<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第四章 ミルレスの安らげる場所



第二話 ルセルが・・・



ルゼルの体調も良くなって一安心したころ、今度はルセルさんの体調が芳しくなくなった。
原因は明らかなものだ。
俺たちが帰ってきたからと、ミルレスの聖職者協会とこの家を頻繁に行き来していたからだった。
一時間ほど時間が出来たからと言ってはこの家に戻り、時間が来たら急いで町へ戻る。移動手段はこっちへ来るときは記憶の書。町へはウィザードゲートセルフクレリック。体に負担が掛るのは一目瞭然である。
今は夕御飯時。
ルゼルとルロクスは二人でご飯の支度をしに行っていた。
ルセルさんはと言えば、ミルレスでの仕事が終わって帰ってきたかと思ったら、すぐに自室に入ってしまい、そのまま音沙汰が無くなってしまっていた。
丁度やることも済ませ、手が空いてしまった俺はそっと様子を見にルセルさんの部屋へ行くと、本当に疲れていたんだろう。レベル91服と言われているフリストマジックフロックを着たまま、ぱったりとベットへと倒れこんでしまっていたのだった。
細かな装備すら取り外されておらず、俺が入ってきたことすら気づかないほどの深い眠りに落ちていた。


「それは重症だな」
「重症ですね」
台所に居る二人にそのことを伝えると、二人は口を揃えてそう言った。
「ルセルの部屋ってさぁ、忍び込んでみようと思ったんだけど、
必ずルセル、気づくんだぜ?」
「居眠りしててもすぐに目が覚めるとか言ってましたから」
思い出しながら言うルロクスとルゼル。
そしてルゼルが心配そうに顔を歪めて言った。
「ミルレスの仕事、大変なんですね・・・」
ルセルさんは今、神官長補佐という職を任せられている。
補佐と言っても神官長の仕事を実質やっているのだとルセルさんは言う。
厄介な仕事ばかりだと言いつつも、こなしているらしい。
「ルセルって意外とマメなんだよな。
でもミルレスでルセル、あんまりいい噂無かったらしいし・・・
前と変わらずに“傲慢だ”とか言われてたら、そういうのもキツイかも」
ルロクスが野菜を切りながら言う。
机の上には続々と料理が出来上がっていた。
「・・・もう起こした方がいいかなぁ?」
「おきたぞ〜ぅ」
俺がその言葉を口に出したところで、ルセルさんが台所に顔を出した。
眠そうにあくびを何度もして、台所にある机に仕舞われた椅子を引き出すと腰を掛ける。
「みんなで料理?」
「うん。ここで食べちゃう?」
ルゼルが問いかけるとルセルさんは少し悩んだ後、『そうしてくれるか?』と答えた。
相当疲れてるんだな。いつもなら広い部屋のほうで食べるんだと言い張る人なのに。
「そこそこ手を抜いてるつもりだから、心配しないでいいよ〜?」
俺たちの様子を察して言うルセルさんに、ルゼルは少しだけ強い口調で返す。
「お願いだから、頑張り過ぎないで?
