<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第五章 サラセンの町の事件簿



第十二話 赤く光る石



「一人で呑むより良いと思ってさー」
茶トラはそう言うとグラスに注がれていた酒を飲み干した。
「話ながらのお酒は楽しいですからねぇ」
俺は笑ってそう話を返した。
ルゼルも、ましてやルロクスも酒を好んで飲むという訳じゃないから、いつもなら夕御飯時に俺だけたまに一杯だけいただいたりするくらいだ。だからこう言った予想外の酒を飲める機会はうれしかったりする。
俺はつまみをひとつ頂戴してから酒を口につけた。
そこで茶トラが何やら言い難そうに問いかけてくる。
「なぁ、旅して歩いてるんだろ?ちょっと聞きたいんだけどさ」
「なんです?」
「俺さ、怪盗を追ってるんだよ。
で、今回の事件の犯人かもって思ったから頑張ったんだけど、違ったんだよなー。
だから何か怪盗の噂しらない?」
「か、怪盗…ですか…」
思い当たるのはあの人くらいなんだけど…
俺が思い描いている間に茶トラは話を進めていた。
「それが…ちょっと有名なやつで褒賞金もかかってるし、
もしかしたらジルコン達も追ってるかもしれないんだけどさ、
良かったら教えて欲しいんだよ」
「俺達は褒賞金目当てとかの旅をしてるわけでも、怪盗を追ってるわけでもないんで、
知ってることならお教えしますけど…
その有名な怪盗って?」
「聞いたことあるだろう?
素敵仮面って名前。」
…。
や…やっぱりか…俺は苦笑いを浮かべて茶トラに話した。
「一度、会ったことはありますけど…
いいようにしてやられたというか、なんと言うか…」
「仕事で?」
頷いて見せると、茶トラは『そうかぁ』とため息混じりに言った。
そこまで気を入れて追ってるなんて、何かあったのだろうか…
と見ていると、その視線に気付いた茶トラは自分の酒を見つめながら言った。
「あるところからの無期限依頼でさ、
素敵仮面から取り返して欲しいって言うのがあるんだ。
随分前に盗まれたやつなんだけど、思い出があるからってさ」
「取り戻してあげたいわけですね?」
「いや、破格の報酬だから。」
同情してのことかと思いきや、すっぱりと違うと言われた俺は、拍子抜けしてしまった。
「でさ、その仕事で出会ったのはどこだった?」
「る、ルアスで…」
「そっか…ネィスター家へ盗みに入ったって噂のときか…」
「!よく知ってますね」
「おう、ちゃんと情報は仕入れなきゃな」
「俺はそれ以外では素敵仮面と会ったことはないですし…
会いたくないですし…」
本音を言うと、茶トラは『そんなに嫌な相手だったんだ?』と疑問符を浮かべる。
…会えば分かる…ふざけたようなことしてるのに捕まえられないあの悔しさ…
というより虚しさ…
「どこかで会ったらウィスくれよ?
これ、ウィスの宛先。」
言って、自分の手帳から紙を千切ってさらさらと書くと、俺に手渡した。
「ウィスはルゼルが持ってるんで、また後で登録しておきますよ」
俺が言うと、茶トラは至極不思議そうな顔をして俺を見て言う。
「旅してるのに一人に一つ持ってないわけ?」
「…俺…必要なかったもんで…」
お金がなくて買えないとは恥ずかしくて言えなかった俺は、そう答えてはぐらかしておくことにする。
納得したのか、茶トラはそれ以上突っ込むことなく、その後は、とりとめない話をした。
旅での面白い話やらこの頃の情勢やらモンスターの話やら。
「な、旅の目的とか、なんかあるのか?」
茶トラがふと疑問にでも思ったのか、そう問いかける。
そして思い付いたらしい旅の目的を茶トラは、挙げていった。
「ルロクスの護衛とか?」
「いえ、ルロクスは俺達に付いて来てくれてるくらいで」
「じゃあ古代のアイテムを探してるとか?」
「いえ、古代のじゃなくてもなんでもいいんですけど…宝石を探してまして」
「?
ジュエルハンターってやつかぁ」
「じゅえるはんたー?」
「あぁ、古代の言葉で宝石を探し出して、
それを仕事にしているやつのことを言うんだってさ。
この頃、学者が詳しく解読出来るようになったとかで、
古代の言葉を使った張り紙やら、広告やら見かけるようになったぜ?
知らない?」
「へぇ…見る余裕なかったかもしれない…」
俺が呟くように言うと茶トラは『そんなに忙しかったんだ?』と問いかける。
俺は酒を飲みながら答えた。
「まぁ…前は人探しだったんですけどね。
今は宝石が必要になったから探してるんです。」
「金のため?」
「いや、宝石自体が必要で。集めてる宝石の種類も、大きさもあるから大変なんです」
「そうなんだ…質とかにはこだわらないんだ?」
「そこまでは問われてないんで、そこそこの質でいいと思います。
大きさについては親指の爪くらいが良いって言われてまして」
「そっか…言われてるってことはほんとに必要としてるのってジルコンじゃないのか」
言いながら何やらごそごそと自分の荷物を探っている。
そして小さな袋を取り出した。
「これ、追加の報酬。」
「え…?」
俺は何のことだか判らず、渡された袋を見た。
おずおずと開けてみると中には赤い石が一つ。
「なんか俺の依頼主がお前さんの師匠に話を聞いたらしいぜ?」
「し、師匠から?」
この石ってもしかして―――!?
「ルビーって必要な宝石の一つなんだろ?
質も上等だから申し分ないと思うんだけど。
まぁ闘技大会の商品よりは小さなルビーらしいけどな」
「あ、ありがとうございますっ!」
俺はそっと袋から石を取り出した。
薄暗い店内だというのにその石は紅く透明に光り輝いている。
まるで光を吸収するようなスペルでもかかってるかと思うくらいだ。
こんな高価な石を無くしてしまったら大変だと、俺はゆっくり丁寧に袋へ入れ直した。
「そのルビーの報酬は依頼主のワイヤレスさんの希望なんだよ。
逆にグロットの報酬少なかっただろ?」
「あ…」
それで合点がいった。
なるほど…だから少なかったのか…って…
「それでも仕事した分より多く貰っちゃってるような…」
「俺も予定より多めにもらったし、いいんじゃねぇ?
貰えるもんは貰っとくもんだって」
「じゃあ…遠慮なく」
闘技大会に出ないと無理だと思ってたものがこんなかたちで手に入れることが出来るとは…
「あんまり深く聞いたりはしないけどさ、
頑張れよ」
「素敵仮面探しも頑張って下さいね」
お互いのやるべき目的のために…。
でも、今日だけはのんびりとお酒を楽しむことにしたのだった。


