<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第三章 ルケシオンの抗争



第十五話 囚われた場所



「なにするんですかっ!」
やっと解かれた猿轡。
僕は開口一番にそう叫んだ。
アイゼンさんは何も言わずに猿轡として使っていたハンカチを机の上に置く。
僕が連れてこられたのは小さな部屋。
ベッドと机があるだけの、本当に小さな部屋だった。
ここはどこだろう?
記憶の書でどこかに飛ばされた後、すぐ目隠しをされて歩かされこの部屋に押し込まれたから、ここが何処だか分からない。
これじゃあ抜け出せたとしても、ジルさんたちと合流するのは困難だろうなあ。
僕が睨んだままでいてもアイゼンさんは動じることはなかった。
逆に僕なんかいないかのようにランプに明かりを灯す。
閉じられた窓をあけたアイゼンさん。
その窓の外には橙色の光が見える。
夕暮れが近付いているんだ・・・連れ去られてからそんなに時間は経ってないことだけはわかったけど…
「僕を・・・どうする気なんですか?」
僕の問いかけにアイゼンさんは答えない。
答えないまま、椅子に座る。
そしてあまりにも長い時間、沈黙が続いた。
「答えて・・・ください」
僕が堪らずに問いかけたのは、自分の置かれた立場がわかってないからじゃない。
怖い。
ただ単に僕だけ連れて来られただけ。
この人はアイテムが欲しいだけ。
ジルさんに危害が及んだわけじゃないし、ジルさんたちが無事なのはわかってるけれど…嫌な記憶が頭の中でぐるぐる回っている。
あの時の−−−
「・・・脅える必要はない。」
アイゼンさんが口を開いた。
言われてどきりと心臓が跳ねる。
僕の様子をちらりと見やると、アイゼンさんは言葉を続けた。
「お前は取引のための人質だ。危害を加える気はない。」
机の上ではぼんやりとランプが光をおびて輝いている。
「人質・・・ですか」
当然なんだろうけど、こうはっきり言われると複雑な気持ちが表に出てきてしまう。
僕はこっそりとため息をついた。


「アイゼン!お前がたがたうるせぇぞ!」
びくっ!
突然の声に僕はびくつき、アイゼンさんはつぃっと声の方向に目線をやった。
声は廊下から。
そして扉の前へと近づく。
そして当然のごとく扉が開いた。
ばんっ!と大きな音が響く。
だれなのかとびくつきながら見ると−−−
「ど、ドラゴン・・・さん・・・?」
僕は見覚えの有る顔に驚いて、思わず名前を呼んでいた。
ドラゴンさん−−−ルケシオンの町の雑貨屋さんの店主である・・・多分モンスター。
ルケシオンにある店の多くはモンスターが営んでいる店で、その店主たちもポンのルゥのように人間の言葉をしゃべることができるのだ。
昔、海賊がここらへんを統治していたらしいから、モンスターを使ってたのかもしれないけど。
そのドラゴンさんがどうしてここに?
そこで予感がひらめく。
もしかしてここって−−−
ドラゴンさんは僕の姿を見るなり、訝しげな雰囲気を見せた。
「あぁ?アイゼン!お前、子供なんか連れてきてどうするってぇんだ?」
言いながら僕の姿をまじまじと見やる。
「ん?そいつ魔術師じゃねぇか?アイゼンなんかに捕まったのか」
「え、えぇ・・・まぁ・・・」
「ふーん」
そしてぽんと手を打ってこう言った。
「もしやお前ウワサの“同性を愛するタチ”ってやつか」
「違う。」
即、アイゼンさんが声を上げた。
慌てたような、呆れたような、そんな様子でアイゼンさんはドラゴンさんに言う。
「・・・ドラゴン・・・出てけ」
「何言ってるんだ〜お前の方が居候のくせに―――」
「出てゆけ。」
もう相手をしないといった様子を見せる。
「はいはい。んじゃ、じっくり楽しめよ〜」
「・・・。」
もう頭を抱えたいという雰囲気が見て取れるアイゼンさん。
ドラゴンさんは全く気にすることなくこの後もぐちぐちと立ち話をして、やっとの事で部屋を出て行った時には、アイゼンさんは大きなため息を一つついていた。
僕はこの状況に面食らっていたのだが、アイゼンさんはくるりと僕のほうを向くと、
「言っておくが・・・」
と少し言いづらそうにしながらも
「俺はそういう気はないから間違えるなよ」
そんな風に言うものだから。
「くすくす・・・は・・・はいっ」
僕は思わず笑って答えた。
強い盗賊と言われ、畏怖されるような存在のこの人が、顔には出してないもののこんな困ったような雰囲気を見せていることに僕は少しだけ安心感を覚えた。
しばらく僕は笑っていると、僕のその様子にすら困ったのか、アイゼンさんは僕と目線を合わせずに窓の外をずっと眺めていた。


今なら逃げ出せるかなと思ったけれど、やっぱりそうは行かなかった。
「お前〜これで何度目だ〜?」
「か、数えてません・・・」
白い目で見ながら言うドラゴンさんの言葉に、僕はあはははと笑いながら答えつつ、アイゼンさんにずるずると引きずられながら連れ戻されたのだった。