<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第三章 ルケシオンの抗争



第三話 盗賊の二つ名



「“鈍足・あんぽんたん・おせっかいやきで憎めない盗賊、ラズベリル”
あんぽんたんとおせっかい焼きはわかるけど、
・・・鈍足なんだ?」
「あぁああ・・・もう忘れていいからっ!」
盗賊ギルドのヤガンさんに頼まれた俺たちはある場所へ向けて歩いている。
その途中、ルロクスがラズベリルをいじめるかのように問いかけていた。
「とはいえ、ラズちゃんの友達を引き込んじゃうとは・・・
ヤガンも毎日抗争してるやつらと同類よね。」
ぼそりと悪口を言っているレギンさんも一緒に、ある場所−−−最近ルケシオンの町で抗争をしている集団二つ。
その一方の集団アジトへと向かっているのだ。
なぜかレギンさんは高位盗賊だろうはずなのに、位の低い服を着ている。どうしてだろうかと不思議に思ってみて聞いてみたところ、『気に入ってるから』だそうだ。
『それに、相手を油断させることができるしね』と付け足して言ってはいたが、このレギンさん、さっきから遭遇している喧嘩ふっかけ人をことごとく追い払っているのだ。
そう、一瞥するだけで。
「二つ名・・・かぁ。盗賊ギルドの風習、面白いよなあ。
そういやルセルもドレイルのこと、“瞬冷のドレイル”って名前言ってたっけなぁ」
「・・・?
ドレイルのことを話するなんて珍しい人なのね。
まさか・・・捕まえようとでも思ったの?」
ルロクスが呟いていたことに反応して、レギンさんはいぶかしげな顔で問いかける。
「捕まえるっていうより、出会ったっていうか、
捕まったっていうか・・・」
はっと気が付いてルゼルを見ると、あの時を思い出していたんだろう。
複雑そうな顔をして俺の横を歩いていた。
「ドレイルと戦ったって、よく生きていられたわね・・・
その様子を見るとあいつには賞金がかかってるの、知ってた?」
「!?賞金首だったのかよっ!」
ルロクスが驚き、声を荒げる。レギンさんはこくりと頷いた。
「生死は問わずで一億グロッド。」
「いっ、一億・・・」
ルロクスが呟いて、げんなりとする。
まぁ、そんな敵と戦っていたことを改めて痛感したのだろう。
俺に関しては−−−納得できる額だなとは思う。
・・・死にかけたし。
二度と会いたくない相手である・・・
「盗賊はその特徴的な身体能力もあって、厄介な人も多くてね。
ドレイルみたいに依頼なしにむやみやたらに人を殺しまわったりとか、
権力者の家に盗みに入ったり、恐喝したり。
管理をしてるのが盗賊ギルドとは言っても、
そういうやつにもなると盗賊ギルドででは手に負えなくなるのよ。
だからそういうやつをルアス帝国の方に頼んで
指名手配犯として公表してるの。
腕に自信のあるような命知らずが捕まえてくれるから
盗賊ギルドとしては楽な仕事してるわよね」
・・・自分も所属しているというのにそんな風にいうのは・・・
俺は苦笑いを浮かべるとレギンさんは『しょうがないのよ?』と続ける。
「盗賊ギルドの中に手練がたくさんいるというわけではないし、
そいつだけに構っていられるほど盗賊ギルドは暇じゃないし。
まぁ仕事の大半は高位盗賊がやってるような仕事だけど。」
「高位盗賊・・・どんな仕事なんです・・・?」
おずおずと聞いているルゼル。だが、レギンさんはそのルゼルの瞳を見て苦笑を見せる。
そして一言
「ナイショ。
なんとなく察しはついてるんじゃないの?ルゼルさんは。」
今度は逆にルゼルのほうが苦笑して見せた。
「でもラズ以外はドレイルと関わりあったって顔してるわよね・・・?
情報料、ヤガンに出させるからドレイルはどこにいったのか、聞かせてくれないかな?」
そして静かな声で『ドレイルは盗賊ギルドでも追っているやつなの』と付け加えた。
ラズベリルは状況がわからず、ほえっとして俺たちを見ている。
俺たちは口をつぐんだまま歩いていた。
それを見かねてレギンさんは近くにいたルロクスの肩にぽんと手を乗せる。
ルロクスは戸惑いの表情を浮かべて俺とルゼルのほうを見やった。
そんな様子を見てラズベリルがさらに首を傾げる。
手配が出ているのなら・・・言うべきだろう。
俺は口を開いた。ただ一言だけの事実なんだけれど。
「ドレイルは・・・死にました」
あきらかにレギンさんは眉を潜める。
「死んだ?どこで?詳しく教えてくれない?」
「それは−−−」
ミルレスでは、神官長であったリジス。そのリジスの死も病死とされている。
それなのに今、関連のあったドレイルのことを詳しくも語ってもいいんだろうか・・・
俺が言い淀んでいると、はっきりとした声で言った人がいた。
「ドレイルは、ミルレスで神官の振りをして住んでいました。」
そう、はっきりと。ルゼルが。
そしてうつむき加減になったルゼルは少しだけ歩み早く、俺たちの先頭へと歩いていく。
顔は見せたくないってことだろう。
「神官長の補佐として、ずっとミルレスを隠れ蓑にして・・・
神官長が邪魔だと思うような人たちを殺してきたって・・・
そしてジルさんたちも危ない−−−」
『ハイ、止め。』
俺とルロクスが同時にルゼルの肩を軽く叩いた。
「まぁそんな感じでドレイルはミルレスにいたんだけどさ、もう死んじまったから。」
「手配も、もう必要は無いと思いますよ?」
「・・・死体は?」
ルロクスと俺が言うと、即レギンさんが突っ込んでくる。
心底不審そうに俺たちを見ながら、
「いくら生死問わずとはいえ、死んだ証拠とかないと手配はとけないわよ?」
今まで黙って俺たちの話を聞いていたラズベリルが、胸の前で腕を組みつつそう言った。
証拠、とはいっても・・・。
「跡形もなくなっちまったしなぁ」
ルロクスが思い出しながらといったように言う。
そして−−−
「それに、もう人じゃなくなってたしさぁ」
言わなくってもいいようなことを口走った。
「ルロクスっ」
「ぁっ・・・」
俺の声にルロクスはしまったとばかりに口を噤む。
だがレギンさんは何か納得いったような顔をして『わかったわ』と答えた。
町の中央から離れた場所を歩いていた俺たち。
限りなく気まずい雰囲気が流れている・・・
「・・・・。
んー・・・あー・・・ヤガンには私から伝えておくわ。」
「あのっ!ミルレスのほうには・・・っ!」
ルゼルが振り向き、レギンさんに懇願するように声を出した。
もうわかっていたとばかりにレギンさんはにっこりと笑ってみせる。
「ミルレスの神官長は病死とのこと。
ドレイルは死んだということだけで、あとのミルレスの話は伏せておくことにするわ。
ヤガンにだけは話するけど、許してね?」
「は、はいっ!」
不安そうな瞳を見せていたルゼルは、ほっと肩をなでおろし、嬉しそうに笑った。
「でも、話を聞くと少なからずドレイルと戦ったんでしょう?
よく死ななかったわね」
『盗賊ギルドから出したドレイル討伐人員、みんな死んでるんだけど〜』と軽い調子でレギンさんは最後につけたしていた。