<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第三章 ルケシオンの抗争



第五話 炎竜



俺のような修道士には、海賊要塞という場所は修行にうってつけだった。
森に居るようなモンスターよりは倒し甲斐のある、好戦的なモンスターが居るからだ。
海賊要塞入場券を持っていれば、海賊要塞前にいるモンスターが海賊要塞へと移動させてくれる。
−−−海賊要塞は誰のものでもない、言わば、モンスターたちの場所だ。
正確に言うと、有名な海賊がねじろにしていた場所だとか何だとか。
今はモンスターばかりで、人が住むことなんか出来るわけがない。そんな危険な場所でもある。
「あんなとこを縄張りだと言い張るなんて、ドランもどうしたのかしら」
「?ドラン?」
レギンさんが呟いた名前に、俺は首を傾げながら問掛けた。レギンさんがその指摘に『あぁ』と気付いて声をあげる。
「ドランっていうのはギルド炎竜のマスターの名前よ。
本名なのかどうだか知らないわ。
ギルドマスターを長くやってるから名は知れてると思うけど・・・
聞いたことあるんじゃないかな?
『ルケシオンの竜』それがドランよ」
なにそれ・・・と思っていた俺の後ろから、嬉しそうな声があがった。
「それ知ってる!なんかすんごい強い盗賊の人なんだろ?!」
「確か、“その強さ、火炎を吐く竜の如く”とか言われてる人ですっけ?」
ルロクスの意気揚々とした声の後、う〜んと思い出しながらと言った声で言うルゼル。
二人とも、知ってるんだ・・・その人のこと。
「あ・・・あ〜・・・傭兵のお仕事、いろいろ渡り歩いてたので」
微妙な表情をしていたんだろう俺を察してルゼルが言う。
俺、あんまりそう言った噂話は聞いてなかったなぁ・・・ちょっとはそう言った情報収集はしなきゃいけなかったなとちょっと反省。
それをよそに、ルロクスは目を輝かせながら言う。
「噂のその人に会えるってことか!」
本当に嬉しそうなルロクスを尻目に、俺はこの後のことを考えて思わず唸っていた。
セルカさんのために宝石を手に入れなきゃいけない今、こんな厄介ごとには首を突っ込みたくはないんだけど・・・見るとルゼルは苦笑をしながらもこう言った。
「この厄介ごとを解決したらスズのインゴットを戴けることになってますので・・・
がんばりましょう?」
・・・え?
俺はルゼルをまじまじと見ると、ルゼルは居辛そうに『あはは・・・』と笑いながら頬を掻く。
「い、いつのまにそんな取引を・・・」
「いえぇ、ジルさんたちがレギンさんとお話しているときにちょこっと。
取引といっても筆談で交渉してましたから」
それを聞いていたレギンさんはルゼルのことを俺と同じようにまじまじと見て
「筆談交渉とは手馴れてるわね。相当いろんな仕事してるでしょ?ルゼルさんって」
「いえ、そんなことは。
だって、最初、欲しい宝石二つとインゴットで取引してたんですけど
最終的にはインゴットだけになっちゃいましたし。
まだまだ手馴れてるとは言えませんよ」
・・・十分手馴れてるだろ・・・ルゼル・・・
「ルゼルって・・・凄いというか・・・抜け目がないというか・・・
がめついというか・・・」
ルロクスがぼそりと最後に言ったその言葉は、幸いにもルゼルには聞こえてなかったようだった。


この人が炎竜のギルドマスター、ドランさんだとレギンさんは言っていたけども・・・
「で?今日はどんな用件だ?」
にやりと笑ったその人は、頬杖をつきながら俺たちを見つめていた。
「今日は“レギンとそのお友達”ってとこか。
友達引き連れてまでここに何の用があるってぇんだ?」
レギンさんは何も言うことなく、この人−−−ドランさんの部下の人が出したお茶に手をつけていた。
派手すぎず、落ち着いた基調の部屋。
丁寧に作られているのがわかるほど、処々に匠の技が施された家具の数々。
夜になればきっと柔らかな色で辺りを照らすであろうランプ。
そしてそこにいるのは鋭い目をして、髪を後ろで束ね、眉は目と同じく鋭くつりあがった、そんな人が一人。
こんな口調の人が家主・・・
やはりごろつきを束ねるマスターってことか。
そんなドランさんのあからさまな挑発的態度をちらりと見た後、またゆっくりとお茶を飲む。
何事にも動じないという様子のレギンさんに、ドランは含み笑いをしてみせる。
そして頬杖をしていた手を解き、すらりと椅子から立った。
「やめないぜ?この争いは。」
「なぜ?あんな小さなギルドに戦いを吹っかけるなんて、らしくないじゃないの?
あなたが得することは、何もないはずよ」
「言い切ったねぇ」
レギンさんの言葉に立ち上がっていたドランさんは仁王立ちのように腕を組んだ。
「あなたは損得で行動する。違う?」
「違わないね。
でもあのギルドがしゃしゃり出てくるのが迷惑なだけさ」
「しゃしゃり出る?
あのギルマスは逃げたペットが帰ってくれば戦いは吹っかけないと言ったわよ。
争いの火種だって、あなたの部下がギルマスのペットにちょっかいをかけたからでしょう?
逃げ出して行方不明なのもあなたの部下のせい。
その前からあのギルドが何かをしていたという話は聞いてないけど、違うのかしら?」
何かあるのなら教えろとばかりのレギンさんの発言。ドランさんは面白がったような声で『さぁなぁ?』とレギンさんに言いながら近づいた。
「可愛い顔してるくせにそんなツンケンしてるとモテなくなるぜ?」
「余計なお世話よ?」
レギンさんの青みがかった銀色の髪を撫でようとしたドランさんの手を、レギンさんはスパンと払いのける。
「つれねぇなぁ。でこいつらはレギン、お前のお友達、ってわけじゃないんだろ?」
「この喧嘩を迷惑に思っている人達の代表ってところかしら?
旅行者が気軽にルケシオンの町に滞在できないの。」
「ってことはこいつらは旅人で、盗賊ギルドに雇われたってことか。
面倒事が好きなのかぁ?」
にたりと笑って俺達を見る。ねめつけるようなその笑みに嫌悪感を覚えた。
だがそれにひるむことの無いのが一人。
「面倒事は好きじゃないけどさ。でも誰かがやらなきゃ物騒なまんまなんだろ?
オレたちはやらなきゃいけないことがあるからここに来たのにそれができずに居るんだから
なんとか打破しようってしてるの、わかんねぇ?」
「る、ルロクスっ」
ルゼルと俺が慌てて止める。
するとそれをきいていたドランさんはルロクスを見やってくくくっと笑いだした。
「まぁいいさ。そのぺットやらを捜しに行くのなら、勝手に行けばいい。
おれたちも勝手にやらせてもらってるわけだしな」
「・・・わかったわ」
レギンさんはしぶしぶといった様子で承諾する。
何故かドランさんは満足そうな笑みを浮かべていたのだった。