<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第三章 ルケシオンの抗争



第十七話 秘められた力



揺らぎの後、周りの風景がしっかりと見えるようになってから、自分の今居る場所を確認する。
ここは−−−
「っ!ルゼルっ!」
「あっ、ジルさん」
明るい顔で俺を見るルゼルの姿があった。
無事で居てくれたとほっとする。
だがそんなルゼルの横にはアイゼンさんの姿があった。
たぶんここは海賊要塞の入口だろう。
海に面している場所ではあったが、周りに生息するモンスター“薬草”の姿があるのを見ると、予想は間違っていないはずだ。
「アイテムは持ってきたようだな」
「あげないわよ。」
アイゼンさんの言葉に、身も蓋もなく言い返すレギンさん。
「ルゼルを返せよっ!」
ルロクスが声を上げてアイゼンさんに食ってかかった。
それには全く耳を貸さない様子で、アイゼンさんは話を続けた。
「その石を渡せ」
「ルゼルくんを返してからね」
「こいつを返しても、その石をくれる保証はないだろう?」
「まぁそうねぇ」
「交換条件の為の人質だ。
先に返してちゃ何の意味もないだろう」
「それも尤もね」
レギンさんが胸の前で腕を組みながらうんうんと頷いた。
そしてすぃっとアイゼンさんを見つめて言う。
「でもこの宝石、どう考えてもうちのギルドのやつなのよ
一度手から離れたとはいえ、所有権はこっちにあるわ」
「だからこいつは見殺しにするということか?」
アイゼンさんが言った。
そして近くに立っているルゼルの腕をくいっと引き寄せる。
よろりとたたらを踏んでアイゼンさんの胸元に納まるルゼル。
・・・どうして抵抗しないんだ?
「ルゼルっ!」
俺が呼ぶと、ルゼルは困ったように笑った。
そして言う。
「僕の身の危険は無いんですけど、どうしてもそれが欲しいらしいんですよ」
「あら?ルゼルくん、懐柔された?」
「いえー、懐柔されたんじゃなくって、自力脱出はあきらめたんですー」
・・・どうやら、何度も逃げ出しを試みたんだろうな。
でも本当にルゼルの様子を見ると身の危険は無いんだろう。
だからと言ってだ。
「ルゼルを放せ。」
俺はレギンさんの手から“輝宝石”を取ると、アイゼンさんに向かってそう言った。
レギンさんが驚いた顔を見せる。
俺は構わず“輝宝石”を胸につけ、言った。
「これを渡せばルゼルを−−−」
「おもしろい」
アイゼンさんが俺の言葉を遮った。
「俺を倒してみろ。
そうすればこいつは返そう」
「それならっ!」
レギンさんがダガーに手をかけた。それを見てアイゼンさんは首を横に振る。
「レギン、お前とじゃない」
言って指を差す。
その先に居たのは−−−俺だ。
俺は無言で頷き、みんなよりも前へと歩み出た。
「ジルコン」
「ジルコンくん」
「大丈夫、大丈夫です」
ルロクスとレギンさんに呼ばれ、俺はそちらを見ずに答えた。
視線はアイゼンさんに向けたままで。
その俺の様子に、アイゼンさんは腕の中に捕まえたままのルゼルに向かって何かを言った。
ルゼルが不思議そうにアイゼンさんの顔を仰ぎ見ている。
っ!
「いきますっ!」
俺はアイゼンさんの言葉を待たずに走り出した。
アイゼンさんはルゼルを抱えたまま、後方へと飛んだ。
俺が出した拳はあっさりとかわされたかたちになる。
だがそれでやめるわけにはいかない。
もう一歩踏み込み、今度はルゼルの腕を掴むために手を伸ばした。
そこにダガーが割り込むように出される。
俺はそのダガーに怯むことなく、手を差し伸べる角度だけを変える。
アイゼンさんは再び後方へと飛び下がると
「その服のわりには戦い慣れてるな。
でもまだだ。」
ルゼルの体を抱え込みなおした。
今まで逃げ出せなかったからと言って、未だに逃げないのはどうしてだろうかとルゼルをよく見ると、ルゼルの体には服の色とよく似た黄白色な輪が何重にも巻かれているようだった。
通りで逃げないわけだ・・・
この分だと、スペル封じのアイテムとか付けられているんだろう。
やはりルゼルの自力脱出は無理そうだ。
俺は無言で間合いを一気に詰めた。
そこからアイゼンさんの肩を狙う。ルゼルを引き寄せている方とは反対側の方へ、拳を打ち付けるべく−−−
だが、不意にルゼルの体がそちらへ引き寄せられるように動いた。