夜はちゃんと寝てよ?」
言われて何か思い当たることがあったらしく、反論もせずに聞いているルセルさん。
そう言えばこの前の夜、用を足しに行こうと廊下に出たら、ルセルさんの部屋からがたんがたんと本を取り出したり仕舞ったりする音が聞こえたことがあったな。
ルセルさんは少しだけ苦笑いをする。
「努力するよ。」
「じゃあ明日は努力して、おやすみもらってね?ゼッタイ。」
即ルゼルに言われ、これは参ったなとルセルさんは頭を掻いていた。


朝、ルゼルの監視の下、ルセルさんは協会の方にWISをし、体調不良の旨を伝えて休みを貰っていた。
『セルカに似てきたな』とボソリと呟いた声は、俺にしか聞こえなかったらしい。
とにかくルセルさんは『今日一日、ベットで寝ているように!何かやろうとしたらやめさせるように!』というルゼルからのお達しが下り、大人しくしていることを余儀なくされたのだった。
「この前のうらみとかあるのか・・・?」
ぼやいたその言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
この前−−−ルゼルが倒れたときの事を言ってるんだろう。
「“恨み”じゃなくって“心配”ですよ」
俺は笑ってそう言っておいた。
今の時間の見張り役・・・もとい、看病人の俺は、何も出来ずにぼんやりとするのも暇だと言うルセルさんの話相手になっていた。
ここはルセルさんの部屋。
本が大量に積み上げられ、保管されているが、今日はその本にも手をつけないように見張っていて欲しいとルゼルが言ったのだ。
「本くらい読ましてくれてもな〜?」
「本を読み出したら熱中して、ご飯も食べなくなるんだとか聞きましたけど?」
返事を返すと、ルセルさんは『う〜っ』と唸り、頭の後ろで腕を組んで、さも詰まらなさそうに寝っころんで見せた。
「だってなぁ〜。ゆっくり本読むのも休養じゃないか?」
「ルセルさんの場合は休養じゃないんです」
「ちぇ〜っ」
ルセルさんは至極残念そうにベットに倒れた。
「じゃあジルコンくん、ルケシオンへ言ったときの話、詳しく教えてよ?
それならいいだろ?」
「それなら構いませんよ」
俺は一通り今回あった事を話ながら報告をしていたんだが、やっぱりというか、ルセルさんはこの話を興味深そうに聞いていた。
興味深い話。
それは―――
「生み出す力と使う力…ね」
ルセルさんは俺の言葉を復唱するように言う。そして顎に指を当てて考える仕草を見せた。
「その人の言ったことは合ってるね。
ルゼの持つ力は文献に出てくる言葉を使えば“創造的な魔法”だ。
ジルコンくんがその人の言った通り、ルゼの持つ力を使えるようなら、
“創造的な能力”を持つ者と言えるね。
簡単にわかる方法ないかな〜」
ルセルさんは『これならいけるか?』と言いながら、一冊の本を俺に手渡した。
「これは?」
「ルゼの力と同じ力が込められた本らしいよ。使ってみて」
「使ってみてって、そんな簡単に言われても…」
俺は困惑した。
力を使えると言われてもどうやって使うのかわからないのだ。
“輝宝石”を持っていた時だって、自分では力を使っている自覚なんて全くなかったんだし。
だがルセルさんは嬉しそうに俺を見ている。瞳が早く早くと急かしている。
「寝てなきゃいけないでしょ…?」
「気になって寝られると思うかい?」
「…はぁ…」
俺はため息をついてからその本を受け取った。
「じゃあ臨戦体制になって〜」
俺は言われるままに体制を変える。
「何か技を…とか言う必要もないみたいだね」
「え?」
ルセルさんの言っていることが分からず、俺は首を傾げた。するとルセルさんは俺の足元を指差す。
見てみれば俺の足の下が小さく光っていた。まるで蛍かなにかのような光ががいくつも生まれては消え、生まれては消えを繰り返している。
これって…
「本の力じゃないよ。おれが持っても何にも起こらなかったから。」
きっぱりと言われたので、おれは試しにとばかりにルセルさんへと本を渡す。
渡された意図に気付いたルセルさんは、立て掛けてあった杖を手にして立ち上がると、杖をすいっと後ろに引いて持った。
ルセルさんの臨戦体制。
だが片手に携えた本には変化はなく、足元に光なんて全く見えない。
「でしょ?納得した?」
「は、はい…でもどうして俺にこんな力が…?」
思ってもいなかった自分の中のこの力を知った今、俺には戸惑いしかなかった。
それを見越したかのようにルセルさんが言う。
「ルゼルの影響かもしれないね。
元々スペルやスキルっていう、不思議な力というのは
神から力を分け与えられ、人間はそれを利用しているんだ。
その神からの力を使うことが出来るのは、その“使う”という能力を持っている者と言える。
神様が認めた者・・・
職業によって使えるものが違うって言うのはそういうところからきてるんだけど、
ん〜・・・なんて言えば解るかなぁ」
そう言ってベットから降りるルセルさん。
俺は制止するのも忘れてルセルさんの様子を見ていた。
ルセルさんが向かったのはこの部屋に一つだけある机だった。
その机の横にある引き出しに手を伸ばす。
「ルゼルの力はこの引き出しを開き、引き出しの中のものを取り出す力。
ジルコンくんはその引き出しの中にあったものを手に取り、見て、利用する力。
解る?」
「なんとなくですけど、はい」
そして『見られたら怒られるね』と言って、そそくさとベットへと戻ったルセルさん。
本当にいろいろ知ってるんだ。リジスが目をつけていたのもわかる気がする。
「ルセルさんはなんでも知ってて、本当にすごいですね」
「前にも言ったけど、旅をしている君たちの方が数倍凄いと思うよ?
