<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第三章 ルケシオンの抗争



第十二話 双刃双舞



太陽がじりじりと俺たちを照りつけていたが、首に巻いた布を取る気になれず、俺は歯をかみ締めて正面を見ていた。
俺たちと対峙していた手下たちが迅速にドランさんの下に戻る。
そしてルゥとミーを抱えた手下も、俺から離れた場所を走り、ドランさんの下へと。
「さて、盗賊ギルドのレギン。
俺の言いたいことはわかるだろ?」
「・・・ひっきょ・・・う・・・」
ラズベリルが悔しそうに言う。
ルゼルとルロクスは未だに辛そうにしているものの、臨戦態勢の構えを取った。
俺も戦いに気を集中させたいのだが・・・それをアイゼンさんにか、ドランさんにか、どちら向けたら良いのか考えあぐんでいた。
レギンさんの答え次第なんだけども・・・
レギンさんを見ると悔しそうにドランさんの方を睨みつけている。
「レギンさん・・・」
「仕方ないわ。四人はじっととしててね。
ジルコンくん、三人をよろしく。
ルロクスくんはチャウを死守ね」
ルゼルが心配そうに声をかけると、レギンさんはこちらに目を向けずにそう言った。
目線の先には−−−アイゼンさん。
「ちょっと待てよ!
こんなのオレたちには無駄な戦いってやつじゃねぇかっ!」
ルロクスがチャウをかばうように後ろへ下がらせながらも、レギンさんに叫ぶ。
そしてラズベリルも叫んだ。
「そうよ!戦うなら私が戦うわよ!」
・・・一同の動きが止まる。
「・・・ラズベリル・・・君には無理だと思うんだけど、僕・・・」
「なによっルゼルっ!私の実力を知らないから言えるのよっ!」
ルゼルの突っ込みにカチンときたのか、ラズベリルは鼻息荒くまくし立てた。
・・・う、う〜む・・・俺も無理だと思うんだけど・・・
「くすくすっ。
わかったわラズベリル、私があのポン二匹を開放させるからあなたはしっかり準備しておきなさい。
あなたが一番、あの二匹を守ってやれるんだから」
レギンさんが思わずといった笑いをしながらすぅっと前へと数歩、歩み出た。
ミーとルゥを人質に取られている今、ドランさんの噂される実力と手下の数を考えればと、ドランさんの言うことを聞くしかないのが現状だ。
でもアイゼンさんの手からアイテムを奪うなんて出来るんだろうか・・・
「ということだからアイゼン、そのアイテム、貰うわよ」
「・・・。」
アイゼンさんは答えずにレギンさんと向き合った。
ちらりと俺はルゥとミーを見ると、二匹はおとなしく手下に捕まえられたままで居る。下手に暴れてしまうとルゥとミーの身が危険だ。
あのままじっとしててくれれば俺たちもまだ安心だが・・・。
「レギン、邪魔をする気か?」
アイゼンさんが口を開いた。
「そのアイテムを返してくれたら、あなたの邪魔はしないわ。
ま。このアイテムも、本当はあなたのものだったかもしれないけど。」
「これは俺に必要な物だ。返すわけにはいかないな。」
「そう。ドランに命令されるのはヤなんだけど。
人質ならぬポン質がいるからねぇ」
レギンさんの目がすうっと鋭くなるのが俺の場所からでも見えた。
そしてレギンさんの手は、腰にあるダガーを引き抜いている。
アイゼンさんもそれを見て、同じようにダガーを引き抜く。
この状況・・・どうすればいいのか。
何も出来なくてやりきれない気持ちでいっぱいな俺を引き戻すように、俺のズボンを誰かが引っ張った。見てみればラズベリルが眉をゆがませたまま、俺を見上げている。
小声でこう言った。
「私たち、見てるだけなの?」
なにか方法はないかというラズベリルの言葉。
でも今俺たちが手を出せば、逆に邪魔になってしまう。
俺は首を縦に振って見せた。
「あせりは禁物だ。もう少し様子を見よう。な?」
俺が言うとラズベリルはとてつもなく悔しそうな顔を見せた。
ラズベリルの気持ちはよくわかる。俺だってその気持ちでいっぱいだ。
でもこの思いついた方法は−−−
