<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第二章 ミルレスの傍のわが家



第一話 休息の場所



「はいこれ」
俺たちは運よくも手に入った宝石−−−エメラルドを持って歩くわけにも行かないから、と、一旦ミルレスの町に戻ってきた。
ルセルさんの家に入ったとたん熱烈歓迎を受け、そして今の言葉を受けたわけだが・・・
ルセルさんの手には一着の服。
「これを・・・俺に?」
「そう、作っておいたんだ。どうかな?」
ニコニコ笑顔で渡してきたのはどう見ても・・・
「・・・だから、吟遊詩人の服はきませんから。」
「え〜・・・今度はちゃんとレベルちょっと上にしといたんだよ?」
「でも!吟遊詩人の服ですよね!それ!」
俺は思わず突っ込む。
仕方ないなぁといった顔をして、ルセルさんは後ろから違う服を取って俺に見せた。
「じゃあ、コレ。一応改良版。
結構戦いが楽になると思うから」
『すぐには用意できなかったんだ、ごめんな』と付け加えて俺に渡してくれたその服。それは今俺が着ているモンクバディと同じ服だった。
「あ、ありがとうございます!」
もらえるものとは思っていなかった俺は、素直に感謝すると、ルセルさんは少しだけ苦笑いしていた。
・・・?
「俺は気軽に行動できないもんで、
これっくらいしかできなくってごめんな?」
このとき、俺はその意味がよくわかってはいなかった。


ミルレス森の奥深くにあるルセルさんの家。
ルセルさんが住むこの家は、幾重もの結界というものが施され、誰も近付けないようになっている。だがルセルさんはその家から出ることになったらしい。
理由と言うのは−−−
「ジルさん、おはようございます。」
『いつも早いんですね』と笑って声をかけてきたのは、紫色の髪と瞳をした少女、ルゼルだった。エプロンをつけた彼女はにっこりと笑って見せる。
「朝御飯、出来ましたよ」
「あぁ、ありがとう。すぐいくよ」
少し歩みより、ルゼルは手に持っていたタオルを渡してくれた。
それを受け取り、汗をぬぐう俺。
その様子を見てルゼルは、そっと『お疲れ様です』と言って微笑んだ。
俺もつられて笑みを浮かべる。
「……この会話聞いてるだけなら、新婚さんっぽいのにね〜お二人さん」
「?!るっ、ルセルっ〜〜!!」
玄関のドアにもたれるようにして立っていたルセルさんがけらけらと笑いながらそう言い…ルゼルを怒らせている…
「ルセルさん、またご飯抜きにされますよ…?」
この人は・・・相も変わらずルゼルを怒らせては楽しんでいるのだ。
「いいじゃんか、ここにいる間はおちゃらけでもさ〜」
言うルセルさんの顔は少し複雑そうだった。


