<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第三章 ルケシオンの抗争



第十話 過ぎたる宝



「よぉレギン。奇遇だなぁ」
「手下倒したから慌てて来たような人が“奇遇”だなんて笑っちゃうわね」
男の発言を嫌味っぽく返す。
目の前に現れたのは、ギルド炎竜のギルドマスター、ドランさんだったのだ。
脇には数人のギルド員を引き連れている。
手にはダガーやら剣やら斧やら鞭やら…明らかに敵意が見えた。
「たくさんお連れがいるのね。なにするつもり?」
「白々しいなレギン。まぁ俺も月並みなセリフしか言えないけどよ」
言いながらドランさんが腰に携えたダガーを引き抜く。
それを合図に取り巻きの連中が武器を構えた。
「やる気に水を差すようで悪いけど、あなたの手下を倒したのは私達じゃないわよ」
呆れ気味に言う。そのレギンさんの言葉を聞いて、ドランさんがいぶかしげな顔を見せた。
「微妙に急所からずらして拳を入れてるなんてあんな芸当出来るのはレギンくらいじゃねぇか…
他に誰が居るんだ…?」
「そんなの、私以外にもゴマンと居るわよ…」
呆れ過ぎてため息をつく。
「アイゼンってやつが、だよ。あんたの手下倒したのは。 」
ルロクスがぼそりと言った。
「オレ達じゃないんだしさぁ、道開けてくれる?
町に帰りたいんだけど。」
少し怒り気味に言うとイザベラちゃんをちらっと見た。
また驚かされては堪らないってことなんだろう。
ドランさんはにやりと笑った。
「なるほど…アイゼンか。なら一緒に来てくれるよな?レギン。」
レギンさんは表情を変えずにドランさんを見つめる。
「盗賊ギルドのメンバーが不祥事をやらかしたんだ。
盗賊ギルドとしての義務をはたして貰わないとな?」
義務というところを強調させて言う。
だがそれを聞いてラズベリルが口を出した。
「アイゼンって・・・あのアイゼン?」
「そう、あのアイゼン。」
深い顔をして頷くレギンさん。ラズベリルの顔がさっと青くなる。
やっぱりラズベリルも孤高と冷血のアイゼンのことは知ってるってことか。
「ちょ、ちょっと!アイゼンは盗賊ギルドには所属してないって聞いたけど?!」
横から叫ぶといったようにラズベリルが言った。そして小声でルロクスに『アイゼンに会って、よく無事で居られたわね・・・』と訝しげに見ていた。
ドランさんの方は全く動じずに、にやにやとレギンさんの出方を見ているようだった。
レギンさんに対しての嫌がらせなんだろう。だがレギンさんも立場上、関係ないことだとは言えないようだった。
あくまでアイゼンさんは盗賊。盗賊が起こしたいざこざは盗賊ギルドで解決させるというのが方針らしいし・・・
街中で喧嘩騒ぎを勃発させているようなギルドマスターが言える筋合いはないんじゃないかと、個人的には思うんだけど。
レギンさんは顔をあげ、ドランさんをしっかと見据えた。
「いいわ。アイゼンともちゃんと話しておきたいってヤガンも言ってたことだし。
アイゼンを探してあげる」
口調は軽いものの、ドランさんを見つめる瞳は鋭いものだった。
二人の間に緊張が走る。
「探すのは探すわ。でもあなたたちのためじゃないわ。
私は盗賊ギルドに加入して貰うために探すのよ」
「つまりはなんかあっても盗賊ギルドは関知しない!ってことね」
ラズベリルが補足をする。
無駄に自信満々なラズベリルの隣にいたルゥに目をやると、がなぜか元気がなさそうな・・・いや、なにか言いたげに俺を見上げていた。
どうも、大勢の人が居る手前、言葉をしゃべるポンであるということは伏せているようだった。
ミーも看板を持っているだけで、掲げようとはしていない。
ずっと見上げているルゥの頭をぽんと撫でてやると、
「後で聞くよ」
小声で言った俺の声に反応して、ルゥはこくりと体を上下に揺らして見せた。