「まぁ、レギンさん次第かな・・・」
「?」
呟きにルゼルが不思議そうに俺の顔を仰ぎ見た。
俺の考えついた方法は、レギンさんの動き次第で実行できるような代物だった。
レギンさんと打ち合わせしているわけじゃないから、俺の思う通りの動きをレギンさんがしてくれる保障はない。
だけど−−−
俺はレギンさんの動きを逐一、見逃さないように見つめた。
レギンさんとアイゼンさんは互いにダガーを構え、動きを見せない。
「勝負は一瞬・・・ってか?」
「いや、あくまで相手の持ち物を奪うわけだから、
動き出す前も後も、長くなりそうだ」
俺がルロクスに言ったその言葉を聞いたかのように。レギンさんが声を上げた。
「いくわよっ!」
声大きく叫び、走り出した。
同じくアイゼンさんも走り出す。走りながらアイゼンさんは奪ったアミュレットを首にぶら下げた。
きらりと輝くそのネックレスには紫色の宝石が埋め込まれていた。
そのネックレスを狙うため、レギンさんはアイゼンさんに向かい、走る。
アイゼンさんはもうすでにレギンさんが正面に向かって来るのを見越していたかのように、大きく左へ移動した。
その動きは俊敏そのものだったが、レギンさんも盗賊だ。その動きを見逃さず、レギンさんの左足は大地を蹴ると、アイゼンさんの移動した方向へと向かう形になる。追われるアイゼンさんは移動の仕方も、緻密に計算されているかのような動きだった。アミュレットがゆれる大きさもまるで見越しているかのようにレギンさんが伸ばした手からするりと逃げる。
レギンさんもそこで踏鞴を踏むような人ではない。アイゼンさんの脇を通り越して再びアミュレットを奪いにかかる。
この場で二人の動きをしっかり見切れているのは少ないらしい。
「うぁー・・・」
ルロクスとラズベリルの二人は無理のようだった。ただただ呆然としながらこの状況を見ていた。
炎竜のギルマスは見えているのかどうかはわからないが、このふたりの攻防を見ていると気づくことはある。
でも今はルゥとミーを助け出す機会を見逃さないようにしなきゃな。
そう思っている俺の気持ちを察したのか、その一瞬の機会が訪れた。
アイゼンさんが大きく移動し、ドランさんたちの居るほうに突っ込むような形になる。
その後を追い、レギンさんも手下の仲に混ざるような形で立った。
そしてそのまま、レギンさんはその場でダガーを一閃させた。
自分たちに攻撃がくると思っていなかった手下たちが慌ててレギンさんの傍から離れるために動く。
俺はこの機会を逃がすわけにはいかなかった。
そう、いまだっ!
俺はルゥとミーを抱えていた男に向かってスペルを放った。
修道士唯一の遠距離スペル。
「イミットゲイザーっ!」
「っ!」
手下の方に向けて光の珠が破裂する。
その拍子にルゥとミーを抱えていた手が緩んだ。
「いくぞミーっ!」
ルゥがミーに声をかけ、逃げ出す。
だがそう簡単に逃がすわけにはいかないと、手下が遅れて逃げ出したミーの体に手を伸ばす−−−
「ウィンドブレードっ!」
「ウィンドアローっ!」
ルゼルとルロクスがミーのすぐ後ろ、手下の手を遮るようにスペルを放った。
手下は慌てて手を引っ込め歩みを止めると、その好きにミーはラズベリルの元へと飛んでいった。
「ルゥっ!ミーっ!」
ラズベリルが手元に戻ったルゥとミーを抱きしめ、安心した顔を見せる。
ルゥとミーもほっとした顔をしてラズベリルの胸に顔を押し当てていた。
まんまとしてやられたのはドランさんたち炎竜ギルド。
「さ〜って。
ドラン、もうあなたに従う理由はもうないわよね?
卑怯な手を使ってまでやるなんて、あなたらしくないとは思うけど・・・
とにかく、もう二度と私を利用するようなこと、やめてよね。
今度やったらどうなるか−−−よく考えてよね。」
言って、手下たちの中からすたすたと俺たちの居る場所のほうへと歩いてくるレギンさん。
カチンと音をさせてダガーを腰につけた鞘に納める。
「茶番だな。」
言ってアイゼンさんもダガーを納め−−−
そこで思わないところから大声が上がった。