を返している。
「コルノ、今日は何がいいかしら?
サラセン名物のサボテンステーキとかいいかしら?それともかぼちゃのスープ?
ディド肉よりはノカン肉のほうがいいわよね?
このごろ売ってないから困っちゃうわぁ。
お酒も良い物、用意しなきゃ。
どこで買いましょーか?」
師匠がコルノと相談し始める。
そこでルゼルがつぃつぃっと俺の服を引っ張った。
「あの・・・いいんでしょうかご馳走になっちゃっても」
「気にしないでいいよ。師匠に遠慮は無駄だから。」
「は、はぁ」
あまりにも話が早く進んでいることに戸惑っているらしいルゼルは、本当にいいんだろうかといった顔をしていた。
それを見て思わず、俺は笑ってこう言った。
「師匠は言っても聞かない人だからさ。今日は観光はあきらめて、ありがたくお呼ばれしよう?」
「は、はい」
ルゼルが俺の顔を見てからにっこりと微笑む。
「ジルコン、今日はサボテンステーキよっ!」
「なんかこだわってますね師匠・・・」
なぜかサボテンステーキにこだわる師匠。そういえばサボテンステーキって名物とか言うけど、住民はめったに食べないんだよな。
やはり別の町から来た旅人にご馳走するってことが楽しいんだろうか。
そして師匠は、『あ、そういえばそうよね』と続けた。
「寝るところも用意しなきゃ。
一部屋空いてるところあるからあそこでいいかしら?ジルコンも今日はここに泊まる?それとも実家で?」
「そんなっ、寝るところまで用意して貰うなんて申し訳ないですよっ!」
寝る場所までとは思ってなかったルゼルが、慌てて師匠にそう言った。
でも師匠はにっこりとルゼルに笑いかけて言う。
「いいのよー、今日も天気がいいからお布団ふかふかだし」
「・・・理由が理由になってないような気がするんだけどさぁ?」
ルロクスの呟きに俺は一言、こう言っておく。
「気にするなルロクス。これが俺の師匠なんだよ」
「・・・そっか」
納得してくれてよかったよルロクス・・・。
昔っから全く変わっていない師匠の思考回路に、またちょっとほっとした気分になった。