<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第三章 ルケシオンの抗争



第十六話 戦いの場所



『あのアイゼンが人質を取るなんてね・・・』
レギンさんがそう言って部屋から出て行った後、俺とルロクスはぼんやりと外を見つめていた。
ここは宿屋の一室。
「ルゼル、無事かな・・・」
ぽつりとルロクスが言う。
「あいつ、ルゼルの力の事、なんか気づいてたじゃん。
あいつ、危険な気がする」
言って自分のオーブ−−−ゴーストアイズをぽおんと中に放り投げた。ゴーストアイズは反応してルロクスの傍に飛び、空中でふわふわと浮き始める。
それをまたぺしっと軽くベットへと叩き落すように叩いた。
ゴーストアイズはけなげにも再び同じ位置に浮き直す。
その様子をぼんやりとした目のまま見つめて、ルロクスは話し続けた。
「ルゼルの事・・・利用しようとか言わないよな、あいつ」
「それはないと思う。」
俺は答えた。
「アイゼンさんは“輝宝石”が欲しいだけだと思うから。
ルゼルは手に入れるための人質。
本人もそう言ってたろう?」
「“それまで預かる”って言ってたけど・・・
本当に無事だって言えるか?」
俺は口を閉ざした。
あの後、ラズベリルが『噂なんだけど・・・』と言いながら教えてくれた。
アイゼンさんがどんな人なのかという事。
孤高と冷血の盗賊アイゼン。
立ちふさがる者は容赦せず殺す。
事によれば暗殺も引き受けるという。
あいつの正体はモンスターだとか、何十年か前にも見かけているのに年が変わらないとかいう話もまことしやかに流れているらしい。

『相手にしないほうがいい。
 出来ることなら姿も見ないほうがいい。』

盗賊の中では当然のように言われているのがこの言葉だった。
そんなアイゼンさんの元に、人質としてルゼルが居る。
「心配しないわけが無いけど・・・信じるしかないだろ」
宿屋の外は昨日の喧騒が嘘のように静まり返っている。
ルールのギルドマスター、ライズさんにペットのチャウを返したら、ライズさんは全て納得が言ったらしい。
返しに言ったのはレギンさん一人だけだったのだが、きっと凄い歓迎だったんだろうと想像がつく。
愛するペット!を返して貰っただけで喧嘩をやめたというのは至極単純だと思うが・・・。
「炎竜のドランさんがこのことをどう思うかさ。
あのアイテムを欲しがってるのはドランさんも同じだからな」
盗賊ギルドの警備も昨日より厳重になった。
ドランさんは盗賊ギルドに“輝宝石”が戻されたとは知っているはずだから当然のことだ。
「アイゼンさんの手にもドランさんが欲しがっていたものがある。」
「やっぱりルゼルが危険じゃねぇか・・・」
ルロクスがぼそりと言ってベットの上で膝を抱えて座った。
そこに頬杖をつく。
「ルゼル・・・危険ばっかだな」
「あぁ・・・」
もどかしい気持ちを抱えたまま、見える夕日をぼんやりと眺めていた。


「アイゼンっ!」
レギンさんが叫んだ。
次の日の昼ごろ、俺たちは指定されたとおり、ルケシオンダンジョンの入り口に来ていた。
レギンさんの手には黒く光る石が埋め込まれた装飾品“輝宝石”がある。
盗賊ギルドの物として戻ってきたこの“輝宝石”をレギンさんは交渉の場に持ってきてくれていた。ルゼルを返して貰うために。
『アイゼンには騙しが効かない』
ヤガンさんがそう言って持たせてくれたのだ。
だからと言って本当にルゼルと“輝宝石”を交換するなんて思っていないだろう。
どうにかして機会を見つけ、ルゼルを返して貰うつもりだけど、でも−−−
でも願わくば、ルゼルを無事に返してくれると約束してくれるのならこの“輝宝石”は・・・とも思ってしまう俺が居る。
戦ってはいないけど、明らかに俺たちとは実力が違う。
そんな人とやりあったら・・・
「アイゼンー?まだいないのー?」
レギンさんがそう言った後、ぴたりとなぜか動きを止めた。
疑問に思いかけたとき、俺の腕を誰かが掴む。
「!?」
気がつくと俺たちはどこかへと飛ばされてしまっていたのだった。