そう、理由と言うのが、こうだった。
「ルセルが、ミルレス神官長に?!」
「いや、補佐だよ補佐。ま、仕事は神官長のやるようなもんばっかりだけどな」
ルセルさんはひとごとのようにそう言ったのは、このミルレスの森−−−ルセルさんの家に帰ってきてすぐのことだった。だがその物言いに、お祝いをするとは言える雰囲気ではなかった。
「嬉しそうじゃ…ありませんね、ルセルさん」
「ジルくん!わかる〜?!
今までリジスの馬鹿がどんだけ問題を積み上げたまんまでいたのかを!
神官長がいくら名誉のある仕事だとはいえ、こんな面倒くさい状態で神官長になるよってやつはいないよほんとに。
結局今居る神官長だって代理だしぃ〜?
ただいるだけだしぃ〜?」
「でもどうしてルセルが抜擢されたんだ?」
話を聞いていぶかしげな顔をしたルロクスが問いかけた。
「そう言えばそうだよな。
町外れに住んでいるルセルさんをあえて任命したなんて…不思議な話ですよ?」
俺の問いかけに、ルセルさんはあまり面白くはないといった顔付きになる。
ま、まずいこと言ったかな俺…
それに気づいたルセルさんは、手をぱたぱたと振ってみせた。
「あ〜、ジルコンくんが悪いわけじゃないよ〜
ただね…さっきの質問に答えるとすれば−−−
“親の七光りってものが効果を発揮しちゃってる”
っていうことかな」
「“おやのななひかり”?」
「そ。俺の親が、上のランクの神官だから…なんかやったんだろうな…
自分達がなってりゃ良いのに」
『ただでさえ、リジスと仲違いしたときは、やれ名声が、やれ地位がとかさんざんうるさかったからなあ』と、自分の頭を乱暴に掻きながら言う。そこでルゼルがおずおずとルセルさんをつついた。
「あの…ルセルのご両親…いるんだ?」
「あぁ、そういや、ルゼには言ってなかったか。
一応、ミルレスに居るには居るんだけどね。
俺の方から『二度と干渉してくんな!』って言ってあるような親子関係。」
「…僕と…セルカのために…?」
ルゼルが申し訳なさそうにうつ向いたまま問いかける。ルセルさんは気付いて、ルゼルの肩をぽんぽんと何度か叩いて言った。
「親とそうなったのは、ルゼたちが来るも〜っと前さ。だからルゼとセルカがココにきたからって言うわけじゃない。
まぁ、その話はまた別のときにでも話すさ。
と〜にかく、
『嫌われ者のおれが、やっかいすぎる仕事を押し付けられた』
ってことだけさ。
・・・でもな〜んかアルシュナが裏でやってるような気がしなくも無いんだがな・・・」
苦々しいといった顔のまま、紅茶を口にする。
そして一口飲んだ後、ふぅっとため息をついた。
「とにかく、聖職者登録を解除するぞ!とか遠まわしに言ってきたくらい、
半強制的にさせられるんだから、とりあえずガンバルゾー」
最後の言葉は明らかに棒読みだ。
「むちゃくちゃ嫌なんだな・・・」
「大丈夫かな・・・ルセル・・・」
ルロクスとルゼルの二人で呟くと、部屋を出て行くルセルの背中をそっと見やっていた。



「よっ!」
「っくっ」
俺は相手の隙を見て、腕を掴んだ。
そしてそれをねじって背中を向けるように仕向け、相手の動きを止める。
そしてもう片方の手で口を塞いでスペルを打てないようにする。
「うぐ…うぐぐ…」
もごもごと暴れている相手に俺は苦笑いをしながらこう言った。
「だめだよルゼル。攻撃してから動くまで何か躊躇してるだろ?
敵がそこで倒れたらいいなって思ってるようだけど、
スペル一発じゃ、いくらなんでも修道士は倒れないよ?」
言って俺は相手‐‐‐ルゼルを拘束していた手を緩めた。
「相手の行動を見るのも大事だけど、攻撃もしていかなきゃ。
相手が何もできない状況にならない限り、戦意喪失にはならないから」
解かれたルゼルはけほっと少しむせたように咳をした。
「あ、強く絞めすぎちゃったか?ごめんな」
「いいえ、大丈夫です。うーん…まだまだですねぇ僕」
ばつが悪そうに空笑いをして、ルゼルは帽子を被り直した。
俺はそんなルゼルを見て頭を振って見せる。
「大丈夫、昨日より随分上達してる。
動きも早くなってきてるみたいだし、スペルの連携って言うのかな…
無駄がない感じに近付いてるみたいだよ?」
「そうですか?」
首を傾げるルゼルに俺は大きく頭を振って見せる。ルゼルは嬉しそうに『ありがとうございます』と礼を言ってくれた。
−−−ルゼルが俺に武術を教えてほしいと言い出したとき、俺は心底驚いた。魔術師には魔術師の戦い方があるんじゃないのか?と問いかけたくらいだ。
だが、敵に接近されたときにでもうまく対処が出来るようになりたいのだというルゼル。
修道士のスペルやスキルは教えられなくっても、動作や心得くらいは教えられる。自分も魔術師相手に鍛練したことないし、良い修行にもなる。
一石二鳥というやつだ。
もう一人の魔術師、ルロクスはというと…
「そういえば、ルロクスは?」
そういえば姿を見ないなと思って聞いてみると、ルゼルは家の方を指差した。
「ルセルと何か話してますよ。
ルロクス、いろいろ知りたいことがあるらしくって。
ルセルも、頼られて嬉しそうにしてました。」
くすりと笑うルゼルは今度は木陰に置いておいたバックから四角いオーブを取り出して構えた。
「すみません、もう一戦、いいですか?」
その真剣な瞳に、俺も答えるように瞳を合わせた。
「あぁ、喜んでっ!!」
俺のその言葉が、修行再開の合図になった。