<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第五章 サラセンの町の事件簿



第十話 犯人は・・・?!




「本当にくるのかなぁ」
ルゼルがひょこりと廊下に顔を出して言った。
ここはサラセンの宿屋。この町で一番利用客が多いのはここだ。
俺が知ってる中でも一番安い部屋に陣取った俺達はじっと様子を窺っているのだが、物音がしたと思ったら他の客だったり、何か騒がしくなったと思ったらただの痴話ケンカだったりと、全く怪盗が現れる素振りが見えない。
「宿屋の出入口だからどうしても騒がしいのはわかるけどさぁ…
もうそろそろ現れてもらわねぇとツマンナイんだけどさ〜」
ふぁあっとアクビをしながらルロクスがぼやく。
普通ならあまり話をしていると相手に気付かれるから駄目だと言うところなんだが、怪しい気配も全く無いし、怪しい行動をする人すらもいない。
俺もルゼルの覗いている場所より少し上の場所から顔を出して廊下の様子を見る。
「あんまり顔出してると俺達が張ってること、バレちゃうぜ?」
一人だけのんびりとお茶を飲んでいる茶とらが言う。
その指摘はもっともだが、ちゃんと外の気配を探っていないわけじゃない。
しっかり真夜中になった今、隣部屋に泊まっている客のいびきしか聞こえないくらいなのだ。
正直、今日、怪盗は出ないと思っている。
「もうそろそろ出てきてもいい時間だとは思うんですけど、
あまりにも暇なもので…」
外では虫の鳴き声が聞こえるので、近くには誰もいないことを物語っているわけだ。
俺は諦めて茶とらの差し出したお茶を受け取り、休憩をしておく。
この宿屋に現れるのが決定付けられているわけじゃないし、気をもんでも仕方ないんだよなぁ。
ルゼルも同じく諦めたようで、テーブルの上に用意されていたポットのお茶を自分のカップに注いでいた。
「そぅそぅ。なにかあったら動けばいいじゃん?」
「ですねぇ…」
ルゼルがこくりと頷いて、ルロクスを呼び寄せようとした。
だがルロクスは粘る。
「う〜こないのかよ、本当に〜」
唸りながら扉を小さく開けて、廊下を覗き見している。
「とにかく休憩したらどうかな?気配くらいなら―――」
そこでルゼルの会話がピタリと止まる。
外で気配がする。
気付いていないのはルロクスだけだったようだ。
いぶかしげな顔を一瞬見せたが、なんとなく察しがついたらしい。
ルロクスは黙ったまま今まで覗いていた扉の隙間をさらに狭くし、廊下の様子を見た。
「やっと捕まえられるってわけだ」
小さな声で茶とらが言う。
この気配が怪盗だといいけど。
俺は“実はただ単に部屋を抜け出して飲みに行ってたら遅くなったからこそこそ帰るだけの人”と言う可能性もあるなぁと頭の隅で考えながら、気配をじっくり探った。
気配はゆっくりゆっくりと宿屋の正面入口へと近づいている。
正面入口のところには受付があり、常時宿屋の誰かしかがいるはず。
宿屋とは関係のない輩が入ってくるようもんなら、何かしらの騒ぎになる。
…なるはずなんだが。
「宿を取った人…ってわけじゃないですよね」
ルゼルの呟くような問いかけに俺はこくりと首を縦に振って答えた。
気配は受付のところで止まることなく進んでいる。
「…足音が無いような気がするんだけど…俺の気のせいか?」
俺が気付いた違和感を口に出すと茶とらは動きを止めてじっと音を聞き分けようとした。
今俺が聞こえてる音は、何かを転がしている音だけ。
靴の音がしないのだ。茶とらも眉をひそめる。
そこでルロクスが扉の外へと視線をやったままで、俺に対して激しく手招きをした。
どうしたんだろうと側に寄って見ると、ぐいっと扉へと引っ張られる。
扉の外を見ろってことか?ルロクスが見ている隙間より上の所から廊下を見やると―――
「…か…」
その物体は俺たちのいる部屋を通り過ぎて二つ隣の部屋に向かう。
押して開ける扉のため、すいっと入って行ってしまう。
「ど、どうしたんです?蚊がなにか?」
不思議そうにしながら小声で聞いてくるルゼルに、俺は手招きして扉の外の廊下を見るように促す。
茶とらも気になったらしく、ルゼルと一緒に俺の側へ寄って来る。
ルロクスと俺は揃って扉の外を指差した。
「怪盗が通り過ぎたんです?」
「通り過ぎたも過ぎたよ。堂々と部屋に入ってったもん」
ルロクスとルゼルが小声で言いあっているとカチャリと音が聞こえた。
出てきたんだろう。
また音が近づいてくる…そして俺達がいる部屋の前を通過したとき、ルゼルと茶とらの二人は、驚きの声をあげた。
「な!」
「あれ…カボチャ…?パンプキンヘッドですよね」
通り過ぎていくそれは明らかにカボチャのモンスター、パンプキンヘッドだったのだ。
パンプキンヘッド二匹がごろごろと廊下を進んでいく姿。
しかも二匹の頭の上には盾らしきものとお盆らしき皿が載っている。
これ…さっき隣の部屋に入った際の戦利品なんだろうか…
ってことは!!
