<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第三章 ルケシオンの抗争



第十八話 過去の遺産



「ジルさんっ!」
その場にぺたんと座っていたルゼルはのろのろと立ち上がり、俺の名を呼ぶ。
背後に感じる殺気は、明らかにアイゼンさんのものだった。
刃の光を感じるとともに体中に寒気が走る。
アイゼンさんの動く気配を感じた。
「っ!」
やばいっと思いとっさに身を固まらせたのだが、アイゼンさんはダガーを動かすことは無かった。
逆に動いたのはもう一方の手。
胸につけておいた“輝宝石”を取り外される。
そしてダガーを下ろすと、俺の背中をぽんっと押した。
「わっとっとっ」
よろめいている俺を置いて、アイゼンさんはルゼルの元へと歩み寄る。
ぽやんとしたままのルゼルをそっと押して、レギンさんの近くへと寄らせた。
そして言う。
「これで交渉成立だ」
「待ってっ!それは本当に盗賊ギルドのものよっ!
返しなさいっ!」
レギンさんの騒ぐ声に耳を傾けることなく、アイゼンさんは記憶の書を自分のバックから引っ張り出す。
「ヤガンには近々会いに行くと伝えておいてくれ。
“刃舞のレギン”」
「そんなのはどうでも良いわよっ!返しなさいぃぃっ!」
声もむなしく、アイゼンさんは光を帯びてその場から消え去って行ったのだった。


盗賊を束ねる“盗賊ギルド”そのマスターであるヤガンさんに事の成り行きをすべて話し、報告をした俺たちは『お疲れ様』という言葉とともに報酬をいただいた。
ヤガンさんの仕事場と言えるこのギルド長室。
レギンさんもラズベリルもこの場所に居た。
この盗賊ギルドの建物は、どうも居住空間もあるらしく、ヤガンさんはレギンさんとラズベリルは『呼んだらすぐ来る場所にいるから楽だ。』と楽しそうに言っていた。
ここに住んでいる人は結構居るらしい。
だから廊下を歩くと必ず人とすれ違うのかと納得したんだが。
そんな場所を仕切るヤガンさんは“輝宝石”を取られたというのにあっけらかんとしていた。
「盗賊ギルドに入ったやつっていうのはな、最初はここら辺の警備を任される。
ギルド自体をわかってもらうため、馴染んでもらうためっていうのもあるが、
単なる雑用係みたいなもんでな。
レギンがこの盗賊ギルドに入ったのはまだ子供のときさ。
そんなレギンがあの“輝宝石”の在った部屋を警備しててなー。
丁度そのときに盗まれちまったんだよ」
「〜っ!ヤガンっ!
余計なことは言わないでいいのっ!」
“輝宝石”を取られてしまった事を詫びていたというのに、ヤガンさんは笑って手を振り、気にするなと言ってくれた。
そして今話をしていた話をしてくれたのだが・・・
「ま、あの石も飾っておくよりは使ってくれるやつの方が良かったんだろうさ。
石が使われることを望み、石を使うことを望む者が居た。
望むべきところに行ったってことだ。
俺のじゃないし、これでいいのさ。」
「いいんですか?!それで」
俺は声を上げたがヤガンさんは笑うばかり。
ほんとにいいのかなぁ・・・
ちょっとどころじゃない責任を感じている俺に対して気を使っているわけではないみたいだけど・・・このヤガンさんの様子を見ていると本当に心配するなって言うようだった。
ううーむ・・・
「元々、今までここから無くなってたもんだし、
心底必要なものってわけでもないしな。
ルゼルも戻ってきたんだ。丸く収まったってもんだろうが」
未だに悩んでいる俺にヤガンさんはそう言ってさらに笑った。
「それにしても、だ」
声のトーンがいきなり変わったヤガンさん。真剣な目をして俺たちを見た。
そしてうーんと唸る。
や、やっぱり宝石盗まれたのは問題じゃ・・・と思いきや、話は炎竜ギルドのドランさんのことに移った。
「炎竜のドランがそんなに躍起になっていたとはな。
なにか動いているとは思っていたんだが」
「動きって?」
心配だったからと顔を見に来ていたラズベリルが、来客用の椅子にどかっと座ったまま、腕を組んで未だに唸っているヤガンさんに問いかけた。
ヤガンさんはラズベリルをちらりと見やると、その問いかけに答えるため、口を開いた。
「ドランがな、ルアスを意識しているってことは知ってたんだ。
どのギルドもこの世界で一番とされるルアスの戦力に勝りたいと思ってる。
それはまぁいいんだ。
炎竜が戦力を増強させつつあるのも知っていたしな。
古代アイテムの捜索までしていたとは、俺も驚きだぜ」
「古代アイテム探して、何の得があるっていうの?
あんなの夢まぼろしの世界じゃない」
レギンさんが不思議そうに言うと、ヤガンさんはふるふると首を横に振って見せた。
そして声を潜める。
「ルアスに対抗するためには、強いやつを確保する。
そしてそのための武器を用意する。
その武器に自分の力を増幅させるようなものがあれば、
今もっている力より何倍もの力を揮うことが出来る。
そう思わねぇか?」
「それはそうだけど・・・そんな都合の良いもの、あるわけが!」
「あるらしい。かのアスク帝国、まぁルアスだな。
そこの王族たちがこぞって捜し求めていると言うぜ?
“輝宝石”だって、今手元にあったら王様に献上しておかなきゃならなかったものだろう。
結局は争いの道具さ。」
俺たち三人は口を噤んだ。
「古代アイテムを作った人って、どんなこと考えてたんだろ」
ポツリとラズベリルが呟いた言葉には、少しの寂しさが混じっていた。