<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第三章 ルケシオンの抗争



第六話 足りない力



炎竜のアジトから出ると、外は橙色に染められた海が広がっていた。
今から海賊要塞にいく訳にも行かず、今日のところはこれまでとして、宿屋に戻って明日にそなえることにした。
今日はレギンさんもいたので夕食は酒場でゆっくりと食べることができたから本当によかった。
新鮮な海の幸を食べれたということで、ルロクスもちょっとは機嫌がよくなったみたいだ。
どうもここ最近、ルロクスの機嫌が斜め気味だからなぁ。
「正直、ここまでやっかいなことになるとは思ってませんでしたよ・・・」
宿屋の部屋に入ってすぐ、ルゼルがため息まじりの声で言った。
ルゼルがそんな事言うとは思ってなかったおれはー瞬返事が遅れてしまう。
あ、いや、ルゼルはやっかい事が好きなんじやないかとかそういうことじゃなくて・・・
「・・・大丈夫か?ルゼル」
「はい、大丈夫ですよ?」
俺が問いかけるとにっこりとわらって返事をしてみせたが少し元気のなさそうなルゼル。
そして−−−
「こんなヘーサテキ空間、もーやんなってくる!」
新しい町へ行ったらいろいろと見てまわりたい。
そう言っていたルロクスにとってはこの状況はあまりにもたいくつこの上ないことだろう。
機嫌が斜めなのはここらへんが原因だろう・・・
「あのギルドマスター−−−略してギルマスだっけ?
名前が有名ってなだけでイイやつじゃなかったよなぁー。すっごい残念だぜ、まったく・・・」
「おれたちが知らないだけで、ギルドのマスターはあれくらいが普通なのかもしれないけどな」
「オレ、あんなギルド、入るやつの気がしれねぇよ・・・」
「俺もそう思うけど・・・」
げんなりとしているルロクスを見て、俺もげんなりとした。
あのギルド同士の争いを見ていると、争いが好きな人は多いのかもしれないと思ってしまう。
「レギンさんみたいに、ぼくもあれくらい強く・・・せめて強そうに見えればなぁ・・・」
ぼそりとくやしそうに言うルゼルの言葉におどろくおれとルロクス。
「ルゼルはそのままでいいよ・・・」
「いっそのこと、オレがルゼルのその服着れるくらいにいっきに強くなれれば!」
「ルロクスはもっと基礎を覚えてからだな・・・」
「うーっ・・・」
うなるルロクスを見て、おれも苦笑いを浮かべていた。


そう、おれも人のことを言えるほど強くはないのは充分わかっていることだ。
少しだけ寝つけない夜を過ごした次の日の朝、おれは早くに部屋をぬけ出すと宿屋の裏手に出た。
日の光もまだうっすらといったこんな朝っぱら。出歩いている人の姿はほとんど見かけない。
おれは朝の空気を深く吸い込んだ。
そして、構えの体制に入る。
まずは炎の拳の型を三十回。
おれは無心で稽古を開始したのだった。


「熱心ねぇ?」
不意にそう声を掛けられた。
誰だろうと思って振り向くと、そこにいたのは見たことの無い女性だった。
・・・見たことも無い、とても綺麗な女性だ・・・
「やっぱりお邪魔しちゃったかしら。キリのいいところで声かけたつもりだったんだけど」
口紅で赤く染まった唇をそっと引いてにっこりと笑う。
「え・・・あ、いえ!大丈夫です!」
ギルド員同士の抗争が繰り広げられている町だということも忘れて、俺は大声で否定した。
その姿を見て女性はくすくすと笑う。
「こんな朝早くに鍛錬なんて凄いわ。そんなに強くなりたいの?」
「あ、はい。」
見ると、女性は修道士の服を着ている。
俺が着ている服とは違って、夕日のような橙色を基調とした色の服だ。
袖はなく、腰元には黒い布が覆っている。シラットブレス・・・いや、女性用のだからシラットピアスって言っただろうか、そんな拳法着をこの綺麗な女性は着ていたのだ。
俺も少し前にこの服を着ていたことがあるけれど・・・こんな綺麗な人が修道士とはちょっと意外である。
この人、観光でここに着たんだろうか。
色々考えを巡らせていると、女性はにっこりと魅惑的な笑みを見せながら突然、こう言ったのだ。
「あなたは強いと、私は思うけどな。」
「え??」
「ふふふっ、私、ジルコンくんをずぅっとみてたからわかるの。あなたは強いわ」
「そ、それはどうも・・・」
自分ではまだまだだと思っている分、誉められても曖昧に答えるしかなかった。
「知り合いでもない人に突然こんな言われても嬉しくないかもしれないけど、
ずっと見てて、どうしても言いたくなっちゃったの」
「見てた・・・んですか?」
この人もこの宿屋の宿泊客なのだろう。俺と同じく、朝の稽古をしにここへ着ていたのか。
てっきり他に人はいないと思っていたんだけど。
「も、もしかして俺、あなたの稽古の邪魔をしちゃってました?」
「いいえ、邪魔をしちゃったのは私のほう。
ごめんなさい」
眉を歪め、済まなそうに俺を見つめる。
・・・こんな綺麗な人に謝られると正直うろたえてしまう。
後ろで結っていた髪がさらりと前へ落ち、その姿を見ているだけでドキッとしてしまった。
「い、いやそんな!」
慌てて手を振って見せると女性は嬉しそうににっこりと微笑みを見せた。
「それじゃ、失礼するわ。また会いましょう。」
女性は俺に優しい笑みを見せると、その場から去って行った。
「き、綺麗な人だったなぁ」
俺は思わず声に出して言っている自分に気づく。
その後の稽古は身が入らなくなってしまった。