<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第一章 ルアスの町の怪盗



第四話 家宝とお茶会



「アイベリック、この家の家宝って何なのか、知っていますか?」
「は?」
アイベリックは俺を 見上げるとくいっと眼鏡を掛け直した。俺たちは警備兵として家の構造の説明を受け、
そして各々警備をする場所へと配置についた。
俺は大広間、そしてルゼルとルロクスはやっぱりと言えるイリアルの部屋の前の警備だった。
時間で交代。重要な場所もいろいろあるとのことで、そこそこの人数はいる。
それをてきぱきと配置場所を決めていくアイベリックとダイス。
戦力分配などでもめている姿もあったが…その姿をみるとさすがだと思うほどの真剣さ。
ルゼルにちょっとだけ聞いた話だが、アイベリックとダイスはこの家でも古株で、夫人にも信頼されている二人らしい。
なるほど納得なのだが、それはいいとして…よくよく考えてみると家宝が何なのか、まったく知らされてはいなかったのだ。
だから配置についた後、夜になりかけるそんな時間になって、やっと、同じ場所を警備していたアイベリックに話を切り出せたのだが、とてつもなく不思議そうな顔をしている。
「知らないのか?」
「は、はい、実は…」
正直にそう言うとアイベリックは静かにからかうわけでもなく、俺を見つめていた。
「家宝は…壷。」
「つぼ?」
「そう、壷。見てみるか?」
そう、とても簡単に言ったのだ。
「え?み、見せてくれるんですか?」
というか家宝をそんな簡単に見せてもいいようなものなのか…?
そんな疑問を抱えたままの俺をアイベリックは気にせず、首をふいっと動かす。
その方向は…今警備している扉の方向。
え・・・?もしかして・・・?
「この大広間だよ。あ、ラーゼ、お前はそこで待機しててくれるか?」
「はい、アイベリックさん」
俺たちと同じく警備をしていたそのラーゼといわれたその男は簡単にそう答える。
・・・い、いいのかこんな簡単に見せてもらえるなんて・・・
「意外だという顔してるな、ジルコン」
指摘され、こくりと首を縦に振る。
「お前みたいなやつが何かを盗むなんてないだろうからな。
戦力になるやつはちゃんと仕事してもらわないと。
戦いの際に浮かぶ疑問はないほうがいい。」
そう言って扉を開く。
その扉が開いた途端、俺はぞわりと妙な感覚を覚えた。
こ、これって…
「風が違うだろ?気持ち悪くもないし、逆に心地いい。違うか?」
「え?あ…う、そうですね…」
アイベリックは瞳を閉じ、深く深呼吸してから瞳を開いた。
心底気持ちよさそうに呼吸をしているアイベリックを見て、俺は少しだけ違和感を覚えた。
アイベリックに対してというのか…何といえばいいか…
この風…気持ちいいって言うのか…?俺には何か肌に…いや肌にじゃない。体の中に刺さるようなそんな感覚がする。
「ほら、そこだ。その壷。」
指差された先にはガラスで作られた囲い。その中にあったのは白く光り輝く壷。
首の細い、細身のすらっとした、紛れもなく壷だった。
「つ、つぼ・・・」
「そう、壷。あれが狙われてるんだよ。」
「そんな、新参者の俺に本当に教えちゃってもいいんですか?」
思わず問い掛けると、さらりと言った。
「君、口堅そうだし、いいと判断した。
それに、ルゼルの知り合いだ。まぁ間違ったやつを連れてはいないだろうからな」
「・・・ルゼルのこと、そんなに信頼してくれているんですか」
俺が言うと楽しそうにアイベリックはくっくっと笑い出した。
「お前も魔術師少年と同じく、ルゼルのこと気に入ってるクチだな。
自分のこと言われてるわけじゃないのにそんなに嬉しいか?」
「へ?」
「か・お。」
そう言って俺の顔を指差す。
どうも俺の顔が笑っていたらしい…言われて思わず苦笑いをしてしまった俺を見てアイベリックは『これは楽しそうだ』と呟いた。
趣味が弱みを握ることとか言ってたよなアイベリックって…俺と同じくらいの年に見えるこのアイベリック。
いろいろな意味で敵に回したらやばいな…
「で、守るものが何か、納得したか?」
「あ…ああ、納得した。」
俺は少し、壷の方へと近寄ってみる。
それをアイベリックは止める事はなかった。
もう少しだけ近寄ってみる。
なにかこの壷、気になる。
「どうしたんですか?そんなところで」
不意にかけられた声に、俺は我に帰った。
「どうしました?ジルさん」
「あ、いや・・・ちょっと気になるものがあったから・・・
って、ルゼル?どうしてここに?」
声をかけた主はルゼルだった。
白い布をショールがわりにして羽織っているルゼルは俺の姿を不思議そうに見やっている。
部屋の警備は俺だけ参加で、ルゼルとルロクスはイリアルの護衛だったはずだ。
それなのになぜルゼルがここに?
「え?あ、だって大変でしょうから」
そう言って見せたのはティーポット。
「毎夜恒例の警備場所めぐりか。
変わらないな、君は」
アイベリックがあきれたような表情でそう言うと、ルゼルはにっこりと笑う。
「眠いでしょうし、ちょっとでも何かできればと思いまして。」
差し出しているティーポットはとても暖かそうだった。