慌てて俺は拳を止め、一度様子を見るべく後方へと離れ、間合いを取る。
・・・どうやらアイゼンさんとしては無意識に体を横へとずらしただけだったようだが、ルゼルを抱えていることをすっかり忘れていたらしい。
ルゼルに対して再び何かを言っているようだった。
そして俺の方へと向きやる。
ルゼルをそっとその場に放す。
だが離した場所はアイゼンさんの後ろの方。俺からの距離は遠い。
アイゼンさんを倒す。やっぱりそうしないとルゼルを助けられないか・・・
「本気でいくぞ。」
アイゼンさんが声と共に走り込み、俺へとダガーを突き出した。
盗賊の俊敏な動きに、一瞬動きが遅れたが、一歩足を下げ、身を横へと移動させることでよける。
そしてそのまま出された腕を掴もうかと思ったが、素早く次の攻撃を繰り出され、俺はその機会を失くした。
その代わりに俺は引いた脚を上げ、遠心力を利用しながら蹴りを出す。
予想していたようにアイゼンさんは紙一重の位置で避ける。
そこを狙ってアイゼンさんの懐に潜り込むと、そのまま拳を突き出した。
潜り込むとは思っていなかったらしい。アイゼンさんはとっさに胸の前で腕を十字にして、俺の拳を受け止める。
間近で受け止めた分、威力は大きかったはずだ。
アイゼンさんは後方へと2,3歩よろめいた後、その状態を隙とならないように、ざんっと大きく跳んで間合いを作った。
俺も体制を整えるため、間合いは十分あったが、数歩下がっておく。
倒さなきゃ、ルゼルを助けられない。
この目の前の人はドレイルと同じく強い。
いや、ドレイルよりも強いだろう・・・
倒さなきゃ殺される。
俺は無意識に光るダガーを見つめていた。
「お前も怖がっているのか。」
「え?」
突然、アイゼンさんがそう言った。
何を言われたのかわからず、俺はほうけた声を出した。
「力に突き動かされ、それでも恐怖を感じ。
そんなままじゃ力に振り回されるばかりだぞ」
アイゼンさんが言う。
そして俺を指差した。
・・・いや、アイゼンさんは俺が胸元に引っ掛けた“輝宝石”を指差していた。
「お前はその力を“使う”能力があるなら、
それを確実に“使え”なきゃ意味がないだろう」
俺は疑問符を浮かべた。
この人は何を言ってるんだ?
“輝宝石”を指差して“その力”って言ったよな・・・?
すたすたと歩み早く、アイゼンさんはルゼルの元へと行くと、片手でルゼルの体を抱いた。
ルゼルが困惑の瞳を向ける。
「力はこう使うものだ」
言って、アイゼンさんはルゼルをぐいっと引き寄せた。
ルゼルが困惑以上の何かを感じ取ったらしく、ぐっと体を強張らせているようだったが、それもなぜか次第に体の力がなくなり、アイゼンさんの体に寄りかかっていった。
次第にルゼルの瞳がぼんやりとしていく。
そしてそれと同じくして、アイゼンさんの足元に淡い光が集まり始めた。
「ルゼルっ!」
ルロクスが叫ぶ。
俺は異様な感覚を感じるというのに、動き出すことが出来なかった。
今、少なからず俺は・・・目の前に集まっていくような何かを受け入れていた。
そして今感じているこれは・・・力の集まりなんだろうか・・・
とても緩やかな力の流れを感じる。
そしてこの力は、何度も感じたことのあるものだと気づく。
イリアル邸の壷。
そしてこの要塞で感じた感覚。
この感覚は何かの力を感じ取ったものだったのか。
アイゼンさんの足元には、まるで蛍のように光がゆっくりと舞い踊っていた。
ルゼルをそっと離すと、数歩俺の方へと歩み寄り−−−
「いくぞ」
声と共に姿がかき消えた。
っ!インビジブルかっ!
と思ったが、発動する際の音が全く聞こえなかった。音も無くインビジブルを使用なんて出来ないはずだ。
一瞬の疑問でアイゼンさんの動きを読むことが出来なかったが、俺はとっさに前方へと走りこんだ。
後ろから砂を踏む音が聞こえたからというだけだったのだが、目の前に姿は見えない。
ここが土では無く砂浜だったからわかったことだったけれど、次にアイゼンさんがどう動くか全く不明だ。
ざんっ!
目の前の砂がくぼんだ。
今正面にいるっ!?
おれは拳を突き出そうとして−−−
−−−動けなかった。
首の前には光る刃。
「おわりだ。」
アイゼンさんのダガーは俺の喉下をしっかりと捉えていたのだった。