<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第一章 ルアスの町の怪盗



第五話 護衛のお仕事



「だからどう普通なんだ?
ルゼルがどんな風に旅をしてきたのか、ボクは知りたいんだ。」
「え・・・?え〜っと・・・」
ルゼルがしどろもどろになりながら目の前の少年に答える。
目の前の少年−−−そう、イリアルに向かって。
昨日初めての警備の仕事をし、ルゼルがお茶を持ってきてくれたりした夜。
今日もルゼルは休憩をとばかりにお茶を持ってきていた。
だが、もう二人、連れてきていた。
そう、イリアルとルロクスだ。
どうもイリアルが昨日の夜、ルゼルが寝室から出て行ったことに気付いたらしく、今日はずっとルゼルの傍を離れなかったんだと、ルロクスがぼやいていた。
ルロクスも、『護衛の仕事だし、こいつ止めれないし』とさらにぼやいていたのを覚えている。
で、今、イリアルは一緒にお茶を配りに回っているルゼルについて回っているわけで…
アイベリックが昨日していた話の続きを聞きたいんだとばかりにイリアルが詰め寄り、ルゼルは困り顔で答えている。
それを俺はお茶を飲みながら見てるだけ。
いや…助け舟を出そうにも出せないし、俺もちょっとその話を聞いてみたいし。
「え、えっと…
最初はお店のお給仕さんで…
そのお店で教えてもらって護衛のお仕事して、
短期の方がお給金良かったんでずっと短期のお仕事を。」
「短期って…詳しくはどんなのやってたんだ?」
ルロクスも問いかけに参加し出す。
ルゼルはう〜んと思い浮かべるような仕草をしながらこう答えた。
「移動中の物品護衛に人の護衛。
お給仕はお皿洗いや料理運んだり、そういうものだけど」
『至って普通ですよ?』と不思議そうな顔を見せる。でも今ルゼルが言った護衛の仕事だけど…
「さらりと護衛とか言って…
危ない仕事なんだとお坊っちゃんに教えてやってくれ。」
「俺達が困るだろうが。」
「そ、そう言われましても…」
言われてしどろもどろになるルゼル。
今ルゼルを咎めたその人は−−−
「アイベリック!ダイス!いいじゃないかボクがここにいても」
「よくありません。
お祭りにまぎれて現れるとかいう姑息な怪盗のようですが、
いつ出現して、いつ襲ってくるかも分からないんですよ。
・・・魔術師少年、
イリアル坊っちゃんの護衛である君が止めないでどうするんだ」
そう、アイベリックとダイスはこの家のお坊っちゃんであるイリアルがルゼルについてきてしまったために警備をしていた場所を離れ、イリアルについてきたのだ。
ルゼルは『守れますから大丈夫ですよ』と言ったらしいんだが、心配だとばかりに付き添ってきたらしい。
アイベリックが今言った言葉にもやれやれといった感じである。
「そうは言ってもさぁ…
『今日は絶対行く!』って昼間からうるさかったんだぜ?
お前らが止めれないもんをオレが止めれるかよ」
「部屋に閉じ込めようとしても無駄だってことは分かってるだろうけどな」
うんざりとした顔をするルロクスに、ケラケラと笑いながら言うイリアル。
「ガキの癖に妙に賢いから嫌だよ」
ダイスがそう言って、はぁっとため息をつく。
「誰のせいで俺たちの警護位置が変わったと思ってるんだよ全く」
アイベリックがぼやく。
それを聞いて動じることのないイリアル。逆にふふんと鼻をならして偉そうに言う。
「いいじゃないか。守る必要があるのはここだけだろ?」
そう言って扉を見やる。
ここは昨日も警備をしていた場所。そう、広間の前の扉である。
その何気なく言ったその言葉に待ったをかけるアイベリックとダイス。
「おいっ、あからさまに言うんじゃない!」
「一応内密な情報だ。いくら家主だとしても軽んじた発言は控えて欲しい。」
ダイスとアイベリックが怒りながら言う。
そこまで言われるとは思わなかったんだろう。思わずイリアルが押し黙る。
「ちぇっ・・・悪かったよ」
さもつまらなそうにしながらぷいっと顔を背ける。
その時だった。
…何か音がしたような。
音?いや、気配がしたような。
「?どうしたジルコン」
俺の様子を見てダイスが訝しげに問いかける。
ダイスは今の、気がついてなかったのか・・・?
いや、俺の気のせいか?
「あ・・・ちょっと周り見てきていいですか?」
「周り?ちゃんと周りも警備がいるぞ?」
「いえ・・・ちょっと気になってしまって。」
俺が言うとダイスは『ふむ』と言って、自分の肩を覆っている紅いアーマーの位置を戻している。そこでアイベリックはこくりと首を縦に振って、持っていたランプを俺に渡した。
行ってもいいってことだよな。
俺はぺこりとお辞儀をしてから、その場所から少し離れる。
「そういえば、家宝を狙っている怪盗ってなんていう名前なんだ?
俺たちにだけなら教えてくれてもいいだろう?イリアル坊ちゃん?」
「ん?たしか怪盗“素敵仮面”とかなんとか。」
そんな言葉を後ろ背で聞きながら、俺はその場から歩き去ったのだった。


気配は…こっちだったような…?
俺は気配のした方向へと歩みを進めた。
場所は廊下。さほど何かがあるわけでもない。
でもこの横にたしか階段があったっけ。
見てみても誰がいるわけでもない。
ランプの明かりでぼおっと光る階段。紅い絨毯が上へと続いている。
上じゃ…なかったような気がする。
ってことは・・・外か?
普通、新人傭兵がこんなぶらぶらしてたら怒られるんだろうけどなと思いながらも、俺は思うままに屋敷を歩いた。
ルゼルたちが居た広間は、屋敷の奥に位置していた。
玄関に着いた俺はそこから外へと出てみる。
玄関前にいた警備の傭兵に会釈をしながら、思いつきでつぃっと屋敷の壁に沿って歩いてみる。
さっきの気配は全く無い。
う〜ん…気のせいだったかなぁ。
そう思いかけたときだった。
不意に声が聞こえたのだ。
「ははははははははははは!!」
?!
なにっ?!
「ど、どこだ?!」
俺が左右を見回していると−−−
地面に影が落ちた。
「ははははははははは!」
上?!
俺が仰ぎ見ると、屋根の上にいたのはきらびやかな格好をした男が立っていた。
「華麗で無敵!素敵仮面参上っ!」
+●挿絵 1−5 怪盗、素敵仮面!●+
そう高らかに歌いながら言うと、彼の後ろで花火がどぉんと舞い上がったのだった。