<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第一章 ルアスの町の怪盗



第八話 パレードと別れ




ルアスの街の祭り。最終日の今日は、様々な人たちが広場を練り歩いていく行事が行われていた。
「昔の言葉でパレードっていうらしいよ」
「詳しいですねぇ、イリアル様」
イリアルがまるで子犬のようにルゼルの側を片時として離れること無く、楽しそうにルゼルに言った。
ルゼルもにっこりと笑ってイリアルを誉めている。それが気に食わないといった顔のルロクス。
ぶすぅっとふくれっ面をして俺のマフラーをぐぃっと引っ張った。
引っ張られても困るんだけどなあ…
「そ、そういえば、あの素敵仮面・・・ですっけ・・・
あの盗賊のことはどうするんです?」
俺はイリアルにそう問いかけた。
するとイリアルはそんなに怒った様子も見せないでこう言う。
「まあうちの家宝は守れたことだし、
聞いたところによると王国指名手配になってるようなやつらしいから、
改めてボクの家が被害報告出さなくってもねぇ。
…被害と言っても窓の修繕費用くらいだからね」
『それくらいのことで被害報告出したら家の名折れだし。』
ときっぱり言いきるイリアル。こんな若いのによくそんな風に考えられるもんだな…と感心してしまう。
俺がイリアルの歳のときは…あぁ師匠にみっちりしごかれてた時期だな…
ちょっと思い出したくない時期を思い出し、げんなりしてしまった。
にしてもあの素敵仮面ってそんなに凄いやつだったのか。自分で名乗りをあげてるところを見たときはそんな風には思えなかったけど、まぁ納得はできる。
そういえばこの祭りって−−−
「この祭りって王様の誕生祭なんだよな…?」
「ん?そうさ。それがなんか疑問?」
「いや、俺たち、王様の姿を全く見てないから。
見に来る時間が悪いのかなと思って。
俺たちが来る前にもう公の式でもしたのかい?」
俺が問いかけるとイリアルは無言で首を横に振った。
「違うよ。王様は留守って話みたいなんだよね〜これが。」
「え…?」
意外なことを言われて、俺は声を出して驚いた。
するとイリアルは目の前を楽しそうに踊っていく人たちを見ながら手を頭の上に組んで見せた。
「まぁ、ある情報筋からの話だけどさ。
王様は今、この城には居ないらしいよ。
そしてそれを宮廷は隠してる。何故かは知らないけどね。
まぁ、第一王位継承者であるのに公に出してこない皇女も居ることだし、
アスク帝国はわけがわからないって感じだけど〜」
自分の住む街だというのにさらりとそんなことを言ってのけるイリアル。
このお祭り騒ぎの中、俺たちの話に聞耳を立てているようなやからは居ないとは思うがそんなこと言って良いのか…?
その発言に眉を潜めたのはルゼルだった。
「あの…皇女様って…ファシルマーナ姫のことですか?」
「お?よく知ってるなぁ〜さすがルゼルだね」
「公に出してこないって…俺たちはあったことあるのに?」
「ん〜…大きな行事でも皇女が出てくることがないんだよ。
まるでなんか隠してるみたいに」
「隠…してる」
俺は眉を潜めた。それに気付いてイリアルは俺たちを手招きする。
何だろうと身を屈ませてみると小さな声でこう言った。
「王様が皇女を嫌ってるらしいんだよ」
何故か知らないけど…と真剣な顔付きで言う。
だが、それは一瞬のこと。すぐに破顔させた。
「まあ、噂だけどね〜
皇女が人嫌いの傾向があるとかないとか。
全ては王様のみぞ知る、ってやつさ」
言い終わるとイリアルは手を頭の後ろで組むと、続々と来る楽しそうに歩く人たちを見た。
パレードの列は途切れることはない。
だがそこに今まで以上に賑やかな一団がやってきた。
おもわず一同がそれを見やる。
まるで吟遊詩人みたいなマスクをかぶり、帽子には綺麗な色とりどりの花を飾り、服装もその花をイメージしたような華やかなものだった。
そんな一団が、徐々に俺たちの立っている方へときていた。
道化師というべきなのだろうか。
「なんだあれ…花を撒いてる?」
「お菓子か…何か配り歩いてる…」
イリアルとルロクスが言った通り、その一団は観衆になにか配り歩いてるようだった。