テュニキャリアーという鉄の体のモンスターが生息している場所を抜け、モンスターと化した海賊たちの住処を通過し、次は亀やワニのモンスターが出ると言われている場所へ向かうその途中だった。
海賊モンスターたちの目から丁度離れた場所。その一画で、炎竜のギルド員たちがたむろしていたのだ。
ぞろぞろとやってきた俺たちを一瞬訝しげに見たが、その中に自分たちのギルドマスターの姿を見つけると、作業を中断して挨拶をし始めた。
「はかどってるか?」
ドランさんが作業員の長らしい男に声をかける。
作業員のその男は顔に似合わない敬語を使いながら現状を報告しているようだ。
・・・だが俺たちはそんな光景をのんびりと見ていられる状態ではなかったのだ。
なぜなら−−−
「うー・・・気持ち悪すぎる・・・」
「だねぇ・・・」
ルロクスもルゼルも、胸に手を当てて唸っていた。
座り込むほどの状態ではないようだけど、相当気持ちが悪いようで、胸を擦ったり、大きくため息をついたりしている。
まぁ、かく言う俺も、二人よりは軽いけれど同じような状態ではあった。
やはり魔術師は魔力の干渉に敏感だからなんだろうか。でもこの感覚は魔力の干渉から来てるんだろうか・・・?
ラズベリルも平気そうだし・・・謎ばかりだ・・・
「みんな大丈夫?」
あまりな状況に、レギンさんが心配そうに声をかけた。
ラズベリルも何故こうなっているのかさっぱりといった顔をしている。
こんな風になっている俺たち自身もなんでこうなるのかさっぱりなわけだけど・・・
でもこんな風になっているのを一番気にしているものが居た。
ルゥとミーだ。
ミーはルゼルの周りをぐるぐる回って、時折ドランさんのいる方向を見てはまたぐるぐるとルゼルの周りを回っているし、ルロクスの横でルゥがずっと心配そうな顔を見せて様子を見ている。
もしかしてこの二人・・・というか二匹・・・こんな風になる原因を何か知ってるのか?
俺は体調がすこぶる悪いルロクスとルゼルの影に隠れて、ルゥにそっと声をかけた。
「ルゥ?」
「ここに遺産が眠ってる。人によってはルゼルたちみたいになっちゃうんだよ」
「遺産?」
眉をひそめる俺にルゥは声をさらに小さくさせて話し出した。
「むか〜し作られたものさ。今じゃ作れないようなアイテムなんだ。
近づいたらダメだって言われてる。」
言ってドランさんたちのほうを見た。
どうも作業員たちは穴を掘っているようで、あちこちで土の山が出来上がっていた。
それを見ながらルゥが続ける。
「掘り起こしちゃダメなんだ。それは過ぎたるものだって。
手にしちゃいけないってモンスターたちでの言い伝えなんだよ。
あいつらに言ってやってくれ」
「言ってやれって・・・言っても・・・」
ドランさんたちはこの変な感覚に囚われていないんだろうか。
そこでドランさんが大声で俺たちを呼んだ。
何だろうかと呼ばれた方向へ目をやると、そこには辺りに掘られている穴よりも一回り大きな穴だった。
「レギン、お前の悩みは解決しそうだぞ。」
くっくと笑ってドランさんは穴を指差した。
「何と無く察してるだろうが、俺はアイテムを探しててね。
そんじょそこらのアイテムじゃない。
古代のアイテムを、だ。」
「古代の〜ぉ?」
レギンさんがさんも胡散臭そうに声をあげた。
レギンさんがこんな反応を見せるのは至極当然のものだ。
大体、『古代の』やら『古くから伝わる』と言われるような一品は、実際には古代文明の物じゃなかったり、すばらしい魔力が込められてるとか銘打ってあっても全く魔力の欠片もないようなものだったりと言うことが多い。
つまり、古代文明のアイテムは夢幻なのである。
そんなものをギルドのマスターであるような人が追い求めているなんて・・・
「ドラン、あなた、結構夢見がちな人だったのね」
「まぁ聞けよ。
俺も最初は与太話だと思ったさ。
でもどうも信じられそうな文献があってな」
「へぇ、そんなのをドコで?」
レギンさんが言うとドランさんはもったいぶったようなそぶりを見せた。
そんな時、後ろから声が聞こえた。
「俺から奪ったのさ」
突然の声に手下一同が慌てて声の主の姿を探す。
だがそこには誰の姿もない。
レギンさんが手を大きく振る仕草をした。
シュイン・・・
乾いた音と共に、ドランさんの近くに現れたその姿。
声の主は−−−
「あ、アイゼン?!」
そこには先ほど圧倒的な力の差を見せた、アイゼンさんが立っていたのだった。