<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第三章 ルケシオンの抗争



第二話 なぜなぜ戦う?



このルケシオンの町、俺たちが前きたときよりも柄が悪くなっていた。
「なにか権力闘争とか、あるんでしょうか…」
やたら見掛ける柄が悪そうなやつらから逃げるように移動しながら、俺たちはハンターズギルドに向かっていた。
情報を聞き出すのなら酒場!と決まったようなものだが、今外がこんな状態なのに酒場にいこうものならどんなごろつきが寄ってくることだかわからない。
ならばまだ安全な店やにとも思ったが、逆にごろつきの溜り場になっていて近寄れやしない。
向かっているハンターズギルドにも柄の悪いごろつきがいないとは限らないんだが…
「なぁ、なんかこれ、ハンターズギルドに入れないとオレたち見付かってぼっこぼこにされそうな気しないか?」
「悪いことも何もしていないのに…困ったねぇ」
ルロクスが『ははははは』と乾いた笑いをしている横で、ルゼルがうろうろ移動しているごろつきの様子をじっと見る。
隙があれば移動。俺たちはこれをずっと繰り返す。
そして、あと二十歩くらいの距離にハンターズギルドが見えてきた。
もう扉が見える距離にまで近付いている。
扉前には…うん、ごろつきはいない。
「行きましょうか」
安心だとばかりにルゼルが早歩きで通りに出たその時だった。
「!?あんたたち!」
俺たちはびくりと身を竦めた。


「あんたたち、なんでここにいるの?」
俺たちを呼んだその主はまじまじと俺たちを見ている。
「この前はルアスにいたのにもうルケシオンにいるなんて、よっぽど急ぐ旅でもしてんのか?」
そう言ったのはその隣にいるふわふわと宙に浮かぶ物体。
俺たちの前に立つ、その少女とその宙に浮かぶ物体その1とその2。
彼女たちとは、前に出会っていた。
そう、彼女たちは−−−!
「………ラズか…」
ルロクスががくっと力が抜けたように言った。
そう、こんな通りで声をかけてきたのはラズベリルだったのだ。
「こんなとこで奇遇すぎるなぁ〜」
『きぐぅきぐぅ。こんにちわ』
ラズベリルの横でふわふわ飛ぶ二匹のポンが、一匹は人の言葉をしゃべり、もう一匹は看板を取り出して文字を書き、のんびりと挨拶している。
だが俺たちは気が気でない。
その事を知ってる様子のラズベリルはちらりと通りの左右を確認したあと、
「とりあえず着いてきて。安全なとこ、ざっと教えるから。
ルゥ、ミー、行くわよ」
「あいっ!あねさん!」
『みんなでさんぽ』
ラズベリルが言うことを信じて、俺たちは後に続いて歩いていくことにした。