・・・結局俺は頭でっかちの世間知らずだし。
ルロクスくんみたいに観光目当てでもうろうろしてみたいよなぁ」
しみじみと言う。
それなら俺たちと一緒に旅をと誘ってみたが、『今の仕事を考えるとね』と苦笑いされた。
「もうちょっと・・・もうちょっとで積もり積もったあの仕事が片づくんだ。
だからそれまでは・・・
あ、そういえば今日会議があったっけ・・・あの資料、渡さなきゃいけな−−−」
「ルセルさん・・・」
仕事モードに成りそうなルセルさんに突っ込みを入れる俺。
突っ込まれた本人は、『アハハハ・・・』と、乾いた笑いを浮かべた。
そしてため息をつく。
「まじめに仕事するつもりなんか、なかったのになぁ」
ルセルさんは再び苦笑いを見せ、俺も釣られて苦笑いをしてしまった。
そして何か思い出したようにがばっとベットから飛び起きた。
「そういえばジルコンくんにはまだ宝石の説明、ちゃんとしてなかったよね?」
「え?え〜っと・・・」
「ルゼルを防護するための石、アメジストとダイアモンド。
この二つがなぜ必要なのか。」
そこまで言われて、俺はやっと思い出した。
宝石を集めることになったその日、メモを渡された際に説明してもらったんだが、そのときはその二つの石の詳しいことはとりあえず置いといてってことになったんだっけ。
「今丁度ジルコンくんだけだし、話しておいたほうが良いと思ってね。
おれが使おうと思ってる魔法陣は今現在確認されている力を利用して作り上げるものなんだ。
火、水、風、土、無、そして2つ。」
「それ以外の力ってことですか・・・?」
「そう、知られている神以外の力さ」
そしてルセルさんはふっと天井を見上げた。少し悲しそうな瞳に見えたのは俺の気のせいだろうか・・・
「アメジスト −−−−闇の神
 ダイアモンド−−−−光の神
旅をしていろんなことを知った君なら、
どこかで気軽に話しするようなことは無いと思うから伝えるよ。
天へと昇り、神からすばらしい力を与えられるというが、
それらは善の神と悪の神だ。
だが、闇と光の神は名前の通り、神違いだ。
過去のメント文明からメタリアル文明と呼ばれる今に移り変わった際に衰退した文字や技術。
その埋もれた歴史とも言われる中に−−−」
「その光と闇の神も埋もれていったってことですか?」
ルセルさんは首を縦に振った。
「光と闇の力は善と悪の力を根底としたものなんだ。
簡単に言えば、光と闇の力は扱い辛いから、
善と悪の力に変化させて人間が使ってるっていうようなものでね。
光と闇の力は源とも言えるね。
ルゼルの力はその光と闇の力を引き出すもの・・・・
でも何の媒体もなく引き出すだなんて、しかもセルカの体を元に戻すために使う力だ。
ちょっと力使わせてもらうっていう代物じゃない。」
ルセルさんが全部を言わなくても解った。
命に関わる事。
リジスが無理やりルゼルの力を使おうとしていたのを急いで止めに掛かったあのときにも言っていた。
『このままだとルゼルが危ない』と。
「アメジストが闇の神の力を引き出す際に、
ダイアモンドは光の神の力を引き出す際にルゼルを助ける。
だからこの二つはどんなことがあっても手に入れなければならない・・・