「あ、あいつが怪盗?!犯人ってことだよな?!」
ルロクスが小声で騒ぐ。
「でも、モンスターが犯人だなんて…何に使うんでしょう…?」
「だよなぁ」
ごろごろと去って行くパンプキンヘッドを見送りながら、ルゼルは不思議そうに言い、茶とらは首を傾げた。
そうなのだ。町を荒らしたりなどの悪さをするモンスターは話に聞くが、物だけ盗っていくモンスターなんて聞いたことがない。
いや、いるかもしれないけど…
「とにかく、盗られたものを返してもらわねぇと。」
茶とらの発言に俺達はこくりと頷くと、部屋の扉をそうっと開けたのだった。
パンプキンヘッドはごろごろと転がりながら、迷うことなく進んでいく。
俺達は気付かれないように間隔を開けて後を追っていた。
「モンスターが、盾なんて必要なんでしょうか…」
「それと皿もな。
モンスターが食器並べて食事するってぇのか?」
ぼそりとルゼルが呟いた言葉に便乗して、ルロクスもいぶかしげに言った。
ただ言えるのは―――
「あいつら、凄い頭良いってことだけはよくわかったけどな…」
さっき、盗みに入るために部屋へ入っていく際、あのパンプキンヘッド達は二匹同時に扉を押して開け、一匹はその扉がしまらないように立ち、一匹が物を盗ってくると、交代とばかりに役を入れ替え、二匹ともが物を持って立ち去ったのだ。
「今まで盗んでたのがあいつらなら、これでアジト見つけて捕まえて、
それで一件落着だがな〜」
茶とらが言ったその言葉に俺もそうあって欲しいと思いながら、そっと後を追って行く。
ごろごろごろごろごろごろ…
かぼちゃ達はサラセンの郊外の方へと転がり進む。
町の中に彼らの住処があると思ってはいなかったけど。
サラセンから外へ出るための門が見えるころ、かぼちゃ達はくるりと向きを変え、右手にある路地に入ってしまった。
「あっちって、畑くらいしかなかったはずだけどなぁ…」
「人の目につかない場所なのか?」
俺の呟きに問いかける茶とら。
俺はその場所を思い出しながらこくりと頷いてみせると、『ならそこかもな』と茶とらは続けた。かぼちゃが畑をごろごろと進む。
畑を荒らして進むかと思いきや、ちゃんと畦道を通って進んで行く。
「畑にパンプキンヘッドが紛れ込むと、わからなくなるもんだなぁ…」
半ば呆れたようにルロクスが言い、畑を見ている。
畑へ踏み込んでしまうと姿を隠せるところがないため、かぼちゃ達に付いてきてることがバレてしまう。
どうしたものかなぁ…
あまり距離が開くのも嫌だなぁと思っているとパンプキンヘッドはくるりとまた方向を変えた。
畑の横にあった納屋へとごろごろと転がっていく。
「あ…あそこがもしかして住処?」
いやまさかと思いながら俺は呟き、彼らがたどり着く場所を見守った。
「あ、入ってった。」
暗闇で見えにくいそんな夜ではあったが、月が辺りを照らしてくれているお陰で納屋へ入って行くパンプキンヘッド達をしっかり見ることができた。
「納屋の近くまで行こうぜ」
茶とらの号令に俺達は無言で頷き、足音を鳴らさないよう気をつけながら近寄っていくと、中からはごとごとと物を移動させてるような音がする。
扉に集結した俺達は誰が言うまでもなく、顔を見合わして―――
ばんっ!
「窃盗の現行犯で逮捕するっ!
さっさと捕まえられろっ!」
茶とらを押しのけて威勢よくルロクスが納屋へ入り込む。
そこにいたのは―――
「な、なんだ?!」
アワアワと慌てふためいている男とかぼちゃ二匹。
パンプキンヘッドたちも驚いたのか、何もせずただ固まってるように見える。
そんなかぼちゃの頭上から盾が滑り、がしゃんという乾いた音と共に土の大地に落ちた。
男がパンプキンヘッドに襲われてるようには見えない…ってことは―――
「こ、この人が犯人?」
俺達はオドオドしはじめたその男をただじっと見つめていた。