「はい、どうぞ。」
「あ、すみません。いただきます。」
差し出されたティーカップをおずおずと受け取り、口にする護衛の一人。
さっきアイベリックにラーゼと言われていたその人だ。
「ラーゼ、警備中だろうが。」
「アイベリックさん、一人ずつなら大丈夫だと思うんですが・・・」
ルゼルがそう言ってアイベリックにもティーカップを渡す。
「私に渡したら、今言った提案と矛盾してると思わないか・・・?」
「そうですか〜?」
笑いながらもアイベリックに渡そうとしているルゼル。
アイベリックは苦笑いをしながらそのティーカップを受け取った。
「全く、ルゼルくんには負けるよ。」
「僕はアイベリックさんに負けちゃうと思いますけど。
はい、ジルさんにも。」
「あ、ありがとうルゼル。」
差し出されたカップに手をつける。
暖かいカップの中身は紅茶だった。それも夫人が俺たちに振舞った果物の匂いのする紅茶。そんな紅茶を一口、口に含んだ。
熱過ぎず、温過ぎないそんな紅茶。
とてもいい温度だ。と思ったとき、すっと差し出されたお皿。その上には3枚の平たい菓子が載っていた。
「ルゼルくんはツボを心得てるな・・・」
「?なにがです?」
不思議そうにしながらも、ルゼルはおかわりを求める傭兵のカップに紅茶を注いでいる。
気がつけば、ルゼルの周りにこの場所を警備していた傭兵が座り込んでいた。
アイベリックがはぁっとため息をつく。
「調子が狂うというかなんというか・・・
ジルコン、このルゼルはな、来た当初からこれなんだぞ?」
「?」
俺が分からず首をかしげると、アイベリックはまたため息をつきながら囲んでいる傭兵たちに倣って、腰を下ろした。
「最初にこの家に来たとき、ルゼルの役目は家庭教師。
家庭教師っていうのはほとんどが何様気取りだよってやつばっかりだったからな。
ルゼルもそんなやつなんだろうと思って、俺たちは無視を決め込んだ。
だが、ルゼルは違ったらしい。」
アイベリックは言って、給仕をしているルゼルを見やる。
「真夜中にな、警備中の俺たちに今みたいにお茶を持ってきたんだ。
しかも茶菓子つきで。
普通はありえない。
自分の仕事にはそれほど関係のない俺たちに、
そんなことする必要なんて全くないわけだからな。」
その話を聞いて俺はこくりと頷いた。
まぁ、家庭教師の仕事を受けたのなら、警備の人とは関わりはないだろうなぁ。
「理由を聞いてみれば、『こういう仕事は眠いでしょう?』だそうだ。
夫人への点数稼ぎかとも思ったが・・・どうもそうじゃないしな。
傭兵には珍しすぎるくらいの性格だと思うよ、彼は。」
「そ、そうですねぇ」
確かに、ルゼルは傭兵にしては珍しすぎる性格だと思う。
でも、ルゼルは女の子。そう思うと気配りにも合点がいく。
「本当、珍しすぎるから内輪で人気なんだよ、彼。
しなやかな物腰に柔らかな微笑み。
男らしくないといえばそうなんだが、それでも惹かれるあの性格。
女の子でも、そうそういないよ?
彼が来るときには傭兵の安らぎの時間になってた。
待ち焦がれてるやつもいたよ。」
笑いながら言う。
そしてあごでルゼルを示す。
「『彼が女ならよかったのに。』そういうやつも多い。
君と魔術師少年もそう思ってるクチ?」
「え?いやそ、そんなえっと・・・」
俺がしどろもどろしていると、それに気づいたルゼルが不思議そうに首をかしげる。
「? 誰のことお話してたんです?」
「お前だお前。」
ほえっとした顔でアイベリックの話に問いかけたルゼルは、よくわからないといった顔をしてさらに首をかしげる。
「天然というのは、ルゼルのことを言うんだろうな。
傭兵にしてはありえないくらいの天然だ。
・・・あ、ダイスはありえないくらいのバカだから、
“居るところには居る”ってやつか。」
言って自分でくっくと笑っているアイベリック。
俺はどう受け答えたらいいのか分からずに苦笑いを浮かべた。
まだダイスさんとはそれほど話をしたわけじゃないけれど…すごい言われ様だなぁ…
「ルゼル、お前、どこをどう渡り歩いたんだ?
一度聞いてみたいと思ったんだ。」
「え?普通ですよ〜?」
そう言って笑いながら、俺のティーカップにお茶をそっと注いでいた。