<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第三章 ルケシオンの抗争



第七話 孤高と冷血の盗賊



朝ご飯を食べた後、レギンさんと合流したのだが、何故かレギンさんは機嫌が悪そうにしていた。
「どうかしたのか?」
ルロクスが問いかけるとレギンさんはむすっとした顔のまま、こう言った。
「昨日でこの争いを止められるとは思ってなかったけど、おおごとになっちゃってるから・・・
ドランに報酬あげろって交渉しに行ったんだけど・・・ドランはケチだからっ!」
とてつもなくむかついている様子。交渉決裂だったってことか。
「ごめんね?もう少し報酬渡さないとわりに合わないような仕事なのに・・・」
「いえ、初めに契約をしていただけただけでもありがたいことですから」
「う〜ん…私がご飯奢るから許してね」
てくてくと前方を歩くレギンさん。その後をルゼル、ルロクス、そして俺が続く。
目指すは海賊要塞。
レギンさんの服は昨日着ていたレベルの低そうな服とは違い、レギンさんの実力相応だろう服を着ている。
首の辺りに白い布が巻かれ、背中には白いマントが揺れる。肩当のようなものはないものの、盗賊らしい動きやすそうで丈夫そうな服である。
この服を着てくるって言うことは、油断出来ない場所ということなのだろう。
「海賊要塞かぁ…どんなところだろ」
うきうきした声で言うルロクス。それを聞いてルゼルは少々困り顔でルロクスを見やった。
「強いモンスターもいるんだから、皆の後をはぐれないようにね?」
「そんな子供みたいなことはしないよ」
少し頬を膨らませたルロクス。
レギンさんがくすくすと笑った。
「海賊要塞の入り口までは記憶の書で飛ぶから心配しなくても大丈夫よ。
そのあとは…まあ気をつける程度で充分だから。」
言って、腰につけていたバックから本を取り出す。
ルセルさんも使っていた記憶の書だ。
これで海賊要塞にまで飛ぶのだろう。
「さて、行きましょうか」
こくりと頷いた俺をみて、レギンさんは記憶の書を開き、片手に持った石を本へと近付けた。


ゆらんゆらんと、何かリズムをとっているかのように揺れ動く花が見える。
もにょもにょと寝言を言っている岩も見える。
「はい、無事に到着〜」
砂浜に打ち寄せる波。
ここは確かに、俺が前に訪れた場所、海賊要塞の入り口だった。
「門番のモンスターさんはこっちにいましたっけ」
とたとたとルゼルが歩き出す。だがその歩みも数歩で止まった。
その先に人の姿が見えたからだ。
「あれが…ルールのギルドマスターが言ってた、
“海賊要塞に入れない原因”?」
「たぶんね。
炎竜のギルド員の様よ」
ギターを持った背の高いモンスターの数歩前に柄の悪い男が三人、仁王立ちで立っている。そしてその三人の前には、盗賊らしき男性がいた。
その三人に男はただただ『帰れ帰れ!』と怒鳴られている。やっぱり誰もあの先へは通らせない気なのか。
「あの人も足止めを食ってるんですかねぇ?」
ルゼルが不憫そうに眉を潜めているとレギンさんはなぜか驚いた表情で居る。
「なんでここに…」
小声で呟くと慌てて俺達の歩きを静止させた。
「行っちゃ駄目よ。」
「どうしてだよ?あの人困ってるじゃん。助けてやったって―――」
「困るような人じゃないのよ。」
レギンさんがそう言い切る。
どうしてそこまで言えるのだろうかと首を傾げたその時だった。
ずさっ。ばさっ。ざさっ。
砂の音が聞こえた。はっとして前方を見ると、そこには3人の倒れた姿が。
そしてその3人を無視するように歩き去ろうとする盗賊の男。
『え・・・?』
「相変わらずのようね」
レギンさんがあきれた顔をして男を見た。
だが声とは裏腹にレギンさんは男を凝視したまま。まるで隙を作らないようにしているみたいに・・・
「レギン・・・さん?」
明らかにおかしいと感じたんだろう。ルゼルが問いかける。
それにつられてルロクスも問いかけようとしたのを俺が肘でルロクスの体を突いてやめさせた。
非難めいた目がこっちを向く。
そこで男のほうが口を開いた。
「お前たちも通らせない気か」
重く、なにか冷たいような声で男は言った。
その声にぞくっと鳥肌が立つ。
この人・・・レギンさんと同じ服を着てるけれど違う。
何かが違う・・・何だろう、これどこかで・・・
「私たちもそこを通りたいだけよ。」
レギンさんは端的に言葉を返した。
その答えを聞いて男は納得したのか、さっさと歩いて行ってしまう。
「まだ炎竜さんとこのギルドの方がいるかもしれないし、
一緒の方向ならあの方もご一緒に−−−」
ルゼルがおずおずとレギンさんに提案したが、レギンさんは首を振って拒否をした。
「必要ないわ。逆にこっちが危ないだけよ」
「何でそこまで言うんだよ?レギン」
ルロクスが訝しげな顔で問いかける。少しだけむっとした声だったルロクスは腕を胸の前で組んで居る。
レギンさんははぁっとため息をついて、遠くなっていく男の後姿を見ながら言った。
「三人とも、ほんとに幸せな場所で育ったのね・・・
ドレイルとやりあったわりには警戒心なさすぎよ?
ジルコンくんはなんとなく察知したみたいだけど」
言われてはっとした。
さっきの感覚、あれはドレイルの目を見たときと同じ感じだった・・・
「あいつ、そんなにやばいヤツなのか?」
ルロクスの問いにレギンさんはこくりと頷く。
足早に倒れた男たちの傍に寄ると体を一瞥し、首元に手を当てている。
その仕草って・・・
ぞくりと再び悪寒が走る。
「レギンさん、その人達っ!」
「大丈夫よ、殺してはいないみたい」
「殺してはって・・・」
俺が声を上げてレギンさんの元に駆け寄ると、レギンさんは軽い調子で言った。
それに眉をひそめたルロクスに気づき、レギンさんはくるりと後方に居たルロクスとルゼルに向きやった。
そして言う。
「あの男の名はアイゼン。
もしかすると名前は聞いたこと無いかもしれないわね。
盗賊の中では関わること、噂をすることすら恐怖とされてるから。」
ちょっとだけ間を空けたあと、レギンさんはもう一つの名を口にした。
「でも二つ名なら聞いたことあるはずよ?
『孤高と冷血の』アイゼンって。」
「・・・!?」
その言葉に、ルゼルの顔がさっと青くなる。
・・・名前は知らなかったが、俺でもその二つ名だけは知っていた。

その男は
『冷酷な暗殺者の中の暗殺者。孤高と冷血の盗賊』
なのだと。

ルロクスだけはいぶかしんだ顔のまま俺たちの様子を見ている。
「言っておくと、ドレイルとは格は段違い高いわ。
もちろん私とも・・・」
少し悔しそうに言うレギンさん。
「そんな人が何故こんなところに?
炎竜さんところといい、この場所には何−−−」
ルゼルが何か言いかけてやめる。
どうかしたのかと俺は目をやるが、ルゼルは唇に手を当てるような仕草で考えているようだった。
「あの人の前には立たないほうがいいわ」
言うとレギンさんはすたすたと歩き出す。
たった今危ない人だと言っていたアイゼンが去っていた方向へと。
「あの危ないヤツが行った方向に行くのか?」
ルロクスが怪訝な顔でレギンさんを見る。
だがレギンさんは至極当然とした顔でこう言ったのだ。
「だって、こっちの方向、目的地の方向よ?」