「ちなみに、今日、ハンターズギルドは休みよ。
おじさん、腰を痛めたとかなんとか聞いたわ」
部屋の一室。
ラズベリルは俺たちをここまで連れてきた。
そしてあちこちを指差して、ここはだめだの、そこは大丈夫だのと身振り手振りで状況を教えてくれていた。
…それについてはありがたいことなんだが…なんだが…
「ラズ、お前、ずがずが入って来たと思ったら何居座ってやがるんだ…
ここは俺の仕事場だぞ?!」
「仕事場とか言って、ただ親方がずぅ〜っとのんびりしてる場所でしょう?
みんなを呼び着けて仕事の指示出してるだけで、親方はとっても暇そうじゃない。
ちょうど安全な場所だし、ここにたむろったっていいじゃないのさ」
「お前…仮にも盗賊ギルドのマスターである俺に、暇そうだ暇そうだって‐‐‐」
親方と呼ばれたその男性は頭を抱えてため息をついた。
そしてもうラズベリルのことは無視するといった様子で俺たちの方を見やった。
「あ〜…まずは自己紹介するか。
ようこそ、ルケシオンへ。
俺は盗賊全てを取り仕切っている盗賊ギルド、マスターのヤガンだ。」
「盗賊ギルド…」
ルロクスが不思議そうに復唱すると、ヤガンさんはにやっとした顔を見せた。
「お前らも職があるんだから、その職だと言う登録してるはずだな。
魔術師ならスオミに、修道士ならサラセンに、定期的に登録しなおしてるだろ?」
「でも…登録する場所ってこんなお屋敷みたいな大きなところじゃなかったような…」
ルゼルが不思議そうに言って俺を見る。
俺も、登録所は自分の産まれ故郷であり、職業の場所、サラセンしか知らないからわからないが、そこらへんの店と大差ない大きさだ。
するとヤガンさんは『まあな』と一言、言ってから話を続けた。
「盗賊は職柄、統治しないと荒れていく一方だからな」
「その統治しているのがあなたなんですか…」
ルゼルがおずおずと聞き返す。ヤガンさんは大きく頷いた。
それを見てルロクスがじとぉっとした目でヤガンさんを睨んだ。
「統治とか言ってるけど、今広場で起こってる乱闘は放置かよ?」
「放置はしていねぇさ。だが、簡単に手を出せる相手でもないんでな。
適任な奴に任してあるんだよ」
「任せっきりであなたは何もしていないとは思いますけどね。」
その女性の声は扉の向こう側から聞こえた。
「レギンか、入って良いぞ」
ヤガンさんが頬杖をつきながら言う。
了承の言葉を聞いたその女性は『失礼します』という声と共に扉が開いた。
部屋に入った女性は、俺たちを見て少し首を傾げた。
「あら…こんなにお客さんがいたとは。お邪魔でしたか?」
「いや構わない。こいつらは闘争に巻き込まれそうになってここに避難してきたやつらだ」
「なるほど…」
女性‐‐‐レギンさんは苦笑いを見せてこくりと頷いた。
俺たちに視線をちらりと向け、軽く会釈をしてみせる。俺たちも苦笑いをして会釈を返した。
「で?状況は?」
「最悪。
交渉しようにも、両者のボスのとこまで行けやしない。
人数は増えてないみたいだけど、両者とも聖職者が居るから、
死人が出ない限り、戦ってるしたっぱは減らないでしょうね」
「う〜む…」
「にしても、旅人にまで被害が行ってることだし、
大々的に傭兵募集した方が良いと思いますけど?
私一人に全てを〜とか、やめてくださいね?」
にっこりと笑みを見せるレギンさん。
その笑みに気負わされて頬杖から腕組みに変えたヤガンさんは、自分の横にいたラズベリルに視線をやった。
「そうだなぁ…ラズ、お前暇そうだし、このごたごたをどうにかしてみるか?」
「へ?」
突然話を振られたラズベリルは呆けた顔をしていた。
「あ、あなたがあのラズベリル?
…もっとぼーっとした感じの子かと思ってたわ…」
「?ラズベリルを知っているんですか?」
初対面って感じなのにレギンさんは興味深そうにラズベリルを見ているものだから、思わず俺は問掛けていた。
なぜかラズベリルがいやぁな顔を見せる。
それを知らずにレギンさんは『あぁえっと』と言いながら話し始めた。
「盗賊にはその人の特徴を取った二つ名があるの。
有名所で言えば、
“飛蝶のカーディス”とか
“瞬冷のドレイル”とか。
ラズベリルちゃんの二つ名は結構有名なのよ」
「へぇ…どんなのなんだ?」
ルロクスが面白そうに聞くとレギンさんはくすりと笑って答えた。
「“鈍足・あんぽんたん・おせっかいやきで憎めない盗賊、ラズベリル”」
「あ〜もうっ!言わんでいいっ!」
ラズベリルは恥ずかしかったのだろう。どんどんと机を鳴らした。
ヤガンさんはうるさいとばかりにラズベリルの頭を軽く叩いた。
「そうだレギン。いい案があるぞ?」
「?」
レギンさんは頭の上に疑問符を浮かべたが、ヤガンさんはにやりと笑ってラズベリルと俺たちを見やったのだった。