「る、ルビー…」
師匠の家の居間で、俺は茶トラからの報酬だという旨を説明した。
そして報酬である現物を見せると、ルゼルは呆然とそう呟いた。
見せたのは赤い石、ルビー。
俺達が探している宝石の一つだ。
「よかったなルゼル」
ルロクスが嬉しそうにルゼルへと話しかけると、ルゼルは大きく首を縦に振った。
「嬉しいです…今回は駄目だとばかり…」
少し涙ぐんでルゼルは言った。
「ありがとうございます…ジルさんのお師匠様のお陰です」
本当に嬉しそうに言うものだから、何もしてないのにしたような気になってしまう。
集めたのはトパーズとエメラルド、そしてルビー。まだダイアモンドとオニキス、アメジストとサファイアが必要なのだ。
まだまだ先は長いといったところだ。
「次はどこいく?もうちょっとこの町にいるのか?」
師匠の家に泊まらせて貰っている今、
もう少し情報収集もしながらとも思ったが―――
「ルセルさん家に行ってから考えようか。」
「ルビーを持ったままだとちょっと怖いですもんね」
俺の話にルゼルは同意して言う。
「この調子だと石集めも意外と楽勝じゃねぇの?」
ルロクスが楽観視した発言をしたが、自分で訂正をしはじめる。
「あ〜いや、そっか、ダイアモンドが高価すぎるかぁ…」
「お金を貯めるか、同等品を手に入れて交渉するかしないと無理ですかねぇ…」
ルゼルもため息をついた。
「今回みたいに報酬が宝石、みたいな仕事探してみるか。
無いところで思案しても意味ないしな」
「だな〜」
俺の意見にルロクスが同意する。
「じゃあ、明日にでもミルレス方面に出発ですね」
ルゼルは言うと袋から取り出していたルビーをそっと見つめたのだった。



第五章 サラセンの町の事件簿 完。