<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第五章 サラセンの町の事件簿



第一話 里帰り



今日は天気がとても良かった。
気候だって、この前のルケシオンに比べたら断然過ごしやすい。
ただ、吹き抜ける風が少しだけ乾いていて、雨がそれほど降るような場所じゃないだけ。

そう、サラセンの町へ俺たちは向かっていた。
向かっていたんだが−−−
「なんだこいつら・・・」
ルロクスはまゆをゆがめ、目の前の人物たちを見やった。
俺たちの目の前には、暗い色の装束を着た男たちが三人、通路を塞ぐように立っていたのだ。
「こいつら、ルゼル目当て?」
「いや、普通に野盗だと思うけど」
「へー」
俺が言うと、ルロクスは物珍しそうに相手を見やる。
こんな状況ではあったが、俺たちは冷静だった。
今まで命からがらな出来事があった分、これくらいで動じるようなことが無くなっていたのだ。
そういえばルロクスが旅に出てから、野盗には出くわすことがなかったなぁ。
暗殺者にはいっぱい出くわしたけど。
「ルロクス、気を抜かないのっ!」
ルロクスだけが戦闘態勢に入らず、胸の前で腕を組んでいる。
完全に戦う気が無い状態。
でも俺も、無駄に戦う気は全く無い。
「ルゼル、走るぞ」
「え?」
逃げるなんて思っても居なかったルゼルは、俺の言葉に戸惑いを見せたが、俺が走り出したのを見ると慌てて追いかけてくる。
「にっげろ〜っ!」
ルロクスは楽しそうにそう言うと、一目散に走り出したのだった。


野盗に会った場所からサラセンの町まで、距離はさほど離れていなかった。
「あそこらへんは見覚えがあったから。
走ればすぐに町につけるって思ってさ」
「なるほど。そうだったんですか」
ルゼルは納得したとばかりに辺りを見回す。
サラセンの町は砂の町。
土は手入れしないと作物は育たない。
風が吹けば目に砂が入ることもある。
だからと言って、この町に住んでいる人は少ないわけではない。
作物や小物を売りに商売をする者が多く来ているのだ。
それ以外にも己の腕を試すような場所があるために、旅の兵も多くこの町を訪れていた。
「町に着いたらあいつら、いなくなったな」
『追いかけてこないのかー』と感心したようにルロクスが呟いた。
言葉通り、後方に男たちの姿もないし、追いかけてくる様子も無い。
まぁ当然だよな。
「町は統治されているからね。
町で問題を起こせば自警団とか騎士団とかが捕まえに掛かるから。」
ルロクスは『ほー』と言いながら俺の話を関心しながら聞いている。
「そっか、町の外ってモンスター以外も危険なんだなー」
「そうだよ?気をつけなきゃ」
ルゼルが優しく注意を促すよう話をしながらサラセンの門をくぐり、町の中へと入る俺たち。
久々の故郷に、俺は少しだけ晴れやかな気分になっていた。
本当ならもっと心身ともに成長してから戻ってくるつもりではあったんだけど。
『里帰りも兼ねて、ご両親に顔を見せてくればいいよ』
ルセルさんがそう言って笑っていたけど。
「顔を見せに行ったほうがいいかな」
武術大会のことも聞きたいし−−−と思っていると後方で大きな声が掛かった。
「あらっ!ジルコン君じゃないの〜っ?」
「ほんと!久しぶりじゃない!?」
見知ったおばさんに声を掛けられたのだ。
こんなすぐに会うなんて思ってもいなかった手前、一瞬戸惑ってしまったが、挨拶はしなきゃと俺はぺこりと頭を下げた。
「お二人とも、お久しぶりです」
そう俺が言うと、おばさんたちは楽しそうに俺を見て言った。
「背、高くなったわねぇ。立派になって」
「私、お母さん、呼んできてあげるわね」
この人達、お世話焼きで有名だったなと思い出しながら、俺はあはははと苦笑いを浮かべた。
折角来たんだから二人に観光をさせてあげようかと観光先を考えていたんだが、真っ先に俺の実家へ行かないと行けなくなりそうだ。
「ルロクス、観光は後回しになっちゃうかもしれないが、いいか?」
「いいぜ?帰ってきたんだし、先に顔見せたいって思うの、解るし」
「なんなら僕たち、別行動してましょうか?」
ルゼルが気遣ってそう提案したが、俺は首を横に振って見せた。
「武術大会のこと聞きだせると思うから、一緒に−−−」
言いながら道の先を見てみると、遠くでおばさんが俺の母親を連れてくる姿が見えた。