ところどころから歓声がわいている。
その歓声の波はじょじょにこちらに来ていた。
「こんなお祭りは初めてだよ」
「僕も、こんな大規模なお祭りを見るのは初めてかも…」
俺の呟きに、ルゼルも反応してぽつりと言った。でも瞳は嬉しそうに祭りを見ている。
楽しそうにしてるなら…いい気分転換になったかな。
俺はルゼルの後ろに立って、祭りを見つめていた。
楽しそうな一団は俺たちの前を通り過ぎていく。
その中の一人が籠から取り出した花を撒いていく。
宙で舞い踊る花びら。
別の一人はルロクスとイリアルにはぽんっと小さな袋を渡す。
二人が嬉しそうに受け取ると、ありがとうと素直にお礼を言っている姿が年相応で、見ていてほのぼのとする。
そしてまた別の一人は立ち止まると、俺に向かって指でなにか指図している。
・・・屈めってことか?
お辞儀程度に屈むとその人は仮面の下でにっこりと笑って見せた。
そして俺の首に何かをかける。
「これって・・・」
何も言わずその道化師は一つお辞儀をしてみせる。そしてルゼルの首にも何かをかけている。
「あ、ありがとうございます〜」
俺はそのかけられたものに目をやると、それは丸いメダルのようなペンダントだった。
道化師たちは踊りながら俺たちの前を過ぎ去っていく。
「おお?ジルコンたちは何もらったんだ〜?」
「これ・・・だけど・・・?」
はじめてみるこのペンダントを手でもてあそびながら立ち去っていく道化師の一団を見やっていた俺は、ルロクスに問われてそれを渡した。
「はじめてみるものだけど・・・知ってるか?ルロクス」
「いや、知らない。
はじめてみるけど・・・魔法アイテムみたいだよな」
手に取り、太陽にかかげるかのようにみていたルロクスの隣からイリアルがぐいっとそれを覗くと、驚いた表情を見せた。
「それ・・・ニルリビエアだ・・・」
『え?!』
一同、慌てて俺のもらったペンダントを見やる。
ニルリビエア−−−それは無属性の魔力が篭っているペンダント。
装備をすると、力が強くなるのだとか言われている。
そんなアイテムをあの一団が俺に・・・?
「多分だけど、それ無属性メダルって言われているニルリビエアだと思うよ。
よかったな、そんな凄いのもらえて」
「いや、こんなものくれるなんて、何かの間違いだよきっと」
思わずさきほどの一団がいないものかと周りを見回す。
だが祭りで人がごった返している中、一団を探そうと動こうとしても進むことができない。
「いいんじゃない?結構配り歩いてるみたいだよ?あの人たち」
言って指を差す先には『これ、脛当てだ〜』やら『これ、イヤリングだわ』やら喜んでいる人たちが・・・。
「そういえばルゼルは?」
俺と同じく、首飾りをもらっていたような−−−とルゼルを見やると、じぃっとペンダントとにらめっこをしているルゼルがいた。
そっとみてみると、白く透明な石の入った首飾りをもらったようだった。
「それ・・・どこかでみたような・・・」
俺がぼそりと言うと、ルゼルは無言でこくりと頷き、こう言った。
「これ・・・姫様の渡してくれたペンダントに似てるんです。」
言って、そっとそのペンダントを撫でている。
とても嬉しそうにそのペンダントを見ているのを見ると−−−
「ルゼル、気に入ったとか?」
「え、あ、はい・・・こんなペンダント・・・したことないから・・・
ちょっと嬉しいです」
言ってはにかみ笑いをする。
そのペンダントは前、ルアスの城、アスク帝国の姫君であるファシルマーナ姫がルゼルを女装させていたときに渡していたペンダントと同じつくりのものだった。
でも、それは似てるだけだろう。そのペンダントはファシルマーナ姫に返している。
同じようなものだとしても本物のほうはとても貴重なダイアモンドの石だと言っていた。
これはきっとまたダイアモンドとは違う石で作られたものだろう。
にしても、姫のペンダントによく似ていた。
観光用につくられたお土産品かもしれないな。デザイン的にはそれほど凝ったものじゃないし、似ているものがあっても不思議ではない。
透明なその石以外に装飾がされてはいないが、それでもとても綺麗に輝いていた。
「ルゼルもペンダントをもらったんだ?