とはいえ、ダイアモンドなんて高価すぎるのはわかってるんだ」
「ですね・・・」
そしてルセルさんは遠い瞳をして、こう言った。
「メント文明の遺物にはこう書かれていた。
『人間は神に近い存在であり創造的能力を持ち得る。
 また、対立と融合による発展を極めた時、人間は完璧な生命体になる』
ルゼルも君も、おれたちにとっては神に近い存在なのかもな」
「えええっ?!」
ルセルさんは真面目な顔でそう言うものだから、俺は慌てて手をぶんぶんと振って否定した。
俺がそんなこと、あるわけがない。
「ま、神とおれたちはそれほど変わりないってことなんだろうさ。
精神もきっと、人間と変わりない・・・」
「ルセルさん?」
「あ〜今のはおれの独り言。
気にしないでくれ」
ルセルさんはベットに体を預けると、ぱたぱたと手を振って見せた。
「今日だけはルゼに免じて、しっかり休ませてもらうさ。
服作りもしたいんだけどなー。ダメだよね?」
「俺がルゼルに怒られそうですから、ダメです。」
「だよね〜」
けらけらと笑うルセルさんはさっきとは打って変わって、なぜかとっても楽しそうだった。




「ルゼにさ〜女性用の魔術師服を渡したのに、なんでか嫌がるんだぜ〜?」
「だ、だって・・・なんか恥ずかしいじゃない・・・」
ルセルさんは大げさに言ってパンにかじりつく。
それを見ながらルゼルはむぅっとしているような恥ずかしがっているような、そんな顔をして反論していた。
朝食が用意された大部屋で楽しそうに笑い合う。
そんな朝のひとときだった。
今日からまたルセルさんはミルレスの聖職者協会で仕事をしに行く。
ルセルさんは、口では『行きたくないなー』と言いつつも、きっちりと身だしなみを整えてから食卓に着いている。
食べたらすぐミルレスへ出発の予定なんだろう。
あんまり『行きたくないー』を連呼するもんだから、ルロクスが心配になってルセルさんに声をかけた。
「誰かに手伝ってもらえねぇのかよ?」
ルセルさんは頭を横に振った。
「そんな仕事なら俺に回って来ねーよ。
意地でも一人でこなせってことだろうよ」
「あんまり、根詰めないでよ?」
ルゼルが眉を潜めたまま言い、テーブルにサラダを載せた。
そして席に座って、にこりとルセルさんに笑いかける。
「僕たちも頑張るけど、ルセルはゆっくり頑張って?
またちゃんと連絡するから」
「あぁ、ルゼたちも今日出発だっけ?
二人とも、ルゼをよろしく頼む。」
「任せてください。」
「安心して書類に埋もれてろよ〜」
「ルロクス・・・おまえなぁ・・・」
俺が呆れて突っ込みを入れてると、逆にルセルさんはそう言われたのがおもしろかったらしく、
「ぜひ埋もれてることにするよ。
なんなら今度一緒に埋もれてみるか〜?」
軽い調子でそう返していた。
めいいっぱい首を横に振っているルロクスの姿に、さらにおもしろがってけらけらと笑う。
「ルセル、ルロクスをいじめないでよ?」
と言っているルゼルも楽しそうに目を細めている。
「さっさと終わって、ちゃっちゃと合流するぞー」
ルセルさんは意気込んでそう言うと、俺たちに対して『よろしくな?』と嬉しそうに笑って見せたのだった。





第四章 ミルレスの安らげる場所  完。