大きな石だねそれ。何の石だろ」
「さぁ・・・でも気に入っちゃいました」
言ってペンダントを服の上に飾るように置いた。
「ルゼルになら似合いそうだね、それ。」
にっこりとイリアルが笑う。それを言われてルゼルも嬉しそうに『ありがとうございます』と言った。
そこでイリアルがふとさびしそうに言った。
「ルゼル、警護してたときの給料、もう貰ったんだよね。」
「あ、はい」
ルゼルもちょっと困った顔をして笑う。
様子を察した俺はルゼルとルロクスの肩をとんとんと叩いて、人ごみの中から逃げるようにパレードから遠ざかった。
にぎやかな祭りの中、少しだけいつもの雰囲気なルアスの通り。
この道を行けばルアスの町の外に出る門が見える。
反対の方向に行けばイリアルの屋敷に着く。
その場所でルゼルとイリアルは立ち止まった。
付いて歩いていたルロクスと俺もそこで立ち止まる。
イリアルの思っていること・・・きっとルゼルを引き止めようとしてるんだってことはわかった。
でもイリアルはそれを言葉にいうことは無かった。
「今日はルアスにいるのか?」
「いえ、もう今日町を出発しようと思ってます。
まだ見つけなきゃいけないものもあるので」
「そっか・・・じゃあお別れなんだな」
「はい・・・すみません・・・」
ルゼルがぺこりとお辞儀をして見せた。それを見てイリアルがちょっとさびしそうににこっと笑う。
「そかそか。ならこれ、路銀の足しにでもしてよ。」
さっと差し出したのは、片手を広げたくらいの大きさの袋だった。
なにか入っているようなその袋をずいっとルゼルの胸元まで押し付けている。
「え・・あ・・・そんな、もうお給金はいただいたですから」
「いいんだよ、ボクはルゼルにあげたいんだよ。
必要なものだって思うからさ」
無理やりにもルゼルの手に袋を乗せて握らせる。
「すみません・・・こんなに」
袋はあけていないけれど、結構な重さがありそうだった。
「いいのかイリアル?こんなに貰ってもさ」
「お前に上げてるわけじゃないんだ。
ルゼルがいるみたいだったからさ。」
ルロクスが思わずイリアルに問いかけると、イリアルはふてくされたような顔をしてそう言った。
そしてルゼルを見て言う。
「もっと・・・もっと勉強して、レベルの高い、高位魔術師になる。
そのときはルゼルと一緒に旅をするんだ。
だから・・・ちょっとの間のお別れだ。
また会おうな」
「は・・・はい。嬉しいです。
またルアスにきたときにはよりますね」
ルゼルの言葉にイリアルがにっこりと、本当に嬉しそうに笑った。
そして俺の顔を見上げる。
「ルゼルを・・・守ってくれ。よろしくな?」
真剣なその顔に俺も顔を引き締め、頷いた。
それを様子を見ていたルロクスがぼそりと一言。
「何でオレにもいわねぇんだよ」
「お前は役になってないだろ。
ボクとおんなじ位のレベルの魔術師なくせに旅してるなんてさ」
「いいじゃねぇかよ!」
今度はルロクスがふてくされる。
ルゼルと俺は思わず笑っていた。
「困ったことがあったら…ボクに言ってくれよ?助けになるから、な?」
「はい。」
ルゼルとイリアルはにっこりと笑うと、そっと握手を交した。